バンパイヤ | ナノ
バンパイヤ 11.夢の国は魔物の国(2)



 虎徹は長い事、アスクから匂う『それ』が、共通している事に気付かなかった。
酷く嫌な――――嫌な匂いで、こう背骨を震わせるような、毛が逆立つような。
虎徹という存在は大抵の相手に対して捕食者であった。 それは対人であっても変る事がなく、もし食糧事情が乏しく狩りに出たとなるとヒトもその対象となり得る。
そうではなく、狼をも捕食する上位者・・・・・・自分が食われる立場であるというその絶対的な立ち位置をアスクは最初から虎徹に向かって発散して見せた。
虎徹は今まで、日本であっても自分が捕食される立場、つまり獲物としての匂いを感じたことが無かったのだ。
それ故に、アスクが接近してきた時にその危険度を見誤ったとも言える。
 同じヒト型をしていても、その優位性は全く変らず、虎徹は唯々諾々と従わざるを得ない自分自身の立場に驚愕した。
狼を食う立場の生き物とは一体全体なんなのだろう。 かつてそんな生き物に出会ったことがあっただろうか。
虎徹は死に物狂いでその獣としての第六感、朧な山野での記憶を辿って彼の正体に迫ろうとした。
求められれば彼と寝てもみたけれど、・・・・・・いや語弊がある、アスクは無理矢理虎徹に身体を開かせて、ヒトでいうところの交尾の真似事を強いてきたけれど、何かこう拭い難い違和感があってどうしてもその行為に没頭することも、迎合する事も出来ずに虎徹自身が戸惑っていた。
 ここまで決定的に、自らと隔たる感覚とはなんなのだろう。
ヒトよりも遠く、ヒトよりもかけ離れて決して交わらぬような? 交わっても無駄のようなそんな奇妙な違和感。
アスクとは多分感じ方も考え方も根本的にどこか完全にズレてしまっている。
 それでいて、アスクは虎徹には酷く執心していた。
なんとかして手に入れようと足掻いている、そんな完全にすれ違ってしまっているような優しさを虎徹は時折感じることがあって、アスクは見目形、色以外はバーナビーそのものであったものだから、何かこう拒否する事に罪悪感を抱くような、彼を理解し得ない自分自身に対しても不甲斐ない等と思う事があったのだ。
 何故だろう、この生き物からは俺以上の孤独を感じるだなんて。
もし接点があるとすれば、同じ生き物ということ、その存在の不可思議さの深度が似ている、それだけではないのか等と。
受け入れてみようと、バーナビーと出会う前に何度か彼の惨さに付き合ったことがある。
だがその行為の熱心さと酷薄さとは反比例して、どうやらアスク自身はそういった交尾に対する熱のようなもののベクトルが明後日の方向を向いているとしか思えない。
コイツ、なんかどっか可怪しいんじゃないのか。 思想ではなく身体的な欠落が? 種の保存の行為そのものが執拗かつ淡々としていて虎徹自身が根を上げるほどだった。
いたぶり度合いが半端ではないというが、虎徹自身には殆ど拷問としか感じられず実際何度も意識を飛ばした。
ヒトと自分以上に隔たったその感覚は、しんと冷えていて生臭くて、そしてとても悲しかった。 身体を繋げようが何をしようが、駄目だとある日唐突に悟った。
あ、駄目だ絶対にコイツとは判りあえない。 生き物としてその獣の形が決定的に違っている。 この生き物は孤独でたまらないんだろう。 でもその孤独を誰も理解することが出来ない。
 お前は何者なんだ? お前の仲間はみんなお前みたいなのか? それともお前だけ変わってんの? ナァ、どうしてお前は今ここに居るんだ。
バーナビーと出会って、それから程なくしてまたアスクに捕まった時、多分もう一度理解してみようと思ったのは本心だった。
バーナビーが煮え切らなかったというのもあるのだが、獣の業の深さに関してだけはアスクとは多分唯一共通していたので。
あくまでヒトでしかないバーナビーに望めない陰部を、彼に補完してもらえないだろうかと、恐らく無意識に期待したのだろう。
 結果は余りにも無残で、虎徹はそう試みた事すらも心底後悔する羽目になったのだが、唯一つ成果として虎徹は拒絶するのではなく淡々と受け入れる事に専念してついに彼の正体に思い当たることが出来た。
 この世界は実に不思議だ。
狼はヒトととてもよく似た社会性を持ち、感情も思考も獣にしては酷く近しい部分がある。
それは愛情表現であったり、相手を思いやる気持ちであったり、ヒトとはまた別の意味で強制的な永続する一夫一妻制であったり等共通点には事欠かない。
だが、イルカやクジラが音で世界を見る力があるように、狼たちを含む犬族はまた、匂いによって世界を把握する力を持っていた。
そういった感覚の優位性は、その固体に対して別の思考形態を形成させる。
 バーナビーはうっとりするほどいい匂いで、虎徹は彼の傍にいるとそれだけで幸福感でくらくらする想いだった。
傍に寄り添っていて嬉しい、何時までもこの香りに包まれて居たいと願うのは、故郷で同じナハトヴァの一族に囲まれていた時以来だった。
特にこういう支配的かつ蠱惑的な香りを発散する者を虎徹は自分の兄しか知らなかったので、バーナビーに助けられた時から良く家族を想起するようになっていた。
虎徹自身はインセスト・アヴォイダンスという別の禁忌に触れてしまい、村正に対しては同時に脳を焼くような警告と欲望に対する羞恥があったのだが、バーナビーにはそれがない。 彼は自分とは全くの他人で、その血の遠さに故に恋心が益々募った。 かつてあれ程別の存在に夢中になり、あれ程幸福めいた気持ちになったことはない。
いや、一度だけ実はあった。 獣としては認められなかったが、虎徹はかつてヒトとしては一人の女性を心から愛した。
友恵という今は失われたナハトヴァの妻をだ。 彼女は獣の姿を一度も取ることが出来なかったので、主に愛し合う時はヒトとしてまぐわった。
 その時抱いた彼女の香りは、もはや意識を飛ばす程鮮烈で、その香りを嗅いだだけで恐らく虎徹は何度でも恋に堕ちることが出来ただろう。 それほど虎徹の世界は匂いというものが大きな役割を担っていて、彼が認知する為に特別大切にしているものがそういった固体特有の香りだった。
 シュテルンビルトにきてこっち、虎徹はバーナビーと街にでて社交界にと多くの人と引き合わされたが、時折「?」と首を傾げてしまう者が混ざっていた。 シュテルンビルトの雑踏では早々感じたことがないのに、何故バーナビーが付き合う 重要な人物というものから、この匂いを感じるのだろう。
 それはアスクと同じ、嫌な――――形容しがたい生臭さだった。
バーナビーもキースも気付いていなかったが、パーティー会場には時折その匂いを発する者が混ざっていて、そういうものとすれ違う時、虎徹はどうしても相手を凝視してしまうのをやめられなかった。
 そのせいで何度か自分に興味を抱せてしまいバーナビーに注意されていたが、今更のように思えばあれらが自分の所在をアスクに悟らせる原因だったのではないだろうか。
アスクの周りにいる人物は総じてそうした酷く臭い者ばかりだったので、その時点でも虎徹は大嫌いだった。 しかしパーティー会場で出会ったバーナビーが一番気をつけろといっていた人物、ロトワング教授は違っていた。
 バーナビーには悪いが、虎徹はロトワング教授と初めて出会ったとき、その匂いに安堵すらしていたのだ。
この男は特に危険な感じはしない。 むしろ悪くない匂いだなと親近感を抱いてしまったぐらいだ。
その後もっといい香りをしたカリーナという歌姫がやってきてしまって、こちらは堪えきれずに舐めてしまったのだが、バーナビーに後からこっぴどく怒られてしまった。
ここらへんの獣の事情を、正確には狼の嗅覚による世界の認知を教えたとしても人には絶対理解出来ない。 それが判っていたので今まで一度も話したことは無かったし、今後もずっとそうだろうと想っていた。
 しかし。




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