A secret novel place | ナノ
冬から春へ(5)



「酷くと優しくって両立できんのな」
 いつもなら起きている虎徹が今日は珍しくぐっすり寝入っている。自分の傍らに投げ出された身体を殊の外愛しいと思う。
しかしそれをよいしょと乗り越えてバーナビーはブラインドの隙間に指を突っ込んで少し広げた。久しぶりの青空だ。
滅多にない青空だからこそ嬉しくて、虎徹に見せたいと思いその頬にキスを落とす。
揺すって起こさないと駄目かなと少し思ってもいたが、虎徹は割合すんなりと目を覚ました。でもぼんやりとしている。
ぼーっとしたまま弛緩したように動かず、バーナビーは心配になって虎徹さんと小さく呼ぶと「ケツが痛ぇ」とこちらも小さく呟いた。
「今日は良い天気ですよ。午後からはまたぐずついちゃうだろうけど」
 それから毛布の端から覗く虎徹の足の甲を見て、それに手を伸ばす。足の人差し指、その爪に自分の手の人差し指を這わせて綺麗に手入れしておきましたからと言う。

昨日満足するまで行為に没頭した。特にバーナビーは今まで我慢していた分、虎徹の了承を取れたのが嬉しくて色々と無茶をやらかした。
虎徹も虎徹で頑固だったので、自分からは絶対に音を上げない。そうすると限界が良く判らない。結果としてかなり無茶をさせていたらしいと気づいた時には虎徹が落ちていた。
前兆も何もなく突然スイッチ切れのようにかくんと意識が落ちてしまったのだ。その時上り詰めようとしていたバーナビーの方は止める事が出来ずにそのまま最後までいってしまったが、どーしてこの人は弱音を一切吐かないんだろうな、と思った。弱音、という分類になってるのも少しおかしいと思いつつ。
 虎徹には悪いと思ったが、意識を失ってぐったりした身体をその後思う存分抱きしめた。抱いたのではなくて、大きな動物を抱きしめて安心するような感じで、色々と抱きしめ方を変えては手の中に重みを感じる。それがとても幸せだった。心臓の音を聞いてみたり、呼吸の音を確かめてみたり。それから抱き上げて身体を洗いにいった。見事に虎徹は起きなくてそれもなんだか面白かった。ベッドに横たえて手を組ませてみたり。暫く見ていてこれじゃ縁起悪いなとやめた。身体が辛くないように毛布を下に敷いて枕で少し肩口から頭ごと上げておく。ゆったりと寝かせてみると、少し転寝した風情になった。虎徹の身体の下に自分の身体を滑り込ませて両足を自分の膝の上に乗せる。それから一心不乱に爪の手入れを始めた。意外にこれが面白いのだ。動物の毛並みを整える、いやブラッシングするような感じかも知れない。思ったより虎徹の爪の形が綺麗で笑みが零れる。そうして存分に虎徹の身体を手入れしてから自分も幸福な気持ちで眠りに入った。心も体も満足したのでこんなに今日はすっきり目が覚めたんだなあとバーナビーは思う。虎徹はそれどころではないだろうが。
 ぼんやりとまだ焦点の定まらない瞳でどこかを眺めている。
その様子にバーナビーは少し不安になって「大丈夫ですか」と聞いた。
「参った」
 酷くと優しくって両立できんのな・・・・・・、と虎徹がまた呟いてバーナビーは眉を少し落とす。
「自分は情熱的な夜を過ごせて嬉しかったですが」
「情熱的な夜っつーより、無茶な夜の間違いじゃないのか」
「そうですか? 虎徹さんも無茶だとか嫌だとか思うのならそう言ってくれればいいのに」
「ヤだよ、恥ずかしい」
「その感覚が謎なんだなあ」
「俺はバニーちゃんが意外に雄なんだなあって思ったよ」
 なんでと聞くと、AVっぽいんだよお前、普通あんなので気持ちよくなるわけないだろうそれは男の大いなる勘違いだという。
「視覚で興奮すんのは判るけどさあ、お前の酷いって、なんちゅーかアクロバティックな方なのな」
「だから無理だって思ったら、無理って素直に言ってくれれば」
「なんか悔しいし、大抵そんな余裕ないよ」
「余裕ないって――、そんなに僕酷くしてました?」
「そうじゃなくて――」
 虎徹が口篭る。なんだなんだと横から顔を覗き込むと虎徹はぱっと顔を更に逸らしながら言った。
「お前にはわかんねぇだろうけど、スッゴク気持ちいいんだ。やべえ、変な方向に目覚めたって思ったからさあ、やなんだよこれ以上夢中になるの・・・・・・」
 バーナビーが目を見開いた。なんですって? と顔を寄せてもう一度言ってくださいと聞く。
虎徹が言うんじゃなかった〜、と両手で顔を隠して布団にもぐっていく。それを引きずり出してバーナビーは更に聞いた。
「気持ちいい?」
「言わないで」
「凄く気持ちいい? 夢中?」
「俺が馬鹿でした」
「前からですか? そんなに? 僕とのセックスが忘れられなくなるぐらい?」
「勘弁して」
「可愛いなあ」
「――だっ!」
 がばっと抱きしめられて虎徹がもがいた。
だから言うのヤだったんだよー、放せよ! もう女扱いすんなよ、結構傷ついてるんだぞ、男心は複雑なんだ、俺の葛藤凄いんだからな! という。
「相手はハンサムで年下で、俺の相棒で、白人でプロテスタントでヒーローなのとか、俺がオッサンで年上でお前の相棒で黄色人種で仏教だけど概ね無宗教でヒーローだとか、いっぱいいっぱい考えなきゃいけないことがあるのに、お前のせいだ。お前のせいでめっちゃ考える事多くて、俺は毎日かつてないぐらい葛藤してるんだぞ! だから、だっ、――抱きしめるな。パンツに手を突っ込むな! 朝から止めろよ、俺もう今日は無理だからな。撫で擦るなよ、変な気分になるだろ! なっても無理だからな!」
「なって欲しいかなあ」
「無理!」
 ちゃんと言えるじゃないですか。
バーナビーは笑って手をぱっと放した。

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