バンパイヤ 6.犠牲(1) 6.犠牲 ロトワング教授との攻防戦は続いていた。 どうしても、バーナビーを立ち合わせたくないらしく、あの手この手で虎徹だけを誘うのだが、頑として了承しなかった。恐らくマーベリックが出てくる。 公式の場で、幾らかでも追求できれば、背後関係を探れるかも知れない。 ロトワングと最初に接触したあのパーティーから、虎徹もバーナビーもパーティーに出席するのをやめていたが、タイタンインダストリーが主催した、ブルーローズの新曲発表パーティーにだけは、きちんと出席した。 虎徹が働いた無礼について、謝罪するためでもあったのだが、意外なことにこの気位が高いはずの歌姫は、虎徹の所業を怒ってはいなかった。 むしろ、再び会えた事を純粋に喜び、念願かなって一曲踊れた事を素直に楽しんでいた。 虎徹の付け焼刃のステップは、それなりに様になっていたがバーナビーははらはらし通しで、彼が歌姫の足を踏まなかった事だけを神に感謝した。 「結構ドキドキでした」 会場から出るとき、バーナビーはそう囁き、虎徹は苦笑する。 「俺全然信用ないんだな」 だって。 バーナビーは変に顔を歪ませた。 笑い出しそうというか、困ったようというか。 「貴方どれだけ僕の足を踏んづけたと思ってるんですか?」 「さて、どうだっけ?」 惚ける虎徹も、今は可愛い。 なんにしても大成功だった。 虎徹にステップを教えるのに非常に苦労したが、終わり良ければ全てよしだ。 そう思いながら会場の階段を半分下ったところで、バーナビーは声をかけられる。 それは、マーベリックだった。 「バーナビー、ちょっといいだろうか」 バーナビーは立ち止まり、マーベリックを見上げる。 虎徹を伴って彼の元へ向かおうとすると、マーベリックはやんわりと、独りで来る様に言ってきた。 この隙にまたロトワングが虎徹と個別交渉なのかと予測し、バーナビーは軽く肩を竦める。 虎徹に目配せすると、了解したというサインが戻ってきた。 まあ、いつもの事だ。 あくまで、マーベリックはロトワングとの関係を、はっきり自分に示すような事をしないんだなとバーナビーは思う。 今日のこの件についても、別に今言わなくてもどうでもいいようなことなのだろうと思いながら、それでもバーナビーは素直に従った。 「虎徹さん、僕が帰るまでここで待っていてくださいね」 襲われたら、逃げてください。 へい、了解。 虎徹はひらひらと手を振る。 臙脂色の豪奢なステップカバーを踏みしめながら、バーナビーがマーベリックに伴われて会場に再び消えていくのを、虎徹見送った。 虎徹は階段の手すりに寄りかかりながら、またどこからロトワング教授が出てくるのだろうなどと考え、ぼんやり自分の爪を眺めていた。 なんだか彼は色々と話しかけてくるが、何を言っているのか虎徹は理解する気が全く無かった。 まさに暖簾に腕推し状態なのだが、ロトワングがそれに気づくことは無かったように思う。 ただ、お前は馬鹿なのかとか、アホなのかとか結構暴言は吐かれていたようだ。 まあヒトに対する罵り言葉など、虎徹にとっては何の意味もなさないからどうでもいいのだが。 報酬の件も良く判らない。 お金なんか欲しくないし、現時点バーナビーの傍にいるのが至福でそれ以上のことは何も望んでいなかったから、ロトワングが必死に提示した条件は虎徹に何の感慨ももたらさなかった。 ヒトには理解出来ないのだろう。 俺もヒトを理解出来ないよと虎徹は思う。 親指の爪を弾いて手持ち無沙汰に待つ。 どれだけぼんやりしてただろうか、それ程時間は経ってなかったように思う。 しかし、その匂いに、虎徹は弾かれたように顔を上げた。 だって、まさか、これは。 虎徹はきょろきょろと焦ったように辺りを伺い、そろりと階段を下りる。 階段を降りきってしまうと、虚空に向かって鼻を利かせた。 くんくんと匂うと、その危険が鼻腔を満たして、一気に虎徹は総毛だった。 瞬時に、目に亀裂が入る。 耳が銀黒のそれになり、毛髪からぴょこりと覗いた。 尻尾が現れ、両手には鋭い爪。 犬歯が歯茎から覗き、金色の目を獰猛に血走らせて、虎徹は両手を地についた。 狼人間のそれになった虎徹は、ビルの壁面へと跳躍する。 そのままビルを交互に蹴って屋上までなんなく到達すると、天を仰いだ。 満月まで、あと二日足りない。 虎徹は左右を見回し、必死にその匂いの根源を探ろうとした。何故ならばこれは。 「元気そうだね」 虎徹はばっと振り返った。 塔屋の向こう側。 陰になって見えない位置に誰かが居る。 虎徹はフーッと威嚇した。 しかしそこにいる気配はただ、くつくつと面白そうに笑うのだ。 「腕、大丈夫だったかい? 意外に無茶をするね」 月明かりの下、彼が虎徹の前に歩み出る。 虎徹はじりと後退り、かつての主人を畏怖をもって眺めた。 恐ろしい、足が竦む。 自分の身に刻み込まれた恐怖で身動きが取れない。 彼はプラチナブロンドと見紛う、美しい銀糸の髪と、そう、真紅の瞳を持っていた。 夜だというのに、サングラスをしていた彼は、虎徹の前で初めてそれを外して見せた。 ああ・・・。 虎徹はがくがくと震え出した。 そうじゃないかと思っていたが、やはりそうだった。 どうしよう、この、ヒトにあるまじき生き物は、色が違うけれど、バーナビーにそっくりだなんて。 何故、どうして? 「お前は一体」 虎徹の質問には答えず、彼は虎徹の方へ躊躇なく歩を進めた。 虎徹は動けない。 伝う汗を拭うことも出来ず、ぶるぶると震えている虎徹の頬にそれは手を伸ばすと、優しく撫ぜた。 ぞっとするほど冷たい手。 虎徹はがくがくと震えたまま、その赤い瞳を見る。 見て思う。 見てはいけない、逆らえなくなってしまう。 「バーナビーを探れ」 彼は、優しく虎徹にそう命じた。 嫌だ。そう答えようとして、全く声が出ない。 金縛りになってしまっているのだ。 駄目だ捕まった、逃げられない。虎徹の目に絶望が浮かぶのを楽しげに確認して、更に囁く。 「僕の言うことを聞くんだ。 僕はお前の主人。そう、教えた」 ざあっと更に血の気が引き、虎徹はがくりと膝を落とす。 「誓え、僕こそが真実お前の支配者であると」 虎徹は震えたまま、首を振り耐え切れないといったように、その止め処もなく涙を零す。 鼻梁から伝ったそれは、虎徹の手の甲と地面に弾けた。 「バーナビーを殺すよ」 「・・・・・・!」 笑いを含んだ声でそう囁かれて、虎徹は観念した。 アスク。 バーナビーの容貌そのままの銀糸の髪の男は、酷薄な笑みを浮かべて虎徹を抱きしめた。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top ←back |