Call me 時系の魔女 | ナノ
Call me 東経180度線のタクティクス (12)



「現在自治権を与えられている都市の中で、旧世代から存続している都市は幾つだか知ってるかい?」
「十三都市です。シュテルンビルトを筆頭に日本のトーキョーシティ、東南アジアのサイゴン、ヨーロッパ圏ではマルセイエーズ、エリザベス等が特に発展しています」
「そう。十三都市あり、そこにはシュテルンビルトと同じように旧世代に設置された統括コンピューターがあり、これが全世界ネットワークを形成している。十三都市というより、十三の統括コンピューターが現代社会を統制しているんだ。これらは世代を追うごとに更新されて、今では十三基全部が第六世代に進化している。まるでN.E.X.T.のようにね」
 Wは曖昧に笑った。
虎太郎の方は良く判らなかったらしい。十三都市あるのは知ってたけれど、都市名称まで覚えてないやと両手を頭の後ろに組む。ヴェルターは続けた。
「十三の統括コンピューターにはそれぞれ名前がつけられている。これも知っているだろう?」
「ギリシャ神話からとられたと聞いてます。シュテルンビルトがNIKEであるように」
 ヴェルターは頷きながらそうだねと目を伏せる。
「実はそれとは別に、各機愛称がついているんだ。ちなみに マルセイエーズのヘルメスには『三月ウサギ(March Hare)』、エリザベスのクロノスには『第七の(septem)』、サイゴンのティターンには『森(FOREST)』と言ったようにね。そして個々に性格がある。三月ウサギは非常に陽気で情緒的。情熱的でもあるので相談するのには時期を選ぶ必要がある。セプテム(第七の)は非常に頑なだ。だが情に厚い。きちんと筋を通せば聞いてくれるだろう。フォレストは落ち着いていて何でも深く考える。ただ結論を出すのが遅いのが玉に瑕かな」
「コンピューターに性格なんてあるんですか?」
 Wがヴェルターの話に面食らったようにそう質問した。ちょっと予想外の話だったからだ。一体彼は何を言いたいのだろうとWは混乱する。そんな彼にヴェルターは目を細めて言うのだ。
「シュテルンビルトのNIKEは 愛称を『星乙女(Lorensia)』と言う。もう失われて久しいけれど、シュテルンビルトには元々女神伝説が存在した。創られた時から守護者たれと都市に神様が与えられたんだね。その神の名は勝利の女神ニケとも正義の神アストライアとも言われていた。――星を抱きし者、汝苦難を歩む者――かつて我々能力者はN.E.X.T.と呼ばれ、N.E.X.T.はそう形容された。星を抱きし者と。そして最初に星を抱いた者がそのまま青き女神となりこの都市の守護者となった――のだろう・・・・・・。長いことこの都市に住む者たちはそう信じていたそうだよ」
 だがやがて我々人類はそれを忘れた。
「恐ろしい天罰が下された。人は営みを忘れ、全てを忘れて霧散し跡形も無く消え去る運命に投げ込まれた。その時女神はネメシスと名を変えた。これは知ってるかな? 義憤という意味だよ。正しい事が行われない憤り、正義が蔑ろにされる憤懣(ふんまん)、それらが踏みにじられ軽んじられる悲しみ、それを正そうとする怒り、それがネメシスの正体だ。これはアストライアの天秤にも似ている。善悪を量る、人の正義を、その価値を。そう、慈悲深い女神でもあるのだ。本質は何も変わっていない。それが正しい行いであるのなら彼女はきっとその願いを受け入れるだろう。――なのに人は愚かしくも何度も女神の期待を裏切り続けてしまった――だから」
 ヴェルターはWを見て、その右手を両手で強く握った。
「良く物事を見聞きして判断しなさい。一人で決めようとするのではなく多くの者に助言を求めなさい。そこの虎太郎君とも良く話し合って、悔いのないように」
 それまで黙って聞いていた虎太郎が、おいと言う。それから虎太郎はなんだか仏頂面でがりがりと頭を掻いた後、おっさんその話は何の参考になるんだと聞いた。
「話し合うって、他に誰に? クソ親父は全く役にたたねーし、司法局の奴らは最初から話通じねぇし。それどこかあいつらが俺たちの情報をアポロンメディアにリークしたんじゃねえのかって俺疑ってんだけど」
 ヴェルターは目を細めた。
「そうか。君には本当のご両親が存在してたんだね。それと家族が――知枝と」
 知枝と虎太郎が呟く。本当に相談したい人は姉ちゃんだけだ。クソ親父と違って姉ちゃんならきっと凄くいいアドバイスくれた筈なのに、という。
「知枝は何処行ったんだよ。アンタそんだけ色々詳しいんならさ、知枝の行き先をNIKEから引き出す方法教えてくれよ。オッサンから聞くのが一番手っ取り早いだろうけど、それやっちまったら知枝が悲しむだろうから」
 虎太郎のいい様を聞いて最初頷いていたWは悲鳴をあげた。ヴェルターを文字通りぶっとばして、強引に聞き出そうという腹づもりだったのかとびっくりしてしまったのだ。
「やめて、やめて、虎太郎それやっちゃったらもう!」
「やんねーよ、酷いなバーナビー、幾らなんでも俺だってぶっ飛ばしていい相手かそうじゃないかぐらい区別つけてるよ。この場合ヴェルターのオッサンぶっとばして聞き出したら俺凄くヤなやつじゃん」
 ヴェルターはそのやり取りを聞いて大声で笑った。
「さすが、鏑木少尉の孫だ。ひょっとして君は鏑木少尉に会った事があるのかい?」
「あ、ううん、名前だけ。死んだ母ちゃんが教えてくれた。連合軍所属で、確か鏑木虎正って言った筈。なんでか知らんけどシュテルンビルトじゃなくてトーキョーに移住してたって聞いた。でもってそっちで死んだんだろ?」
 父ちゃんと母ちゃんだけ東京に葬式に行ったんだ。普通許されないのになんでか知らんけど許されてびっくりした。母ちゃんの予想では軍関係者でそれもかなり中枢に近い位置で仕事してたからその関係で特例でってことらしい。俺は当たり前だけど出席してない。そんときは親戚に預けられてたんだけど、どうして東京に行くのか凄く不思議だったんで説明して貰ったんだ。
 初耳だったのでWはへえと聞いた。そしてはたと気づくのだ。バーナビー・ブルックスVはシュテルンビルトでヒーローをやっていたとされている。当時のシュテルンビルト市がそれをバックアップしていたとWも解釈していて、それは現代での基礎知識にもなっているが、NIKEをハッキングしたときに実際は政府軍研究機関所属の実験体だったと知った。だとすればヒーローという業務自体も国というより軍が管理していたと解釈した方がより正しいのではないか。実際ヴェルター――マクファーレン将軍はVを知っているという。そして虎太郎の祖父に当たる鏑木虎正を知っていた。もしかして彼がVの傍に居たのではないだろうか。自分に虎太郎が寄り添ってくれているように、父、バーナビー・ブルックスVの傍に鏑木虎正が存在した――存在していたのではないだろうか。だったらいい、そうだったらどんなにいいだろう。そんな風に考えたら駄目でしょうか。僕自身が救われたがっているだけかも知れないけれど、どうかせめてそれぐらいは――。
 Wがそう胸の中で痛いほど思っている横でヴェルターが虎太郎に頷いていた。我に返る。駄目だしっかりしなきゃ。
「それは政府の方針だね。軍のそれも中枢に携わる人間はシュテルンビルトには当時居住出来なかったんだよ」
「え、何故ですか?」とWが気を取り直して質問。
ヴェルターはよどみなく答えた。
「シュテルンビルトのNIKEが十三基ある姉妹コンピューターの総括も兼ねることになったからだね。政府関係者や軍は一般民ではないので再起動時にシュテルンビルト以外に居住区を振り分けられたんだ。勿論それがNIKEの判断だったから我々は従った訳さ」
 ふーん、と虎太郎。
「じーちゃんもあんたも唯々諾々とコンピューターに従った訳だ。なんか奇怪しいな、軍も政府も自分で決めた訳じゃなかったんだ。それって依存って言わない?」
「言うね」
 ヴェルターはまた笑う。
「だが、NIKEの指示には間違いが無かったと今私は確信してるよ。なんてったってシュテルンビルトには君とフォースが居るからね。君たちはこの世界においての反逆児だ。心も身体もその力も。まあ、問題児とも言うがね」
「よけーな世話だ」
「虎太郎」
 Wが諌めたが虎太郎は何処吹く風でへらりと聞いた。
「じーちゃん俺と同じで問題児だった? それともバカ親父みたいに小うるさいじじーだったとか?」
 でもってワイルドタイガーみたいに、説教垂れてくるお人よしだった? という質問は口の中に飲み込んで。
「いや」とヴェルターは首を振った。
「鏑木虎正少尉と君とは全く似ていないよ」
 へえ? 
虎太郎が首を傾げる前でヴェルターは立ち上がった。
「時間だ。そろそろ行かなければ」
 Wは頭を下げた。
「お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」
「いや? こっちから来たんだ、話せて楽しかったよバーナビー」
 ヴェルターはシルクハットを取り上げて丁寧に一礼すると、来た方向に背を向けて歩み去る。それを二人は見送っていたが、数歩歩いたところでヴェルターが振り返った。
「そうそう、虎正少尉が移住した東京――ヘリオスの愛称は『虎』というんだ」
「タイガー?」
 Wがそう聞いてどきりとする。何かワイルドタイガーに関係してるのかと思ったからだ。
「それなんか意味あるの?」
 虎太郎がそう聞く。だがヴェルターはそれにはもう答えず、ステッキを一度振って遠ざかっていった。




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