バンパイヤ 6.犠牲(3) 二日が平穏に過ぎた。 ロトワング教授の接触はない。 再び野生動物の侵入通報があって、キースとバーナビーは出動した。 空に満月。 煌々と光るその月の光の下、バーナビーは虎徹に細々とした注意を与えていた。 人差し指を唇にあてて、目立たないように遊んでくださいねと言う。 既に今日は日が沈んでからずっと狼の姿となって、バーナビーの飼い犬のふりをして付き従っていた虎徹は、「わふ」と返事。 虎徹は、バーナビーから貰った綺麗な緑の首輪をしていて、それには飼い主がバーナビーであると証明する、電子チップが内臓されていた。 「目立たないようにお願いしますね。 もしなんだったら、シュテルンビルトから出ていっても構わないです。 出方は判りますね」 銀黒の狼は、こくんと頷いた。 斉藤が見送る中、ヒーロースーツを纏ったバーナビーと銀黒の狼は、嬉しそうに月夜へと飛び出していった。 それはもう楽しそうに駆け出して行ったので、斉藤は笑顔になる。 バーナビーはともかく、虎徹の方は相当堪っていたのだろう。 バーナビーと途中で分かれて、弾丸のようにブロンズステージのほうへすっ飛んでいった。 多分、最下層から桟橋に出るつもりに違いない。 何処まで行くのかな、シュテルンビルトをぐるりと取り巻く山にでも行くのかなと斉藤はなんとなく思った。 バーナビーの方は、そのままキースと合流し、何時もどおり地上と上空からの探索になった。 「ここのところ、侵入する動物が全く見つからないのにこれだ。 形跡からして、非常に巨大な動物が侵入してておかしくないのに、どう思う?」 「どう思うとは」 「市民に被害が出ていないのはいいんだが、おかしい。 なにか、起こっている気がする、このシュテルンビルトで」 バーナビーは月を見上げる。 今日はとことん捜索するべきだろうとキースが言うので、バーナビーも頷いた。 何もかもウロボロスに結びつけるのは間違いだとは思うのだが、今のバーナビーにはどうしてもそれが脳内で関連付けられてしまう。 ロトワング教授、人の変ったような義父、マーベリック。 完全獣化NEXTの虎徹。 頻発する巨大動物侵入の気配、見つからないウロボロス。 月は煌々と照っていた。 白々と夜が明ける頃、キースとバーナビーは動物が侵入したと思われる箇所のチェックを大体終えた。 結局侵入した動物の情報は得られず、気配すらも掴めず、バーナビーは以前にも訪れた、フェンスの前に立っていた。 何が、一体どんな動物がここを超えてきたのだろう? 良く考えるとコンクリートを破壊するなどと、相当なものではないのか。 そもそもシールドが展開されているのに、どういうことなのだろう。 そんなことを考えながら、それでもキースと連絡を取り合い、今日は撤収すると同意を得た。 さて、虎徹は何処までいったのだろう? 月が沈む前には戻るだろうと漠然と思っていたが、ふと思う。 このまま原野に帰り、一匹の狼として去っていってしまうのではないかと。 その考えは、自然にバーナビーの脳裏にわきあがり、それと同時にバーナビーを一瞬硬直させた。 居なくなってしまう? あの優しい瞳をした、純粋に自分を慕ってくれている存在が? まさか居なくなってしまうだなんて。 ナハトヴァは受けた恩は忘れない。 そしてお前はリーダーだ。 そう虎徹は言っていたけれど? かつて自分を愛してくれた人は、みんな悉く居なくなった。 あの獣が、美しい狼が、このまま飼い犬のように自分に繋がれているだなんて、ありえるのだろうか。 もう充分恩義を返したと、彼が居なくなってしまう可能性だってあるのだ。 そう思い当たり、バーナビーは驚くほど狼狽している自分に気づく。 ああ、どうしよう、彼が居なくなってしまったら。 許すんじゃなかった。 狼に変化して、自由に遊んでいいだなんて、僕は本当に馬鹿だ。 そう後悔したところで、バーナビーは再び自分を恥じた。 真っ直ぐに、自分に向かって駆けて来る影がある。 ああ、なんて美しい獣だろう。 一直線に僕に向かって駆けて来る。 なんだか泣きたくなって、バーナビーは両腕を広げて虎徹に向かって自分も走った。 しかし、次の瞬間足を止めてしまう。 虎徹は口に、何か小さなものを咥えていた。 それがなんであるのか、バーナビーは一瞬判らず眉を顰め、次の瞬間、雛鳥だということに気づき、足を止めた。 ハッハッハッハ、と荒い息を吐き出して、とても嬉しそうに銀黒の狼が走ってくる。 その口に咥えているのは、バーナビーが先日保護した燕の子ではないだろうか。 何故、咥えているんだ?とバーナビーが訝しむのと殆ど同時に、目の前で狼がその燕を食んだ。 愕然とするバーナビー。 狼は何度か顎を動かしてそれを咀嚼したが、燕はぴくりとも動かず、もうすでにこときれているのが解ったが、あまりの衝撃にバーナビーは声が出ない。 目の前で金色の瞳を瞬かせながら、狼は嬉しそうに燕を食べた。 ぼりぼりと小さな骨の砕ける音がして、やがて燕の子は狼の喉の中に消えてしまう。 満足したのか、狼は前足で自分の頭を擦り出し、やがて毛づくろいを終えるとバーナビーの足元へやってきて、その手の甲をぺろりと舐めた。 金色の瞳が光っている。 何も言えずにバーナビーはそれを見つめ返し、やがて顔をくしゃくしゃにすると、その場から走って逃げた。 堪らなかった。 何故こんなにショックを受けたのだろう? それすら判らずに、バーナビーはその場から遁走してしまったのだ。 当惑したような狼がその後に残り、小首を傾げてから走り出す。 バーナビーの自宅に向かって、急いで。 月が沈む。 そうすると、虎徹はヒトに戻ってしまう。 軽やかなステップを踏みながら狼は走り出し、ゴールドステージに向かって徐々にスピードを上げ始めた。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top ←back |