バンパイヤ | ナノ
バンパイヤ 9.満月の夜に(2)



 アポロンメディアのフロア。
ヒーロー事業部があるのはゴールドステージまで突き抜けて聳え立つ、高層階の更に上部だ。
正確には最上階から下5Fまでの部分をいい、85Fにある。
義父であるマーベリックのいる階は90Fで、ワンフロア全てが彼専用となっている。
一般のエレベーターは85Fまでしか通じておらず、これ以上上の階に行くには一度85Fから降りて専用エレベーターに乗り換える必要があった。
そこでバーナビーは珍しい人物に会った。 アルバート・マーベリックの第二秘書を勤める才媛、アニエス・ジュベールだ。
「アニエスさん」
「あら」
 お久しぶりですとバーナビーは頭を下げる。
アニエスも丁寧に頭を下げた。
「暫くお見かけしませんでしたがどちらへ?」
「社長の命令で、ルーマニアにちょっとね」
「ルーマニア? 随分遠くに、なんの用事だったんです」
「大したことではないんだけど、ルーマニアのNEXT研究施設を見回ってたの。 でも目ぼしい能力者は見つけられなくて。 後はルーマニア伝承についてちょっとね」
「ルーマニア伝承?」
「ご執心なのよ。 吸血鬼やら、狼男やら? そういった伝承とNEXTを関連付けてなにやらって感じみたいだけど、実際何の為に調べてるのか私も良く判らなくて」
「はあ」
 ねえとアニエスは言った。
「社長っていつもあんな感じだった?」
「は?」
 それこそ判らなくてバーナビーは眉を顰めた。
「なんでです?」
「んー、なんていうか、前からこうだったのかしらって」
「え?」
 アニエスは辺りを伺い、それから声を潜めて言った。
「社長、なんか変ったと思わない?」
「変ったって?」
「別人みたい。 なんていうのか変なのよね・・・。 どこがどうって訳じゃないんだけど、雰囲気っていうか、こう話してて受ける感じがっていうか」
「それって何時からです?」
 アニエスは悩みながら首を捻り、そうねえ、私がルーマニアに派遣される、1ヶ月ぐらい前からかしらと言う。
「初めが良く判らないんだけど、ある日ふと思ったのよ。 仕事をしててこちらにやってきて・・・、私顔を上げるまで、それが社長だって全く気づかなかったわ。 今までそんなこと一度も無かったのに。 なのに気づいてからこっちどうにも社長を社長とこう受け取れないような。 印象が違うのよ。 ねえ、社長に何かあった? プライベートで?」
「・・・・・・」
 ま、息子の貴方が気づかない程度なんだからそんなもんよね。 私の気のせいだと思うから気にしないでとアニエスは専用エレベーターに乗って上階へと行ってしまった。
残されたバーナビーは暫くそこから動けない。
僕と同じように感じていた人が別にも居た? これは偶然なのか彼女の言うように単なる気のせいなのか。
バーナビーは踵を返し、考えながらヒーロー事業部へと向かった。




 煌々と輝く満月。
はめ殺し、高層ビルのフィックスウィンドウから細く差し込む月の光の下、散らばったメスや摂子、鉗子が見えた。
床をじっとりと濡らして行く真紅の液体が、月の光の下鈍い光を放つ。
小さな軽い足音、ぱしゃりぱしゃりとなにかが弾ける。
血溜りの上をそれはゆっくりと通過して、やがてそこからするりと抜け出した。
かたんと扉が開閉する。




 ブロンズステージにあるシュテルンビルトを外界に繋ぐ桟橋の出入り口付近にバーナビーは居た。
警察からの連絡でここいら一帯のフェンスがやはり何箇所か破壊されているのが見つかったからだ。
バーナビー自身も見回って、幾つかおかしな場所を発見する。
破損箇所を誰かが隠したような、そんな工作の後が感じられたからだ。
今まで単なる野生動物の侵入だと疑っていなかったが、そうではないのかも知れない。
ひょっとするとこれは人為的なものではあるまいか。
誰かが動物の侵入を助けているとか? 何の為に?
 うーん・・・。
そんな風に考え込んでいると、突然PDAがけたたましいコールを鳴らした。
本気でびくっと飛び上がってしまい、慌ててオンにする。
「どうしたんですかキース、何かありましたか?」
「ロトワング教授が殺された!」
「は?」
「ジャスティスタワーの教授の研究室で殺されてるのが守衛に発見された。 そう時間は経っていない。 犯行時間は今から1時間から2時間以内だそうだ」
「ええ?」
「何時もは閉まっている研究室の扉が不自然に開いていて確認の為に中に入ったところ、ロトワング教授の遺体があったそうだ。 現場は血の海だったそうだぞ。 今さっき警察からも連絡があった」
「誰に、殺されたんです?」
 そんなことはキースに判るものかと思いつつ、バーナビーは聞かずに居られなかった。
だがキースは予想したのと反対に、明確に答えてきた。
「人間じゃない。 なにか動物、肉食獣に喉を食い破られたのが死因らしい。 バーナビー君、ジャスティスタワーに向かうぞ」
 瞬間、虎徹の顔が浮かんだのは何故だろう。
いやそんな筈は無い、虎徹とロトワング教授に現時点接点はないはず。
それに彼がヒトを殺すなんてあり得ない。 彼は僕の傍に居る為に、今日ヒトとなった、――――縛られたのだから。
不吉な予感を胸に抱きつつ、バーナビーはジャスティスタワーへと急いだ。




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