バンパイヤ | ナノ
バンパイヤ 7.狭間に立つ(3)



 その研究所はシュテルンビルトを象徴する女神像、ジャスティスタワーの最上階その一つ下のフロアにひっそりと存在した。
最初にそこへ訪れた時ロトワング教授は獲物を前にしたような酷く暗い笑みを浮かべて無言で虎徹を手招く。
しかし手招いた虎徹は彼が想像したような小動物染みた恐怖を自分に抱いている哀れな子羊ではなく、人を食ったような笑顔を浮かべて自分を白々と見下ろすふてぶてしい肉食獣だった。
 手加減などしてやらなかった。
怯えて自分に従順ならば手心を加えてやっただろうに、最初から挑戦的な眼をして自分を憎悪する事を隠そうともせずそれでもここへやってきた虎徹に対して、ロトワングは残酷な実験を最初から躊躇しなかった。
実験台に括りつけてそもそも逃げようともせず、メスを身体に食い込ませてもうめき声一つあげようとしないこの男に対して、そのうちそれが痛みを感じている生き物だと言うことすら忘れるようになった。
酷く痛めつければ変身するだろうと最初高を括っていたロトワングは、すぐに失望することになった。
何故なら虎徹は、満月以外には完全獣化することが意識的には出来なかったからである。
半獣にさせることには直ぐに成功したので最初はそれだけで狂喜したが、直ぐにそれでは単なる身体変化系NEXTと変わらないと思い至り、なんとか完全な狼へと変化させることが出来ないかと彼は躍起になるようになる。
 虎徹自身は自分の完全獣化の条件を理解していた。
しかし、自ら実行するのは無理だった。
ロトワング教授は虎徹にしてみると矮小で卑屈で厭らしい唯の人間に過ぎず、実際なんの感慨も虎徹に与えることができていなかったのだ。
虎徹自身はロトワング教授をなんとも思っていない。 胡散臭いし、自分の身体を痛めつける馬鹿な人間ぐらいしか思っていなかった。
勿論、痛いのも苦しいのもマゾでもなんでもない虎徹にしてみれば嫌な事に違いなかったが、アスクという仮の支配者の影響が濃すぎて、半分獣である自分自身の選択を雁字搦めに奪っている。
バーナビーはヒト意外の何者でもなかったので、虎徹の血を吐くような真実の告白を、ヒトとしての最大の誠意でしか受け止めていなかった。
バーナビーという自分の支配者の言葉が、虎徹というナハトヴァを完全に支配せしめるように、獣としての恐ろしいまでのカリスマを持ったもう一人の神であるアスクの命令もまた、虎徹にとっては行動を束縛するにたる恐ろしい支配力を発揮していたのだ。
 バーナビーが虎徹を完全に征服し、隅々まで自分のものであると宣言してくれていたのなら、虎徹はアスクから完全に解放される。
ただ愛していると言う形だけの意味でなく、バーナビーはこの時点で全ての鍵を握っていたのだ。
虎徹の悲鳴と軋む二つの魂の意味を本当に理解しえていたのだったら、バーナビーは虎徹を支配しつくすべきだった。
それが彼の魂の救済でもあったのに、ヒトであるが故に「支配しない事こそが真実の愛である」と信じきったバーナビーには、虎徹の今おかれていた絶望的な立場に全く思い至ることが出来なかった。
 そもそも。
その愛の形はバーナビーのような優しい、いや脆弱な人間には理解し難い習性だった。
 解っていた。
虎徹にはそれが絶望的なほど良く解っていた。
半分がヒトであるが故に自由の意味を、ヒトは惨く誤解している。



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