冬から春へ(1) TIGER&BUNNY 【52万5600分】Seasons Of Love Five hundred twenty-five thousand Six hundred minutes CHARTREUSE.M The work in the 2014 fiscal year. 冬から春へ 一月に入って第二週目にタイガー&バーナビーは遅れた休暇を貰った。 二軍は一軍と比べてショービジネス的要素よりも自警団に近い働きを求められる為、地味で軽犯罪を中心に活動していてもその出動頻度は一軍の二倍を上回る。 だが一軍には基本決まった休暇が無かったが、二軍は持ち回りで決められた休暇を取る事が逆に義務付けられており、年末年始明けの分の休暇が割合早い時期に振り分けられたのだった。虎徹は去年の10月にはシュテルンビルトに戻ってきていたが、バーナビーが帰ってきたのは去年の12月24日。それも取るものもとりあえずという一時帰省という形でシュテルンビルトに立ち寄っただけの状態だった為に生活基盤が何もなかった。それまでのほぼ10ヶ月、住居を決めずに本国内をうろついていたのもあってシュテルンビルトに凍結していた不動産を年末直ぐに動かす事ができなかった。以前住んでいたマンションはマーベリック名義のものだったので現在司法局の預かりになっている。シュテルンビルトに再在住許可申請を提出した際に提示された居住場所のひとつにそれが入っていたのだが、残念ながらそれも現在司法局関係者に貸し出されていた為、それらの契約を解除しバーナビーが住めるようになるには一週間程の手続き期間を要した。そんなわけで、バーナビーは年始明けまで虎徹の家に泊めて貰っていた。短い期間とは言え、他人の家に厄介になることには抵抗があったのだが、虎徹がぶっきら棒ながら「なんで俺の家じゃ駄目なんだよ」と拗ねる気配を感じたので有難く申し出を受ける事にしたのだった。 実際のところ間違いなく助かった。復帰したのが年末過ぎたのだ。一応ホテルをとっていたが28日にはシュテルンビルトから出る予定だったのでその後の予約が全くとれなかった。アポロンメディアや他のスポンサーたちがホテルを手配してくれるというのだが、以前と違って二軍からのスタートだ。変に借りは作りたくなかった。 そういった細々としたバーナビーの思惑や胸の内を察した訳ではなかったろうが、虎徹の申し出はバーナビーにとって素直に嬉しかった。 さて、復帰してから慌しく20日ばかりが過ぎた。 新年4日に司法局がかつてのマンションを明け渡してくれたので何もない自分の部屋に戻った。 またこの部屋から始まるのだと思った。荷物が何もないので特に必要なかったのだが、何故か虎徹もついてきた。部屋に上がりこんで元々何もない部屋だったからこんなもんかと呟いていた。 虎徹とバーナビーは以前、バディであった時から関係を持っていた。意気投合してなんとなくその後の流れでというより、バーナビーが自分の欲求を持て余して手近にいる虎徹で発散していたというのが正しい。実際のところ最初に寝た時は若干虎徹は抵抗していた。 次の日の朝、バーナビーは起きて自分と床を共にしている人が居ない事に安堵した。あれは夢だったのかと思ったのだ。だがそんな訳は無かった。 どうしようかと思った。正直に言えばどう誤魔化そうかと。誤魔化すもなにも思い返すそれは道中明らかに暴行の様相になっていたし、実際虎徹の腹を思い切り殴ったのを覚えている。その後どうしたのか、押し倒した時真っ直ぐに睨んでくる金色の瞳は思い出せるのに、虎徹が何をいったかが思い出せない。きっと大した科白ではなかったのだろうが今更のように気になった。 出社すると虎徹が既に席についていた。これは相当珍しい事だ。やはり虎徹は目が覚めて直ぐにバーナビー宅を抜け出して会社に向かったのだろう。 自宅に帰るという選択肢が無かったのは、自分に何か一言言う為だろうか? だが虎徹は何も言わなかった。ついでにいつもの調子と変わらなかった。バーナビーも何を言っていいのか判らなかったので言わなかった。その後、何度か誘った。虎徹はそのうちどれも拒否しなかった。なし崩しに付き合いが深まっていき、何かこれが当然だと思うようになった頃、バーナビーは一度だけ最初に関係を持った日のことを詫びた。 それにも虎徹は何も言わなかった。バーナビーは少しだけ失望した。虎徹にとってこの関係は結局一時的なものなのだろうと。そしてそれが決定的になったのが、虎徹が引退すると言ったあの事件当日から。 虎徹は自分の減退を悟らせなかった。隠していたんだから知られたらまずいだろうと言った。泣いて縋ってあれ程彼を呼んで、本当にこの人のことが好きだったのだと自覚したその日に事実上バーナビーはふられたのだった。 虎徹は何も言わずに去っていった。最後まで何も言わなかった。 酷い怪我だったので1ヶ月程入院していたが、その間引退手続きで虎徹のところへはあまり見舞いに行けなかった。気づいたら虎徹はシュテルンビルトからいなくなっていた。後から娘の楓から短いメールを貰った。それだけだった。 いっそのこと潔い程虎徹はバーナビーに何も残さず居なくなったのだった。この程度の関係だったのだとバーナビーは一人失望した。 そして一年が過ぎ、この街に戻ってきて虎徹は屈託なくバーナビーを受け入れる。 不思議だった。このひとはやっぱり何も考えてない、というより考えてることがサッパリ判らない。それとも僕が考えすぎなのだろうかと思った。 自分の事をなんとも思っていないと思うのだが、虎徹の言動はそう考えるととても説明がつかないことが多かった。最初のうちに泊まればという提案も、他人にそこまで負担をかけられないと丁寧に断ると、「俺が他人だっていうのか」と拗ねた。シュテルンビルトに戻ってきた後の司法局とのひと悶着も特に虎徹にいう事ではないと黙っていたら、後で物凄い形相で怒られた。虎徹の言い分は何故自分に相談しないのかということだ。「一人で全部なんて無理に決まってるだろう、俺が居るんだから頼れよ、手分けしてやれば一日で終わる手続きだってあるだろう」と言う。自分の事は全然教えずに黙っておいた癖に何を言うとバーナビーなぞは思うのだが、これほど親身になって自分のことを案じてくれる存在に戸惑う。以前のように期待してしまう。 自分は他人じゃないと虎徹はいう。では本当のところはどうなのだろう? 以前の関係を彼はどう思っていたのだろうか。不思議だった。でもやっぱり大切で愛しかった。 バーナビーはもとのマンションに戻った日、二人で以前のようにリビングで飲んでだべっていたが、虎徹がいい気分で盛り上がってきた頃合を見計らってベッドに誘ってみた。案の定虎徹はきょとんとした風にベッドまで手を引かれて連れて行かれて、「ベッドがなに?」と間抜けなことを聞いていたが、その後ぽいとベッドの上に放りだされてからその可能性に気づいたらしい。 その時虎徹の顔に浮かんでいた表情が良く判らない。ただ、恐怖でも怒りでもなかった。でも期待でも喜びでもなかったと思う。 あの時の虎徹の表情に付ける言葉をバーナビーは知らなかった。 [mokuji] [しおりを挟む] |