バンパイヤ | ナノ
バンパイヤ 5.燕の子(1)


5.燕の子

「案の定興味を持ったみたいだね」
 斉藤がバーナビーのヒーロースーツのメンテナンスをしながら言った。
パーティー会場から撤収したバーナビーは、そのままアポロンメディアメカニックへ直行した。
タキシードを脱ぎ捨てて、バーナビーはいつものジャケットを羽織った。
「はい。 あれほど僕との接触を避けていたのに、白々しく」
 バーナビーは肩を竦めた。
同じく着替えが済んだ虎徹は椅子に腰掛けていたが、天井をじっと見上げている。
時々瞬きしては、こしこしと顔を手で擦ってぺろりと自分の右手を舐めあげ、眉の辺りを神経質そうに何度も撫で付けていた。
油断すると、仕草が獣なんだよなとバーナビーは思う。
虎徹の視線を更に追うと、小さな羽虫が飛んでいるのが見えた。
「虎徹さん」
 何?と虎徹が振り返る。
「レディにあれは駄目ですよ」
「アレって?」
「顔を舐めるなんて失礼にも程があります」
「俺的最大の感謝の意だったのに」
「ヒトだと大変失礼な行いです。 絶対やめるように。 今度一緒にお詫びしましょう。 レディに対する所作も訓練しないと」
 えーっ。
面倒だなあと、虎徹ががっくりと肩を落とした。
「喜んでたと思うけどなあ」
「そんなわけないでしょう」
 バーナビーは苛々と言った。
「とにかく・・・、やはりマーベリックさんはロトワング教授と繋がってる。 その理由が」
「ウロボロスだと思うかい?」
 斉藤が言葉を引き継いで、バーナビーに聞く。
バーナビーはぐっと詰って、判りません、と言った。
「焦る気持ちは判るけど、ここは我慢だよ、バーナビー。 折角相手から自主的に接触してきてくれたんだ。 今まで避けて避けて避けまくっていた君と相対してでも、これが欲しいってことだろう」
 俺? と虎徹が笑う。
バーナビーは額に手をあてて、深くため息をついた。
ああ、心配だ、とても心配だ。
「虎徹さん」
「はいよ」
 虎徹が嬉しそうにバーナビーを見る。
バーナビーは虎徹に屈みこむと、自分の額を彼の額とくっつけて、目を瞑った。
「ロトワング教授がなんと言っても、勝手についていったりしないで下さいね。 絶対僕と一緒じゃなきゃ協力しないと言って下さい。 絶対ですよ」
「大丈夫、約束するよ。 バニーが一緒じゃなきゃ俺は何も出来ないって言えばいいんだろう?」
 絶対ですよ、必ずですよ。 何を言われても絶対に、約束して下さい。 一人で行動を起こさないで。 僕の指示を必ず仰いで。
うんうんと頷く虎徹から額を離すと、ふうっと屈んでいた腰を上げた。
「襲われたらどうするんだい?」
 斉藤が面白そうにそういうので、そういう場合は全力で逃げてくださいと、真顔で振り返る。
虎徹は、それってこのままで? ヒトのままで逃げるってこと?と聞くので当たり前ですと再び額を抑えた。
「半獣化するところも見せない方がいいでしょう。 貴方明らかに古来伝承どおりのライカンスロープですから」
「中途半端でも駄目なのか。 なんだろうな。 なんで変身人間にそんなに固執するんだろうな」
「研究かな。 学会で認められなかったとか、馬鹿にされたとかそんなんじゃないかな」
 斉藤がまた面白そうに言うので、バーナビーは何度目か判らないため息をつく。
「問題は、何故、その変身人間の研究に、ウロボロスが噛むかっていうことなんです。 今まで20年間、ほぼその活動の本質を悟らせなかったウロボロスが、唯一執着しているとしか思えないロトワング教授の研究です。 何かここに答えがある気がするんです。 どうして僕の両親が殺されたのかも」
「バーナビーの両親って何をしてたんだ?」
「ロトワング教授とまあ一緒、になるのかな。 NEXT研究者です。 ただ、変身人間に拘ってませんでしたよ。 NEXT全般の研究をしていたそうです。 このシュテルンビルトのヒーローシステム、NEXT条例の基盤を作ったのが僕の両親だそうです」
「へえ、凄いヒトがお前の親だったんだな」
 虎徹が感心したように言うので、バーナビーはいえ、と口ごもった。
なんともなしに赤くなってしまう。 多分、虎徹が余りにも純粋に自分の父と母事を口に乗せたからだろう。 シュテルンビルトにおいて、ブルックス夫妻の死は一種のタブーとなっていた。 バーナビー自身ですら、こうやってすっと特に感慨なく口に乗せられたのを少し訝しく思ったぐらいだ。 自分を見つめる金色の瞳に、胸が痛くなる。
父と母を失ってから、他者にこんな目を向けられた事があったろうか。
作為も何もなく、好意だけがある真っ直ぐな瞳を? 虎徹は何も知らない。 そしてヒトと違って純粋だった。 どうしよう、いつの間にか、僕はこのヒトを何者にも換え難い存在だと思っている。
「・・・・・・」
バーナビーは無言で虎徹の肩に手をおいて、それから再び屈むと、ぎゅっとその身体を抱きしめた。
「バニーちゃん?」
「貴方を危険な目に遭わせようとしている。 すみません」
「大丈夫だよ、俺結構逃げ足早いんだ。 いざとなったら逃げるから、心配するな」
 そうですね。
バーナビーはやっと笑った。



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