バンパイヤ | ナノ
バンパイヤ 11.夢の国は魔物の国(4)



「バーナビー教授、近頃中国文献の取り寄せが多いですね」
「ロトワング君」
 ロトワングは思い出す。
あの日そう、彼は呼び出されたのだ。 部屋へいくとまだバーナビー教授はおらず、手持ち無沙汰だったので周りを見渡してバーナビー教授の著書の傾向を眺めていた。
机の周りに無造作におかれたそれ。 運びこまれてまだ開封されていないそれは漢字のタイトルばかり。
ざっと見て、ロトワングはそれを中国(ナカツクニ)と日本(ヒノモト)のものだと判断した。
「待たせてしまったね」そういいながらバーナビー教授がやってきて、ロトワングのその言葉に笑顔で答えた。
「君のルーマニアやフィリピンでの伝承研究と似たようなものだね」
「中国にも変身人間の記録がありますか」
「いや」
 バーナビー教授は首を振った。
「私の、いや妻とも一緒に調べていることは、君とは全く別のアプローチからだよ。 中国には幻獣伝承が多く残っていてね、西洋では悪魔とされる龍も、中国やインドでは神と同等の存在なんだ。 神格を持つ獣というべきかな」
「はあ」
 ロトワングが肩を竦める。 バーナビー教授は一冊の本を取り上げた。
「身近な所では、オカナガン湖のオゴポゴ、シュスワップ湖のシュスワッギ。 ネイティブ・カナディアンたちはこの怪物をナイタカと呼んで恐れていたそうだ。 中国の湖にもこうした怪物が良く語られる。 水に棲む蛇、その名を蛟(みずち)と読み、燕の子を好物とする。 燕子花と書いてカキツバタを食べると気を吐いて蜃気楼を作りだすといわれ、その為に蛟は蜃(シン)とも呼ばれる」
「ふむ、その伝承がなにか?」
「シュプリングフルートにもあるんだよ。 この湖の辺に昔から住んでいた原住の民、シン族に残る伝承だ。 湖には白い神が棲んでいて彼らの遠い祖先なのだそうだ。 ある時この湖の辺に辿りついた始祖は細々と暮らしを営んでいた。 だが厳しく貧しい暮らしに人は減り続け年老いた夫婦と一人息子が残るだけとなった。 夫婦は自分達が居なくなった後に独り残されるであろう息子を嘆いて湖の神に祈った。 すると水底の世から神は現れ、美しい乙女の姿となって息子に嫁した。 その乙女は水底から多くの従者を引き連れてきたのでそれが後のシン族の祖となった」
「よくあるインディアン伝承ですな」
「そうだね」
 バーナビー教授は苦笑してぱたんと文献を閉じるとロトワングに言った。
「兼ねてから君が申請をだしていた、ルーマニアのNEXT研究所から君を受け入れるという返答が来たよ。 おめでとうロトワング君」
 おお、とロトワングが言った。
そしてバーナビー教授は少し声を潜めて言った。
「君の論文には頷く所も多々あるが、シュテルンビルトでは受け入れ難いだろう。 ここには多くのNEXTが結集しつつあるし君は良く思われて居ない。 出国は早い方がいいだろう。 君が出国して暫く経ってからこちらで処理することにする。 気をつけて。 また縁があったら戻ってきてくれたまえ」
「御厚意に感謝します、バーナビー教授!」


 そしてあの子供の事をすっかり忘れて私は出国し、程なくしてルーマニアで夫妻の悲報を聞いたのだ。
シュプリングフルートの周辺にはかつて、シン族というネイティブ・インディアンが棲んでいた。
彼らは一種変った神を信仰していて、湖を汚すなとここを開発しようとした本国と長い間衝突を起こしていたらしい。
最初は一つの都市として建設されたそれは、長い間に独立して新しい国となった。
 争っていた原住の民は、シン族は一体何処へ行ったのだろう?



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