バンパイヤ | ナノ
バンパイヤ 8.闇の真なる者(2)



 今日も収穫がなかった。
バーナビーは疲れた身体を引きずって自宅に戻る。
空にはもうすぐまた満月を迎えようとする太った月。 煌々と輝いていて今日はとても澄んだ金色をしていると思った。
警察から聴取を受けて、何かが侵入してきた気配のある場所を新たに二箇所報告して、最後にキースと落ち合って結果報告をし合った。
うーん、もうそろそろ、他のヒーローに協力を要請した方がいいような気がする。
しかしカリーナもネイサンも多忙だろうし、特にネイサンは無理だろうとバーナビーは思った。
キースも、カリーナは今コンサートの準備で忙しいだろうしと二人で顎を杓って考え込んでしまう。
バーナビーは会った事がないが、キースはあと二人ばかりヒーローの資格保持者を個人的に知っているというので、一応協力を要請してみることにした。
「まあ、あまり期待しないでくれ。 それぞれ事情があって本業を優先する事が許されてるんだ」
「専門職ってやつですね。 僕らみたいにヘルシャー直下の暇人でもない限り、基本毎日は無理だろうなあ」
「そういうことだ」
 キースも肩を竦めた。
いやっ、私はこのシュテルンビルトを守るという仕事が本職というか、柄にあってるらしいから別に構わないんだよ! これでいい、そしてこれでいいんだ。
そう言い聞かせているキースが少し可笑しくてくすっと笑ったがなんだか少し様子が可怪しい。
「えと、何か?」
バーナビーがそう聞くと、「いや・・・」とキースは言葉を濁した。
ひょっとして、笑ってしまって気を悪くさせてしまっただろうか? でもそんな様子でもなかったような・・・。


玄関に入るとまだ虎徹が起きているらしく、部屋には灯が点されていた。
なんだかほっとして同時に嬉しかった。
誰かが自分の帰りを待っていてくれる、それだけでこんなに気持ちが軽くなる。 胸に温かなものが宿る。
虎徹はどうやらシャワーを浴びているらしく、バーナビーはそのままウォークインクローゼットに入って部屋着に着替える。
リビングに出ると、丁度虎徹がバスルームから出てくる気配がした。
 やがてゆっくりと歩み出てくる影。
リビングのドアが開かれると、虎徹が銀黒の髪を白いバスタオルでごしごしと擦りながらやってきてバーナビーにおかえりと言った。
「ただいま」
 ソファに腰掛けてバーナビーは虎徹を見る。
バーナビーの部屋はとても広いワンルームで、そこをパーテーションで仕切って使っているのだが、窓際にダブルベッドがおいてあり玄関から入って正面に直ぐ見える。
ぽかりと空いた空間にソファーがおいてあってその前にテーブルとテレビ。
虎徹はすたすたと歩み寄ると屈んでバーナビーの唇を啄ばむようなキスをした。
「おかえり。 食事は作っといた。 温めるだけで食べられるぜ」
「えっ、ホントですか?」
 びっくりして聞くと虎徹は優しく笑い、昼間暇だから料理をなんとなく練習してたと言った。
「あのテレビで昼間やってるやつ。 意外に面白い」
「三分クッキングですか?」
「そう、それ!」
 上半身は裸だが、パンツも履いてるしスウェットスーツも着ている。 ちゃんとスリッパも履いていた。
ふわふわもこもこの、羊のアップリケの入った可愛いスリッパだ。
それは確かブルーローズの誕生会かなにかでビンゴゲームをやって引き当てたものだったはず。 クローゼットの奥深く収納して忘れ果てていたが、虎徹がどうやら見つけて使うことにしたらしい。 ぷっと吹き出すと虎徹が可笑しい? 結構可愛いと思うんだけどと言った。
「可愛いですよ」
「部屋の中で靴を履く習慣がないもんだから、これで勘弁な」
 その内慣れる、多分慣れる。
タオルをぽいとソファに投げ出し、虎徹はTシャツをとりあげると頭から被って着た。 背中をぼりぼりと掻いていたがそのままキッチンに向かい、バーナビーは彼が手際よく料理を冷蔵庫から出して並べるさまを見ていた。
「来週にはまた催しが幾つかあるので一緒に出席しましょう。 4日後の満月はまた外に行きますか?」
「遊びに行ってもいいのか?」
「僕はまたパトロールがあるだろうので一緒には行けませんが・・・、すみません。 もう少し落ち着いたら休暇をとって一緒にキャンプに行きましょう。 キャンピングカーを借りて、僕はそこで寝泊りする。 貴方は好きに変化して森でも川でも荒野でも走ればいいんです。 時には一緒に狩りに行きましょう。 僕も能力さえ使えば、素手で獲物をとれると思います・・・、思い上がりかな」
「覚えていてくれたんだ、嬉しいな」
「僕の方こそ、一ヶ月近くも約束を反故にしてすみません。 散歩に行こうって言って、結局一度も行けなかった」
「仕事が忙しいんだからしょうがないだろう?」
「でも30日も」
「正確には29.5日。 まだ25日だよ」
「満月の日に貴方と、月明かりの下で遊びたいな」
「実は俺達別に、夜行性って訳じゃない」
 へっ?とバーナビーは虎徹を見た。
ふふと右手で頬杖をついて、フォークでサラダを突付きながら虎徹は優しい目でバーナビーを見つめる。
「狼って別に夜行性じゃないんだぞ。 俺達ナハトヴァは満月にならないと変身出来ないから夜更かししてるだけで実際は人間と同じで昼間行動して夜寝る生き物なんだよ」
「夜更かし?」
「そ、子供でも大人でも関係なく、29.5日に一回、明け方まで遊んでいいって許されてる日なわけ。 別に変身したくないやつや、遊びたくないやつ、体調不良とか、そんなんだったら別に欠席してもいいし。 ていうか結構欠席してるやつ多かったな」
 何気なく話し出したそれが、虎徹の故郷の話だと知ってバーナビーは生唾を飲み込んで静かに目だけで続きを促した。
虎徹はなんだか照れたような、ちょっと困ったような顔をして話を続ける。
「俺の故郷は日本の丁度中心付近、山脈が三つほど並列した奥深い山の更に奥にあった。 そこを天宮山地と言って、シュプリングフルート(小国シュテルンビルトを中央に抱く巨大弱塩水湖)みたいな綺麗な大きな湖があった。天宮湖っていうんだけどな。 シュプリングフルートと違って淡水湖だったけど。 その天宮湖の辺に小さな村が幾つかあってそこが俺達夜啼き一族(ナハトヴァ)の故郷だった。 黒くて深い森。 夕暮れになるとうっそりとした影が静かに下りて梟の声が木霊する。 しんとした、俺が大好きな原野を抱く、美しい森だったよ」
 バーナビーがフォークをおいて、グラスを持つ。
虎徹がそのグラスにロゼワインを注いだ。
貴方も飲みますか?とバーナビーが差し出した手をやんわりと断わって。
「長く近親婚を続けてたせいもあったのか、それとは関係なくやっぱ血が薄まってったのかは判らないけど、俺の世代にはもう完全に獣化できる者は滅多に生まれなくなっていた。 俺の母も俺の兄も駄目だった。 それどころか子供も滅多に生まれなくなってて俺達は多分滅び行く種族だったんだろう」
 虎徹は窓の外に目を向けた。
「俺の一家はナハトヴァ傍系で、鏑木一族といって天宮本家を支える為だけに存続していた家柄だった。 そういった家系は鏑木家の他に幾つかあったんだけどすでに鏑木一族以外は耐えて久しく本家にも当時俺と同い年の雌が一匹生き残るだけになっていて、どのみちナハトヴァには後がなかった。 未来がなかったっていうのかな。 でもとりあえずまだ本家の血筋の者が生きていて鏑木一族には彼女を守り立てる責務があった。 本来なら俺の兄がそのお役目を引き継ぐ筈だったんだが、兄にはその、・・・・・・子種がなくてさ・・・、俺にお鉢が回ってきた。 まあ次に生まれた俺はこんな先祖がえりだったのもあったんで、兄がそういう理由でなくても俺がそのお役目に当たる事は元々ありえたんだけどな。 そして俺は彼女をリーダーとして認めろと強要されたわけだ。 ヒトで言うなら結婚したって事。 そうして幾歳月が経って子供が一人生まれた。 俺のリーダーは、・・・妻はそれが祟って死んでさ、今はもうその子だけが最後の正統なナハトヴァとなった」
 バーナビーはグラスを取り落としそうになった。
がたんと立ち上がってしまう。
「だって、・・・、じゃあ貴方?!」
「うん。 一人娘がいる。 まだあの娘が完全獣化出来るかどうかは判らないけど、少なくとも半獣化は出来るようになると思うよ。 ただ、妻がかなり病弱だった上に本家の方が変化の力を失いつつあって、友恵は結局一度も、半獣化することすらなく・・・逝ってしまった」
「そ、んな」
「本当はずっと黙ってようかと思ってた。 でもヒトはそういうことを気にするだろう? 俺が何者でもバニーは愛してくれようとしているけれど、ただの獣ではなくヒトとして愛されるなら、黙っているのはヒトとしてずるいと思ったんだ。 それと打算もある。 バニー、もし俺にもしものことがあったら、娘を・・・、楓を頼んでいいだろうか。 捨ててきた故郷で、捨ててきた家族だけれど今更のようにお前を見てて辛いんだ。 俺には頼るヒトが誰も居ない。 お前しか。 俺には俺自身しかお前にくれてやるものがないけれど、こんなので良ければ全てやる。 後生だから見捨てないでくれ」
 最後の言葉は消え入りそうなほど小さかった。
奥様は日本で亡くなられて・・・。
 うん。
娘さんの名前は楓ちゃん?
 うん。
「天宮山地は開発で今はダムの底だ。 天宮湖と一体となって今は沈んでいる。 俺達はこの東海岸圏へ逃げてきた滅び行く種族だ。 恐らく楓は最後のナハトヴァになる。 あの娘にはつがいになれる相手が居ない。 俺が逃げ出したのはそれもあったんだ。 おぞましい。 俺は半分獣かも知れないが、獣だからこそ余計に忌避する。 怖かった。 兄の妄執が、母の虚妄が。 ここで終わってたまるこのかと、滅びたくないっていうあの常軌を逸した妄念から俺はずっとずっと逃げ出したかった。こっちにきてオリエンタルタウンに落ち着いて俺達はヒトとして生きていく事になった。 普段はヒトの皮を被ってろ。 俺は内実ホッとしてた。 これで終わるやっと終わるんだ。 ひっそりと終われれば何処でもよかった。 あそこは俺達一族の終の棲家になる筈でもあったから。 でも兄が・・・、長が、許してくれなかった。 もう一回最初から始めようっていうんだ。 俺達は滅びちゃならない、この血脈は何を犠牲にしても守らなきゃならないものだとそういうんだ。 やつらは俺が否とは言えない満月の夜を待っていた。 やっぱりと思ったよ。 あいつら全員ケダモノ、 俺は「再生の儀式」をまたやろうとしてるってわかってだから逃げ出した。 ――――俺はもう本当に沢山だった!」
「虎徹さん」
 バーナビーは顔を覆って呻くようにテーブルの上で肘をついた虎徹の横に行くと、その身体を上からやんわりと包み込むように抱いた。
「ありがとうございます、話してくれて」
 でもどうして今なのだろう。 何故?とはバーナビーは聞かなかった。
またいずれ、機を見てゆっくりと聞き出せばいい。 再生の儀式とはなんなのか虎徹が話したくなったときに話してくれればいいと思った。 ただ予想はしてしまった。 恐らく虎徹はずっとナハトヴァという狭い世界でインセスト・タブーに晒され続けてきたのだ。 日本ではそれをどういうのかは判らない。 そもそもナハトヴァの生態もよく判らないし、ヒトでもあり獣である彼らの中の禁忌がヒトと同一なのかもわからない。 だが、ヒトよりもむしろ獣の方が本能的にそれを避けるのではないか? 獣のそれはインセスト・アヴォイダンスと呼ばれるものだが確かに多くの野生動物は近親交配を避ける行動を取る。 彼はその不自然さに何処で気づいたのだろうか。 
「バニー、どうか信じてくれ。 俺はお前を裏切らない。 お前の為ならなんでもやる。 何でも出来る」
「何故信じないと思うんです? 信じます、貴方を」
 こつんと額をぶつけてバーナビーは言った。



[ 28/115 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
【Novel List TOP】
Site Top
←back
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -