バンパイヤ | ナノ
バンパイヤ 8.闇の真なる者(1)


8.闇の真なる者

 エアマスターキースは、今日のパトロールを終えてジャスティスタワーのハーフバルコニーへと舞い降りた。
本来ポセイドンラインへ真っ直ぐ帰るべきなのだろうが、ここのところシュテルンビルトに不穏な侵入形跡が認められることから、義務とされたパトロールの他に自主的に延長して見回ることにしていたからだ。
 特にブロンズステージからの侵入形跡が顕著に見られることから、バーナビーの方は連日警察に協力を要請されて残業ばかりになっており、キースは自分も何か出来ないかと思っていた。 空からの侵入形跡は残りようがないので、実際そういった侵入がブロンズステージだけなのかそうでないのかが判らない。 なんにしても、何が入り込んでいるのかそれを確かめたい。
 しかしずっと飛行していると思ったより体力を消耗してしまう。
バーナビーの方は現在ブロンズステージという地上を担当しているので、水分補給したり休憩したりが割合簡単に出来るのだが、キースの方はそういうわけにはいかない。
当たり前だが、空に自動販売機は存在しないし休む為のベンチがあるわけでもない。 座り込む場所もないしでそんなわけでジャスティスタワーのバルコニーがキースの休憩場となっていた。 勿論何処のビルでも休めるのだが、ヒーローの空からの出入りを想定して作られているのがシュテルンメダイユ地区内にはこのジャスティスタワーとポセイドンラインの本社しかないのだ。
 ジャスティスタワーのハーフバルコニーの鍵は登録されたヒーロー達の生態認証だけで出入りが出来るようになっており、一度だけ大跳躍したバーナビーがここを利用したことがあったっけなあとキースはなんとなく思い出していた。
 バルコニーから吹きさらしの階段を下ると強化ガラス張りの出入り口があって、PDAを翳すと簡単に開いた。
中は真っ暗で、グリーンの非常灯だけが点っている。 それと自販機が煌々と休憩所を照らしていてまあ休憩するには充分の明るさだとキースは自販機から熱いコーヒーを購入した。
「ふぅ」
 空の上はとても寒い。
地上は充分暖かくなってきていたが、空の上は氷点下だ。
キースは風使いなので自分の身体の周りに空気でバリアを展開する事が出来る。 そうしてある程度熱が奪われるのを防いでいるのだがやはり長時間空を飛んでいると身体がどんどん冷えていく。 ヒーロースーツを着込んでいてもヒーターが入っていなければ凍えてしまうだろう。 そして今日は割合寒かったらしい。 ヒーターの温度設定を最少にしておいたら、指先が冷えてしまった。 手袋の上からキースは手を擦り合わせて暖をとり、コーヒーを喉の奥に流し込んで一息ついた。
さて、続きは今日はイースト側を集中して見回っておこうか。 あと一応トイレにも行っておこうと思ったところで「?」となった。
暗がりを流れるように誰かが移動している。
こんな時間に誰だろう、ジャスティスタワー見回りの管理員かと思って目を瞬く。
暗がりの中、金色に反射する両眼。 キースは手に持っていたコーヒーを取り落としそうになった。
「鏑木、・・・・・・虎徹、君?」
 ぴょこりと髪から覗いた大きな耳。
亀裂の入った美しい獣の瞳。
 両手をポケットに突っ込んで、飄々とした調子で暗がりから自販機の明かりの届く場所へと出てきた男は見覚えがあった。
バーナビーの客人である、あの東洋人だ・・・・・・。 そしてその姿は。
「やあ」
 虎徹は人懐こそうな笑みを浮かべてそう挨拶した。
キースのほうはごくりと喉を鳴らす。 一応ファイルには目を通したから知っている。
彼は強化系NEXTで特記事項に半獣化すると書いてあったが、これはなんだ。
「どうしたんだ、こんな時間に。 ああ、仕事か」
 君こそどうしてこんなところに居るのだと聞こうとして声にならなかった。
しかし、この姿は。
「バーナビーは何時帰る? キースがここにいるってことは、もう直ぐ帰宅するのかな」
「きみ、は・・・」
 ん? と細められる金色の瞳。
「ジョンが・・・、狂ったのは、君のせいだったのか」
「俺さ、犬に嫌われちゃうの。 ごめんな」
 ごめんといいながらくすりと笑う。
硬直するキースの横を音もなく通り過ぎて虎徹はそのフロアから去っていった。
キースは虎徹とすれ違うその一瞬、異様な匂いを嗅ぎ取っていた。
 ――――血の匂いだ。



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