バンパイヤ | ナノ
バンパイヤ 2.ヒトであるように(1)



2.ヒトであるように

 凄く綺麗な金色の目をしてる。
所謂ウルフアイなのだが、光の差込具合なのか金貨のように光る。
黄金色だなんて、どうかしてる。
その癖そのすらりとした、非常識にスタイルのいい男は、黒髪なのだ。
東洋人、湖上都市シュテルンビルトは、人種の坩堝というぐらい、色んな人種が流入して出来上がった新興国家だったが、東洋系は珍しかった。
その中でも群を抜いて珍しい。
 日本人だと誰かが言った。
そういえば、アポロンメディアには日本人のエンジニアがいるじゃないのと思い出す。
そう、何度目かのアポロン主催のパーティーに出席して紹介されたのだけれど、あの人はこんなじゃなかった。
正直、カリーナは何処の小人なのよと鼻で馬鹿にしてしまっていたのだ。
 確か斉藤と言ったあの小さな男と、同じ人種だなんて信じられない。
なにより目の色が全く違うじゃないのと、カリーナはぼーっとその人物を見つめていた。
「どうしたの、カリーナ、目がハートマークになってるわよ」
「!」
 突然話しかけられて、カリーナは飛び上がる。
それはヘリオスエナジーの新オーナーであるネイサン・シーモアだった。
彼女は、トランスジェンダーの佳人で、近頃カリーナと急速に親しくなった。
「彼に見惚れてたでしょ」
 悪戯っぽくそう囁きかけられて、カリーナはわたわたと両手を動かした。
「そそそそそそ、そんなことないわよ」
「そうお?」
 ネイサンはにっこりと笑って。
「今日の歌、最高だったわ。 彼も、貴女のこと少しは気に留めたんじゃないかしら」
「・・・・・・そ、うかな・・・」
 しゅんとなるカリーナ。
あらあら、とネイサンはそんなカリーナに優しい視線を送る。
 彼女がずっと見つめていたのは、先々週ぐらいからバーナビー・ブルックスJrが、公式の場に伴うようになった、鏑木・T・虎徹という日本人だ。
極東圏の神秘の島、ヒノモト出身というのに相俟って、彼の噂は事欠かない。
だが、現時点バーナビーの友人であると言うことぐらいしか、彼については何も判っていなかった。
「紹介して、もらいましょうか」
 ネイサンがそう、悪戯っぽく呟く。
カリーナはどきんとなって、小さく喉を鳴らした。
彼と会うのはこれで数度目だったが、カリーナはまだ虎徹と言葉を交わした事すらない。
一度だけ彼に、シャンペングラスを取ってもらった事があったが、それっきりだ。
ただ、染み入るような美しい金色の瞳が細められて、自分を見てにっこり笑いかけてくれた事だけを鮮明に覚えている。
ネイサンは、頬を赤らめたカリーナを面白そうに眺めていたが、自分も彼には興味があったのもあって、カリーナを伴ってバーナビーの元へと向かった。
「ハァイ、楽しんでる?」
 気さくにそう話しかけると美しい白タキシード姿のバーナビーが振り返った。
「ネイサン、お久しぶりです。 お招きありがとうございます」
「ヘリオスエナジーの持ち回りは今期初めてでしょ? あたしがオーナーになってから初めてのパーティーだから、ちょっと派手にやってみたかったの」
「ブルーローズの歌声が聴けてとても嬉しかったです。 今日も素敵でした」
 ネイサンの後ろで、カリーナがもじもじと俯く。
いつもならもっとハキハキして、どちらかというと女王様然として振舞っているのに、今日はどうしたことだろうとバーナビーが首を傾げていると、ネイサンが笑顔で言った。
「ね、バーナビー、彼、紹介して頂戴」
 一瞬惚けた顔つきになったが、合点がいったというように、バーナビーは頷いた。
「なんだ、貴女たちも彼が目当てなんですね?」
「いい男じゃない、何時? 何処で? どうやって知り合ったの? ねえ、いつから友人なの?」
 畳みかけるようにそう聞いてこられて、バーナビーは苦笑した。
「彼は極東圏の日本出身なんですよ。 アポロンメディアメカニックの斉藤さんと同郷なんだそうです」
「全く別の人種にしか見えないわ!」
 ネイサンの率直な感想に、バーナビーはふきだしつつ、片手で虎徹を呼んだ。
その時虎徹は他の招待客らに囲まれて、ちびりちびりとワインを舐めているところだったが、すぐに気づいて一礼してこちらに向かってくる。
「呼んだ?」
 と、思ったより低めのバリトンで彼が応えた時、カリーナはびくんと少し肩を竦ませた。
バーナビーと対で作られたような、黒のモルフォテックス織ロングタキシード。
訝しげに傾げられた金色の瞳が、ゆっくりとネイサンに向けられ、それから背後に隠れるようにして立つカリーナで留まった。
「あ、前に一回会った事あるな、お前」
「お前よばわりはないでしょう。 こちらはカリーナ・ライル、シュテルンビルトでは青薔薇と讃えられる歌姫ですよ。 僕らと同じヒーローでもありますが、彼女は本業が忙しいのでヒーローとしては今のところ出動経験がないんです」
 バーナビーが嗜めるように言い、虎徹はネイサンとカリーナに向かって屈託なく聞いた。
「そうなんだ?」
「それとこちらはネイサン・シーモア。 ヘリオスエナジーの新オーナーでいらっしゃる。 今回のパーティーの主催者です」
「それはそれは」
 ネイサンはウィンクし、虎徹は深々と頭を下げて名乗った。
「鏑木・T・虎徹といいます。 よろしくお願いします」
 それから顔をあげててへっと笑う。
その仕草が、何故か妙に可愛らしいなとネイサンは思った。
同じようにカリーナも思ったのだろう。 もぞもぞとネイサンの後ろに更に隠れてしまって出てこない。
しょうがないので、ネイサンはカリーナの手をとると、自分の前に立たせてやった。
「やだ、ネイサン!」
「貴女がカリーナ・ライル?」
 虎徹が聞く。
カリーナは真っ赤になったこくこくと頷いた。
「さっき歌ってた人? 凄く上手だった。 えーと、・・・・・・ブルーローズ、さん?」
「カリーナって呼んでください!」
 慌ててそういうと、虎徹はふにゃりと笑って、うんと頷いた。
かあっと更に赤くなったカリーナに、ネイサンはおやおやと思う。
しかし、肝心の虎徹の方は全く気づいてないようで、これまたネイサンはおやおやと思った。
年の頃は幾つだろうか。
バーナビーよりは年上だろうが、自分と比べてみても年上なのか年下なのか判然としない。
牙のような奇妙な顎鬚を生やしているので、ある程度はいっているだろうが、素地が妙に若いのだ。
人種的なものもあるのだろうが、表情が幼いというか、何処となく『人間離れしている』ような。
受け答えも奇妙な感じが伴う。 まあこれは、まだこの国の言葉に慣れていないのだと解釈すればおかしくはないのだろうが、それにしてもなんだか『子供っぽい』ような?
 その癖立ち居振る舞いは中々様になっていて、そのアンバランスさに目が離せない。
銀色光沢を放つ不思議な黒髪と、深い琥珀の金が相俟って、エキゾチックな雰囲気を醸しだしている彼は酷く魅力的だった。
実際、カリーナは魂が抜けたように虎徹に見惚れっぱなしだし、多分自分もそうなのだろう。
慌てて失礼にならない程度に、聞いてみた。
「日本のどちら出身なの?」
「言っても解らないと思いますよ。 日本でも結構田舎の出身でして」
「何時シュテルンビルトへ?」
「先月です。 先月の頭にえーとその、バーナビーに拾って貰いまして」
「拾った?」
「あー、えーと!」
 慌てたようにバーナビーが会話に割り込んできた。
「色々その! ネットで知り合ったんです。 僕はほら、メカニックにも興味があってその、斉藤さんと! それで日本の話もたまに伺ってたんですがあちらはNEXTに対してかなり厳しいらしく、極東圏からこっちに移住するってことになって」
「んまあ、じゃああなたもNEXTなの?」
 ネイサンは驚いたように虎徹に振り返り、また慌てたようにバーナビーが言った。
「あのその! まだテストは受けてないんです。 シュテルンビルトにはその、観光ビザで入ってるわけですから! まだシュテルンビルトに移住するって決まったわけじゃなくてですね」
「いいじゃない、移住しちゃえば」
 ネイサンが面白そうに言った。
「ああ、そうなの。 そういえば、極東圏ではNEXT差別が酷いって聞いたことあるわ。 成る程ねぇ。 いいんじゃない? シュテルンビルトはNEXTには特に寛大な国だし。 お仲間じゃない、歓迎するわ。 ね、カリーナ」
 それまでぼーっと話を聞いていたカリーナも我に返って頷いた。
「そ、そうよ、移住すればいいわ! NEXTなら簡単よ? きちんとテスト受けて能力審査通れば直ぐにでもシュテルンビルトに移住できるわ。 力が強ければ、ヒーローにだってなれるし、そうよ、ヒーローになればいいんだわ。 そしたらその、あの・・・」
「そう簡単にはいかないと思いますけどね、まあとりあえずもう少し色々教えてから、移住申請を出すかどうか考えて見ますんで」
 バーナビーはそわそわと落ち着かなく身じろぎし、虎徹はくすっと笑った。
「えーと、あの、これからちょっと斉藤氏のところに向かうので、これで僕たちはお暇させて頂きます」
 えー?とネイサンは驚いたような顔になり、カリーナもぎょっとしたような顔になったが、すぐに二人とも諦めたように頷いた。
「もっとゆっくりして行けばいいのに・・・」
「次回はもっと長く居られると思います。 なんにしても、」
「手続きは早い方がいいものね。 斉藤さんによろしく」
 ネイサンが言う。
カリーナも頷いた。 それから虎徹の傍に寄っていくと、その服の裾を少しつまんで、小さな声で「あの、次もし良かったら、私と踊って」と言った。
「いいけど、俺、まだダンスは習ってないんだ。 覚えてからでもいい?」
 そう金色の瞳で屈託なく聞いてきたので、カリーナはこくこくと頷く。
バーナビーはその様子にほっとしたような表情になり、虎徹の腕を掴むとそれではと言って慌しく会場を後にする。
 虎徹は何度もカリーナを振り返りながら、小さく手を振っていて、カリーナは再び赤くなって俯き、ネイサンはそれを交互に眺めながら困ったように笑った。



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