バンパイヤ 8.闇の真なる者(3) 「頼んでいたこと、貴方なら実現してくれますよね」 赤い目をしたその銀髪の美丈夫は、優美に笑う。 アルバート・マーベリックはその彼を伴い現れたが、本当に伴われたのはどちらなのかロトワングには直ぐ判った。 「ここは血の匂いで一杯だネ。 彼をどんな風に切り刻んだのかな。 あれは僕の大切なペットなんだ、余り痛めつけずに研究を急いで欲しいな」 単に切り刻んだだけで、肝心なところが全く進んでないじゃ困るんだけどと彼は言う。 「一度も満月になっていないんですから判りませんよ。 人間から完全に狼に変身するその過程を、余すところなく観察し、沢山の生体標本を作製しなければならないんですから。 まあでもそうですね、ヒトとしてならあれはちゃんと繁殖できますよ。 調べましたが染色体も綺麗なものだった」 「ヒトと交配できると?」 「出来ますね。 ですからあれは多分 ヒトから進化したものなのでしょう。 基礎ベースが人間なのです」 マーベリックはアスクに目配せされて書類を一冊ロトワングに手渡した。 「これは?」 「アレの出自です。 アレはナハトヴァという一族、ロトワング教授、貴方が提唱したとおり、アレは古来から存在していたのです。 その能力は子に受け継がれる。 つまり遺伝するNEXT、NEXT古来種ということです」 「ナハトヴァール(闇の真なる者)?」 「ヴァンパイア伝承しかり、ライカンスロープ伝承しかり。 我が国にも伝わっている古来からの闇の眷属たち。 極東の島国日本ではそれは夜啼き一族といって実在したわけです。 彼を世間の前に知らしめるだけで、ロトワング教授、貴方は充分認められることになるでしょう。 ですがそれは我々の協力なくして出来なかった事です。 貴方がバンパイヤと名づけたNEXT古来種で、かつて絶滅したであろう同様の一族を復活させる事は可能ですか。 いや、アレは人間以外のものと繁殖出来ますか」 ロトワングは眉を寄せた。 「変身したところで検査してみないことには判らないですがどうなんでしょうね・・・。 ざっと見たところ、細胞組織を変型させる力は持っていますがそれが所謂精子や卵子までそうなのかというのであれば変型できないのではないかと思います。 精子も卵子も最少単位の細胞なんですよ。 まさか単体では変型しようも・・・・・・」 「貴方は昔、中南米で奇妙な動物を捕まえたという小論文を発表していますね?」 ロトワングは眉を顰めた。 それから思い当たったようで、ああと呟く。 「あそこら一帯には奇妙な伝承が残っていて、ああ正確には中南米ではなくフィリピンなんですけれど、アスワングという吸血鬼伝承が残っているんです。 それにあそこは良く生態系が破壊されずに残っている場所でもあってシュテルンビルトと良く似た美しい都市があります。 余り期待はしていなかったのですが、土着の人々はその獣を、ウェコと呼んで非常に忌み嫌っていました」 「そのウェコというのは?」 ロトワングは肩を竦める。 「変身動物、だと言われてます。 本当の姿が何か判らないとも言われてましたね。 立ち寄った村で石打されていて瀕死のものを譲り受けたんです。 見た目は猫のような姿をしていてましたが体格は二周り程大きく、調べたかったのですが逃げられまして」 「逃げられた?」 「ホテルを借りていたのですが当然ですが未開の地のホテルなんて警備があってないようなもの。 私の外出中に家捜しに入った者がいまして、服、腕時計やら色々、まあ予備でしたから大した被害ではなかったのですが、ケージで寝かせておいたウェコもろとも全部もっていかれました。 何故かパソコンは無事だったので不幸中の幸いですよ」 アスクはふふと笑った。 「それって、その生き物がヒトに変身して、貴方の服を着て出て行った、ということも考えられますよね」 「まさか・・・」 そういいながら、ロトワングはホテルへ戻った時にすれ違った男を思い出す。 あのコートは見覚えがある、私のものと一緒だと思ったことを。 そして部屋に入ってしまったと思った。 自分は泥棒とすれ違っていたのだとそう思い当たったからだ。 しかし? アスクの赤い瞳。 ロトワングの記憶の中、足を引きずって歩くその男の後姿、まだなにか引っ掛かりがなかっただろうか。 帽子を目深く被り、伺うように私を一瞬見ていた。 ぎゅっと身体を抱きしめるようにして歩いていくあの男の後姿。 そう、私にそっくりだなんて。 「単刀直入にお聞きします。 もし、そういった変身できる生物が他に存在したとして、ソレとの間に アレと、鏑木虎徹というナハトヴァは繁殖することが可能ですか? ヒトじゃないものを相手に子孫を作る事が可能なんでしょうか」 「やはり増やすのが目的なんですね。 アレを増やして・・・、そうですね、確かに制御できればそこそこ使えるでしょうね。 NEXTとは少し存在も違っているというか毛色が変っていますし、アレであれば、ヒトではなく動物だと定義づけることも可能でしょう。 なるほど・・・」 全てのNEXTをヒトと認めないというのなら反発があってどうにもならないだろうが、あれならば。 事実半分ヒトではないあれを、動物というカテゴリで認識させることが出来るようになれば、成る程素晴らしい生物兵器の素材を手に入れるということにもなるわけだ。 まあ別に私は、自分が認められればいいですけれどねとロトワングは顎を杓った。 「まあ、そんな生き物が本当に存在すれば?ですがまずは 完全獣化したところでまたサンプルを持ってきて頂いて調べてみましょうか」 サンプルという言葉にアスクはふむ?とマーベリックを見た。 「狼の形態から君、搾り取れるのかね?」 「難しいナァ。 ヒト型なら普通にヤればいいだけなんでこの前幾つかお渡ししましたけど、狼の姿で発情させるとかましてやヌクとか僕に出来るかな? そもそもやつらはヒトとは違って発情期が年に1回しかないっていうものだし。 どうやら冬らしいですよ」 「まあ、なんにしても! 採取できなかったとしても完全獣化した彼のその部分を切り開いてその部分の細胞を摘出して培養すればなんとかなるんで、ただし、この方法だと時間がかかりますよ」 「しょうがないね、それは」 アスクは肩を竦める。 「思ったより進みが遅いな。 まあいいや、ロトワング教授、僕達凄く貴方には期待してるんだ。 早く結果を持ってきてね」 「善処いたします」 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top ←back |