バンパイヤ 10.口と心と行いと生き様もて(3) 「良くも虚仮にしてくれたな」 アスクは一つビルの天辺に立ち、憎憎しげに言った。 目の前におおよそ同じ高さで聳え立つビルがあり、その天辺には銀黒の狼が居た。 「お前がッ! 僕を裏切って、ただで済むと思っているのか!」 狼は身体を低く伏せる。 それから全力でアスクへ突っ込んだ。 空に満月、ちっという舌打ちをしてアスクが恐ろしい勢いで横っ飛びに逃げた。 そのスピードは尋常ではない。 銀黒の狼は目を見開きアスクが今まで居たビルの屋上に着地すると、彼をちらりと一度振り返ってから跳躍した。 逃げるとは思わずアスクも虎徹を振り返る。 その身体を彩るブルーの光は、彼のNEXT能力を如実に物語っていた。 「逃げるのか! 貴様、許さないからな、許さない! 殺してやるぞ、バーナビーを! お前のリーダーを殺してやる!」 ぴくりと銀黒の狼は耳を動かしたが振り返りはしなかった。 「戻れ、虎徹!」 マーベリックとアニエス、そして他三人のヘルシャーが行方不明になってから一週間が過ぎようとしていた。 ロトワング教授の死因は大型肉食獣それもイヌ科、狼のものに違いないと鑑識が結論を出した。 それを聞いたとき、バーナビーはそんなと額を抑えながら呟いた。 斉藤は黙って新聞をバーナビーに手渡す。 「ここ一週間で、ヘルシャーは兎も角、各企業で重大なポジションについていた者が12名も失踪している。 この失踪事件繋がってると僕は思う」 「虎徹さんが、ロトワング教授を殺した、んでしょうか・・・」 「そう思うかい? むしろ何故僕はロトワング教授だけ死体が残っていたのかってところが重要なんじゃないかと思う」 「どういうことですか?」 「例えばだけれど、タイガーも失踪者と考えられるだろう?」 「あ・・・・・・」 バーナビーの顔に少し血色が戻った。 「そ、うか、虎徹さんも失踪した一人だっていう、・・・・・・被害者だって・・・」 「バーナビー、どうしてタイガーが加害者だって思うの? 後さ、失踪した者が被害者だって思うのは何故? もしかしたら失踪した方が加害者かも知れないんだよ、この件の」 バーナビーは斉藤の言葉に惚けてしまう。 え、だって、それはどういう・・・。 「君はマーベリックとアニエス女史の死体を見たんだろう? 何か気づいたことは無かった?」 気付いた事・・・、ロトワング教授と同じように倒れていた。 これは同じ死因だと何故か直感で思ったのだ。 そこに理由も根拠も無いが、こういった勘みたいなものは意外に重要だとバーナビーはヒーロー活動を長く続けていて知っていたから、もしロトワング教授と同じ殺され方なのだとしたら、それは虎徹の仕業に違いないと思ったと素直に言った。 「そうか。 じゃあ問題を整理してみよう。 仮にロトワング教授を殺したのをタイガーだとする。 マーベリックもそうだと。 アニエス女史もだね。 そうなると、他三人のヘルシャーもタイガーが殺したって事になる。 下手すると、失踪した他12名も全部タイガーが殺したってことだ。 では死体は何処へ行ったのだろう? タイガーには殺す事は出来ても、死体をどうこうすることは出来ないと思うんだ。 一人ぐらいなら全部骨まで食べつくしたとも考えられるけど、さすがにこの人数は無理だろう。 ということはおのずと死体を隠したのは、あるいは処理したのは別の誰かということになる」 「・・・・・・ウロボロス?」 斉藤は頷いた。 「まあそれも一つの可能性だね」 それから斉藤は手を組み合わせて親指をもじもじさせていたが、やがて思い切るようにバーナビーの顔を正面から見た。 「バーナビー、君はご両親が亡くなった時の事を覚えているかい?」 言おうかどうか悩んだんだけどねと斉藤は言った。 「僕はこの状況と似た事件を知ってる。 規模はもっと小さかったけれど、今から20年前に起こったブルックス夫妻殺害事件だ」 「え?」 「あの時、ブルックス夫妻が殺されるのと同時に、六名の人間が失踪した。 全員ブルックス夫妻のNEXT研究施設の所員だった。 そしてうち五名はまだ見つかってない」 僕はその時本国に居たけれど、今日シュテルンビルトで起こった事を聞いてぱあっとその事件を思い出したんだ。 あの時もブルックス夫妻の死体だけしか出なかった。 他の五名は未だに行方不明のままでと言ったところでバーナビーが言葉を遮った。 「六名失踪して、五名がいまだってことは、一人は見つかったんですよね。 誰なんです?」 「ロトワング教授だよ」 「?!」 バーナビーは目をむいた。 「ロトワング教授は一時期ブルックス夫妻の研究所に所属していた事があって、何か多分夫妻と揉めたのか事情があったのか詳細は判らないんだけれどその年の12月にシュテルンビルトから秘密裏に出国していた。 ブルックス夫妻が後々の処理を任されていたのかも知れないけれど、まあそんなわけで、ロトワング教授を含む六名が行方不明になって、それから四年後かな? ロトワング教授だけは本国内で見つかった。 ヨーロッパあたりを研究がてらうろついてたらしく定住してなかったのも一要因ではあったけれど、確認が遅れてね。 だから彼が見つかったことによって、他の五名ももしかしたらそうやって事情があって出国しているだけなのかもと。 今でも健在なのかも知れない。 結局この事件は迷宮入りした。 死体が残されていたブルックス夫妻の死因ぐらいしか明らかにされていない。 ご両親の死因は知ってる?」 バーナビーは頷いた。 「絞殺だそうです。 その後研究所ごと燃やされましたが」 バーナビーは苦く思い出す。 あの日はクリスマスイブで、家政婦のサマンサ小母さんとスケートリンクへ遊びに行っていたのだ。 研究が忙しいので手を放せないと言ったブルックス夫妻の頼みで、当時二人の親友であったアルバート・マーベリックが、バーナビーとサマンサの為にクリスマスパーティーを開いてくれたことを思い出す。 スケートを堪能したあと、マーベリックの屋敷に立ち寄り夕食をみんなでとったのだ。 あれがバーナビーの中で最後の楽しい団欒の思い出となった。 その後、マーベリックの手配した車で研究所まで送り届けて貰ったのが午後8時頃。 その時間には仕事も終わるだろうので、一緒に帰ろうと父と母が言っていたと思い出す。 サマンサと共に研究所にいって、そして火事を知るのだ。 沢山の人が外に逃れてきていた。 留めようとするサマンサの腕を振り切って、バーナビーは両親のいる所長室へと向かい、燃え盛る炎の中それを見た。 伸び縮みする二つの影。 一つは大きく、父親ほどの背丈があった。 もうひとつは小さく、そう自分と同じほどの背丈で。 ぐったりと倒れ伏す父と母の姿。 それをその影はじっと見下ろしていた。 見つめていた。 そして、炎の中でそれが振り返ったのだ。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top ←back |