Call me 東経180度線のタクティクス (9) 官僚エリアを出るまでは問題ない。問題はそこからなのだ。 シルバーステージの日本人区、オリエンタルエリアと呼ばれるそこに行くには、シュテルンメダイユ地区にある高速エレベーターを使うのが手っ取り早いのだが、道中どうしてもモノレールに乗らなければならない。 虎太郎は開き直ったのか普通にそこまで歩いていこうと言った。どういうルートで行こうとも、日々求愛する人々の数が増えるのが変わらないしバカも変わらないといい放つ。 昨日の今日で再び虎太郎の暴力沙汰がニュースになったので、求婚者はW一人に標的を定める事にしたらしい。何故か一点集中、虎太郎に手を引かれた状態のWは、またメッセージカード攻勢に晒されていた。 涙目で「ごめんなさい、受け取れません」と必死に言い募る。断る。でも敵は諦めてくれない、なんとかして握らせようとする。一々相手していては身が持たないというのもあってか今日の虎太郎は兎に角無視することにしたようだった。それと同時に虎太郎が何かとても急いでいるらしいということに気づく。そんなに自分の父親に会いたいのだろうか? 彼に用事があるだけかも知れないが、いつもの虎太郎らしくない求婚者たちのあしらい方に不安を感じたのも事実だ。まあ普段から無視してくれていた方が被害が少ないのだが・・・・・・。 そんなことを思って楽観していたばちが当たったのか、またもや虎太郎の前に立ちはだかる男が現れる。 虎太郎に正面切って告白するのは先日の事例からして非常に危険だということが知れ渡った筈なのに度胸あるな、と思ったらざっとその後ろから数人の男が現れて複数で二人の行く手を遮った。虎太郎は立ち止まる。Wも息を飲んで彼らを見つめる。虎太郎が強烈過ぎて自分も強化系能力者だという事を忘れ去られている感があったのだが、これはどうなのかと身構えた。 両陣営暫しの沈黙。 やがて先頭に立っていた男が言った。 「バーナビー・ブルックスW、正式に付き合いを申し込みたい」 「お断りします」 Wは虎太郎に庇われて背中の方にいたがはっきりと言う。 男はその返答に別段驚いた風でもなく、淡々と言った。 「君たちが既に婚約していて結婚を撤回する気がないということは重々承知している。実際君たちの境遇には同情申し上げる。ただ君たちが貴重な遺伝子を持っているという事を自覚して頂きたい。何故君たちはそれ程自らの遺伝子の提供を頑なに拒むのだろうか? 確かに規模こそ違え皆やっていることだし、義務ではないだろうか」 「だから俺たちは相手を見つけてンじゃねーか。俺はバーナビーと、Wは俺と子供作るんだ。正式に結婚して家庭を作るんだ。間違いなく俺たちの子だよ。確かに結婚相手と子供作れるなんて珍しいけどさ、別にそれは俺たちだけに限った事じゃねーだろ。実際俺の両親はそうやって俺を作った」 虎太郎たちの前に立ちはだかっていた男たちが顔を見合わせる。 恐らく意味が判っていないのだろうとWは思う。そう、今の時代結婚相手と子供を作れる可能性はコンマパーセンテージ以下。恋愛した相手と子孫が作れるかどうかはまた別なのだから。虎太郎のように自分の保護者である親と、遺伝子上の親が同一ということはほぼありえないのだ。どちらかというとこれは虎太郎の方が判っているだろう。母 恵子は自分自身を特例だと言っていた。自分が選んだパートナーとの間に子供を作れるというのはそれこそ万の奇跡なのである。 「君たちの結婚を阻止したいわけではない。我々は、君たちの結婚やその生活には干渉しない。なのに君たちは遺伝子情報の提供相手に、一々条件をつけている。そもそも君たちが、結婚相手としか子供を作らないなんて変なことを言い出さなければこんな事態になってないんじゃないのか? 確かにどうしても嫌だ、この相手とのマッチングは高くてもどうしても生理的に駄目とか人種的に嫌だとかそういうのはあると思う。でも、君たちの場合は相手が万単位なのだから、いちいちそう言うことを考えるのはやめていいんじゃないだろうか? 遺伝子提供者としてその子供の扶養義務が発生するというのは知っているけれど、君たちの場合は扶養義務を発生させる方がおかしい。シュテルンビルト司法局も他の都市管理システムもそんな馬鹿げた扶養義務を君たちに課したりしないだろう。つまりそういった養育に関するペナルティは、提供された側にしか発生しないと考えていい。現に我々はそれを調べてきた。都市管理システムNIKEの返答はこうだった。君たちには一切のペナルティは発生しない。全て提供された側、希望者のみの扶養義務となる」 どうだ、と男は胸を張った。 それを見てWははらはらしていた。違うのだ。虎太郎が嫌がっているのはそうじゃない、むしろ逆なのだ。 自分から派生して出来た子供たち全て、自分が愛したいのだ。愛されない子供なんて作るべきじゃない。全ての子供たちは生まれながらに愛される価値があるんだ、モノじゃない、違うんだと。 虎太郎は鼻で笑った。 「ははん、言いたいのはそれだけか」 男たちは眉を潜める。これで問題解決だと笑顔まで見せていた一団が「?」という表情に。 てめーらにはわかんねえだろうよと呟いた。 「お前ら、俺とバーナビーとの子供を勝手に作ってそいつはどうするんだ? 一応聞いてやるから言ってみろ」 「勿論! 最高のベビーシッターをつけるさ。私の場合は、だけどね。SIS(少女型高性能アンドロイドブランドの一つ)の新型が出たんだ。もう発注済だよ。シュテルンビルト市民として最高の教育を受けさせるつもりだ」 「それでお前はどーすんだよ」 「私? 仕事に精を出すよ。パートナーも見つけないといけないしね。パートナーと自分用のフラットを別に購入するのが理想かな」 「子供はどうすんだよ」 「? だから最高の教育、最高の環境である為に専門の場所に委託するさ。誕生日には盛大なパーティーを開こう」 「一つ聞いていいか? 俺もWも肉体強化系能力者だ。かつて俺らの能力がN.E.X.T.って呼ばれた時代でも、最凶で最悪のやつだ。原始的で粗暴でコントロールが難しい。こんなちびちゃい頃からでも能力発動すりゃ大したクラッシャーだ。俺らの力は遺伝する。今は多様に進化して同一の能力が出ることは殆どないけど、肉体強化系のそれは遺伝率が高いって知ってるか? お前の子供がハンドレットパワーやそれに類似した肉体強化系だったらどうするつもりなんだ。お前にその覚悟はあるか」 覚悟? 男たちは笑った。 「もしそうだったら専門訓練施設に入れるよ。今後君たちの遺伝子をベースに作られた子供が増えるだろうしね! でもその対処に関しては生まれた後に考えればいいんじゃないかい?」 虎太郎が壮絶な笑顔を浮かべた。 「失格」 Wが虎太郎の手に縋る。しかしそれをするりと抜き取るとびしっと虎太郎は男を指差した。 「てめーみたいなカスにバーナビーを任せられるか! 勿論俺の子供もだ! てめーらみたいなのが世界をおかしくしてんだ、俺のツマはこいつだかんな!」 ツマ? 一瞬バーナビーは何を言われているのか判らず、頭の中で虎太郎の言う「ツマ」という発音の日本語検索をかけてしまった。 ツマ、――爪楊枝、摘む、酒のつまみ、えーと、――妻? 実際その場に居た他の者も「妻」の意味が判らなかったので一様に鼻白んだような顔になる。てめーらの考えは良く判ったと虎太郎が言った。 「いいだろう。じゃ条件をだな、俺やWと結婚するとか子供を大切にしろとか、相手を好きじゃなきゃ駄目だとかそういう判りにくいのからお前らのたこ頭でも理解しやすいようにしてやる」 虎太郎は言った。 「俺の遺伝子は、俺より強いヤツにだけ提供してやるよ。ちなみにそれは肉体的な意味でだからな。俺をねじ伏せて参ったって言わせるか、問答無用でぶっ飛ばしてくれて構わない、俺を叩きのめして従わせることが出来るかどうかだ。それが出来たら提供してやる。条件はそれだけ。そのかわり俺が勝ったら二度と俺やバーナビーの前に現れるな」 一瞬何を言われているのかわからなかったらしい。男は虎太郎をまじまじと眺めてそれから口の中で小さく悲鳴を上げた。 「てめーら忘れてるかも知れないけどな、フォースはFive minutes One hundred powerの能力者だぞ。制限時間はあるがWが本気だしたら俺どこじゃねえぞ、マジで殺される事を覚悟して向かってきやがれ。だがお前らは運がいい」 両手をばきばき鳴らしながら虎太郎がにやあっと笑って彼らに近づく。 「バーナビーの前に俺が相手だ」 きゃーっ。 蜘蛛の子を散らすように男たちは逃げていった。 ちなみに二人ばかり目の前で消えたのでテレポーターだったんだなーとWは思った。 見回すと、遠くからつけていた人々の気配も綺麗サッパリ消えている。 虎太郎の今回の提案はかなり乱暴ではあったのだが、一番今までで対処としては正解なのではないかと少し感心した。 そうか、肉体的に自分より強い相手じゃなきゃ選ばない――自分を倒しに来い、と。 虎太郎は時間制限を持たないタイプなので攻略が相当難しいだろう。 それに対して自分のほうは一時間に五分という制約があるので、本当に攻略するつもりがあるのならきっと対応できなくはないだろう。そもそもWは相手がどういう思惑であれ他人を虎太郎のように叩きのめしたいという衝動を持っていない。出来れば誰も殴りたくないし自分だって殴られたくない。もし戦わなければならない事になれば勿論反撃するだろうが――でも。 Wはそっと虎太郎の左手を後ろから右手で握った。 虎太郎が守ってくれるのだろう・・・・・・。 「行くぞ」 虎太郎は暫く回りを見回していたが、もう誰もいなくなったと確認してWの手を握り走り出した。 やっぱり急いでいるなあと思う。でもこの騒動のお陰で少なくともそれからモノレールに乗って高速エレベーターで下降しシルバーステージまで到達する間、無事に誰にも接触されずに済んだのだった。 [mokuji] [しおりを挟む] |