バンパイヤ 10.口と心と行いと生き様もて(2) 「死体が消えた?!」 バーナビーが素っ頓狂な声でそう叫ぶのと、警部が当惑顔で頷くのは殆ど同時だった。 バーナビーはすぐに警部と合流し、社長室にとって返したがそこにはすでに鑑識が数名到着していて現場検証が始っている。 ただ、バーナビーは戻って目を疑った。 絨毯の上に広がった血の染みは二箇所残っていたが、その染みを作ったであろうものが、死体がなかったのだ。 最初はすでに運び出されたのかと思った。 しかしそれにしては素早いなと思っていたらやはりそうでは無かったらしい。 「本当にここにあったのですか?」 警部がそう聞いてきて、バーナビーは頭を何度も振った。 「見たんです。 アニエス女史と、マーベリックさんに違いないと思いました。 近づいてきちんと確かめたわけじゃありませんが・・・、でもとにかく人の死体が、身体がここに二つあったんです。 間違いありません」 「しかし現実にここに死体はない。 運び出した形跡も無い。 我々はまっすぐ階下からきました。念のため、降りれる場所には全て警官を配備しましたし、エレベーターは我々が上がってきたものしか動いていなかった」 警部は目線を窓に走らす。 「例えばこの窓から、飛び降りるとか」 「僕は一人、飛び降りるのを見ました」 「見たんですか?」 「でもそいつが、死体を処理したとは思えない。 僕はそいつを追いかけて、その突き当りの窓から飛び降りたんです」 「NEXT」 「かも知れません」 「それは人でしたか?」 「人だと思います。 動物ではなかった」 バーナビーは追いかけた影を思い出しながら言った。 驚くほど安堵していた。 獣ではなかった。 あれはヒトだ。 少なくとも二足歩行しているヒトの形をしていた。 ――――でも、虎徹もヒトの形を取れる。 「・・・・・・」 警部は溜息をつき、とりあえず現場検証が終わるのを待ちましょうと言った。 その後隅々までフロアを探り、階下まで見て全体をスキャンしたが誰も見つからず、勿論死体も出なかった。 ただ、その日シュテルンビルトでは七人のヘルシャーのうち四人が消えた。 アポロンメディアのヘルシャーであるアルバート・マーベリックを筆頭に、ポセイドンライン、クロノスフーズ、オデュッセウスコミュニケーション。 キースは半狂乱になって、ポセイドンラインのヘルシャーを探し回ったが手がかり一つ見つからなかった。 警察の聴取から解放され、メカニックルームへやっと向かう事が出来た。 すでに深夜を回り、明け方近く。 斉藤に連絡を取るのを忘れていたと思う。 しかし何が起こっているのだろう? このシュテルンビルトを統治するヘルシャーが同時に4人も行方不明になるだなんてありえるのだろうか。 キースは手がかりを探すといってそのままポセイドンラインに撤収してしまうし、今日は実質パトロールは無理だと諦めた。 少し、なにかあの不可思議な動物侵入形跡がこの事件と関係があるのではないのかという考えが脳裏を過ぎったが、頭を振って追い出した。 よしんばそうだったとしても、新しい手がかりを得られるとは考えられなかった。 それより虎徹だ。 今日は満月で、彼はシュテルンビルトから出て行っている筈。 そうだ、斉藤さんの所から向かうと約束した。 そういっていた。 何故か動悸がとまらない胸を押さえてバーナビーは斉藤の下へ向かい、そして驚愕の事実を聞くのだ。 「今日タイガーはここには来ていないよ」 そんな、とバーナビーは呟いた。 見る見るうちに血の気が引いていったのが斉藤にも判ったのだろう。 どうした、バーナビーと心配そうな声をかけられた。 「虎徹さんに、ここから、行くようにって。 今日は満月だから」 「家を出てそのまますっ飛んでいったのかも知れないよ」 だが、バーナビーは『それ』を探し当ててしまい、更に動揺する。 『それ』は、バーナビーが斉藤に頼んで作ってもらった虎徹専用の首輪だ。 ヒトである時につけていてもあまりおかしくないように、チョーカーとして見られる細目のデザインにした。 デザインを考えたのは当然バーナビーで、・・・・・・、だって必ずつけて行く様にと約束したのに。 「まさか、事件に巻き込まれ・・・」 「ロトワング教授を殺したのは大型の肉食獣だそうだね。 タイガー?」 「馬鹿なこと言わないで下さい、接点がないじゃないですか!」 「でもバーナビー、君それを一瞬でも考えなかったかい?」 斉藤がそう言い、バーナビーは口篭る。 それでも両手を祈りの形に組み合わせて、椅子に座り込んだ。 「朝になれば帰ってきます。 帰ってくる。 約束したんです。 彼は僕の為にヒトになるって」 「タイガーが?」 「ええ」 「そう・・・・・・」 何か言いたそうだったが、斉藤はそれ以上何も言わなかった。 白々と夜が明ける。 月が地平に沈み、朝になっても虎徹はメカニックルームへ姿を現さなかった。 虎徹の姿は、その日を境にシュテルンビルトから消え失せた。 彼は帰ってこなかった。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top ←back |