バンパイヤ 11.夢の国は魔物の国(3) 満月が昇る少し前に自らの元に訪れた虎徹に、ロトワングは鼻白んだような顔を向けた。 なんだよ、何が気に入らないんだよというと、別にと答えられて虎徹は首を傾げる。 「どうすんの? なんか刺す? 脱げばいい? ここから月が見えるようにしてくれないかな。 見ないと変身できねーからさ」 「あなたは・・・」 何? とっとと脱ぎ出していつものようにポールハンガーに丁寧に服をかけて行く虎徹の背中にロトワングは言った。 「逃げ出そうとは思わなかったのですか?」 虎徹は訝しげに振り返った。 「なんで?」 「その、何故嫌なら逃げようと思わないんです。 逃げられますよねあなた。 何度もマーベリックさんにもアスク氏にも言ったのに、彼らの考えている事は判らない」 「ちゃんと逃げられないようにやつら俺を縛ってるよ」 「バーナビー・ブルックスJrを痛めつけるとか? 彼はそれほど弱くないでしょうに」 「だな」 あっけらかんと虎徹がそういって、全裸になってロトワングの前に立つ。 「俺にはお前の方が不可解だけどな。 お前なにが望みであいつ等に従ってんだ?」 「世間に私の研究を認めさせる為にです。 それと、NEXTは危険な猛獣と変らない、共存なんか不可能なんだと」 「どうして決め付けんの?」 虎徹が心底不思議そうに聞く。 ロトワングは溜息をついた。 「あなたはブルックス夫妻と良く似ている。 純粋で恐れ知らずで、そして自分の考えに傲慢だ。 必ず出来ると信じて疑わない。 私のほうこそ何故と聞きたい。 貴方は本当に、どんなヒトとでも共存が可能だと考えますか?」 「いいや」 虎徹はにっこりと笑った。 「無理だろう。 所詮ヒトと獣だ。 ヒトはヒトの理の中で俺達を計ろうとするけれど、接点はそれほど多くはないんだろう。 全てを許容するのは人間同士だって無理だ。 ましてや俺みたいな二姿を持つなら俺自身ですら自信がないよ」 そこだけは気が合いますねとロトワングが呟く。 そうだなと虎徹も返し、自分で歩いていってブラインドを開けた。 まだ、月が完全に昇り魔力を発揮するのには間がある。 「分けるべきなんです。 ヒトと獣の住処を歴然と区別するように、ヒトとNEXTは。 姿かたちが同じだからといって、中身も一緒とは限らない」 「同意」 虎徹は月を見た。 薄い白い亡霊のように夕方の空浮かぶ月を。 「お前も臭くなんの?」 突然そう虎徹が言うのでロトワングは振り返った。 そして思いもよらず優しい金色の瞳と出くわしてしまい、慌てるのだ。 「何が臭いって?」 「アスクやマーベリック、それと幾人か、ヒトの中に混ざってる。 それがヒトとの共存ってことなのかなって俺は思っていたけど・・・お前はそうじゃないだろう? じゃあそれはあいつらの、アスクの勝手な思い込みなんだ。 お前はヒトと俺達を分けた方がいいって考えてるのに、なんでヒトに紛れようとしてるあいつらの味方をしてんのさ。 それが不思議で」 「誰が臭いですって?」 「だから――――」 虎徹は言い淀んだ。 どう説明していいものかと、必死に数少ない自分の人としてのボキャブラリーの中から言葉を捜す。 やがて虎徹はああという顔になってロトワングに言った。 「あいつら人間じゃねぇぞ。 俺みたいな獣ともちょっと違う。 なんか人間じゃない別の生き物だ」 「なんですと?」 ロトワングは器具を揃えていた手を止めて、虎徹をまじまじと上から下まで眺めた。 「それはどういう・・・」 「だから、俺みたいに別の姿をしてる何かヒトじゃないものなんだよ多分。 俺だって正体判んねぇよ。 少なくとも、狼とか・・・血の熱い獣じゃないと思う。 哺乳類ってのか? そうじゃないなんか。 もともと俺よりずーっとずーっとヒトとはかけ離れたなにか別の生き物なんだと思うんだよな。 スゲエ生臭いんだやつら」 「・・・・・・」 ロトワング教授は顎を杓った。 それから薄気味悪いものを見るように虎徹を再び眺めてこう聞いた。 「その、アスクのような、正体不明の生き物らしきもの、このシュテルンビルトではどのぐらい居るのですか?」 「多くは無いよ」 虎徹は小首を傾げながら頭の中で数を数えた。 「外で会った事は一度も無いと思う。 よくいたのはあれだな。 バーナビーに連れ歩かれてたパーティーとかいうのだ。 あれだと必ず一匹は居たと思う。 臭いんで直ぐ判るんだ。 なんでヒトは全然気付かないんだろうって思ったよ」 「ちなみにお聞きします。 マーベリックさんは?」 「バーナビーの義父だよな。 バーナビーみたいに勘のいい人間もいる。 そうだ、アイツは人間じゃないぞ」 ロトワングはまた深く考え込んだようだ。 虎徹は素っ裸のまま所在無く頭を掻く。 座る所でもありゃいいんだけどとぶつくさ言っていると、ロトワングはそのままついっとキャスターの方へといってしまい、そこから一冊のファイルのようなものを取り上げた。 「それで謎が解けましたよ」 「?」 「アスク氏とマーベリック氏が計画していること。 私が貴方に拘るのは、NEXT古来種が実在していて私の仮説が正しい事を世間に知らしめることです。 それと同時にNEXTとヒトとの共存に意義を唱える為でもあった。 ですが、あの二人の目的はNEXT古来種を増やす事なのです」 「俺を、増やす?」 「もしかしたら・・・・・・」 ロトワングは虎徹へ身体ごと向き直った。 「昔、居たんですよ子供が」 「は?」 いえねとロトワングは口の中で呟く。 「ブルックス夫妻には、バーナビーという息子が居た。 その息子を良く連れて研究所に出入りしていたので、我々研究員も良く見知っていて話し相手になったり遊んでやったりしたものです。 私は主に見ているだけでしたけどね、そつの無い子といいますか? 割合他人に好かれるお子様でしたよ。 既婚者の研究員も多かったので、時稀には他のお子様も研究所で見かけることがありました。 いっその事託児所でも所内に作ってしまえばよかったんじゃないかって私なんかは思いましたけどね」 鼻を鳴らしながらロトワングは思い出すように続ける。 「でもさすがに夜になるとお子様が居るわけが無い。 ブルックス夫妻がそこまで非常識だったとは思えなかったんですが、噂がありまして。 まあ馬鹿げたところで幽霊とか? かつてこの研究所が立つ前にあった家で亡くなった子だとか、昔この敷地の下には墓地があっただのそんなようなのでした。 そんなものは信じていませんでしたがある夜見たんですよ。 私はブルックス夫妻が研究しているNEXTの、――――被験者かと・・・」 ロトワングは思い出す。 バーナビーと同じような背格好で、同じような服を着ていた。 一瞬バーナビーかと思い、その後兄弟が居たのかと思い直した。 更に、いやブルックス夫妻には息子が一人しか居なかったと思い当たりそれからやっと この子は誰だと思ったのだ。 ガラス張りの研究室、廊下をひたひたと歩いていく小さな人影。 最後の最後まで後姿しか見えなかった。 あれは一体誰だったのか。 誰かが言う。 エミリー博士が今日可愛い男の子を抱いていた。 バーナビーじゃないのと聞く女性研究員に彼は答えた。 いや、バーナビー君じゃなかったと思う。 その話は何度か聞いた。 エミリー博士が手を繋いでいる子供がバーナビーではなかった、誰か。 エミリー博士が研究所で読みきかせをしていた。 それは誰だったか。 あの当時、バーナビー教授が熱心に調べていたのはなんの記録だったのか。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top ←back |