Call me 時系の魔女 | ナノ
Call me 東経180度線のタクティクス (5)


 官僚エリアを抜けてシュテルンビルト市街へ。
今回選んだ施設はシルバーステージにあるので高速エレベーターを使うためにジャスティスタワーへと向かう。
大通りは目立つのでなるべく小道、できれば地下通路を使っての移動だが、何かトレーサーでもくっついてんじゃないかという勢いで既につけられていた。
しかも相手は自分たちをつけることを全く隠していないので、その数がどんどん増えるのもわかっていた。判っていたけれど、どうする事もできないのも判っていた。
 勇気ある一人の男が目の前に立ちはだかる。
はっとするように立ち止まる虎太郎とW、虎太郎はそのブルーグレイの瞳で自分より大きな相手を見上げてWを背後に庇った。
「何か用か?」
 虎太郎が険を含んだ声色でそう聞くも、彼は虎太郎に一枚のカードを突きつけた。
果し状かなにかの勧告状のようにしか思えなかったので、虎太郎は反射的にそれを受け取ってしまう。
Wを守るのは俺だと決意をみなぎらせていた虎太郎の「バーナビーは俺のステディだからな!」と叫んだ手の中でその立体メールが起動した。

『鏑木虎太郎さん、貴方に結婚を申し込みたい。能力はネイチャーズでも珍しい天候支配系です。更に僕は日系人です。日系人は今非常に少ない。その希少性からしても僕たちは是非子供を作るべきです』

 虎太郎はその立体メッセージカードを思い切り男の顔に投げ返した。
ばちーん! とクリーンヒットする横を、虎太郎はWの手を掴んで足早に通り過ぎる。通り過ぎざまに叫んだ。
「なんだそのプロポーズは、なってねえ! やりなおし! おとといきやがれ バカヤロー」
 それが合図だったように、一気に二人は群がられた。
みな口々に何かを言っているのだが、余りの人数が同時に喋るのでうるさくてなにを言っているのかサッパリ判らない。
ただ、虎太郎は思い切り相手を押しのけてずんずんと歩いていたが、虎太郎に右手をとられて引きずられるWの空いている手には、無数のメッセージカードが押し付けられようとしていた。
「あの、すみません、持ちきれませんし、僕の専用端末のほうにお願いします」
 お返しできませんし、こんな高価なメッセージボード困ります。カードも困ります。返せませんし、えっ? 次に会った時に返してって・・・・・・無理です、大体こんなに沢山、本とにごめんなさい、ごめんなさい、無理です、ちゃんと返答しますから、ただ多すぎて――司法局通して下さい。あの、司法局の文句を僕に言われても困ります。システム的なものとかその不具合みたいなものは、僕には――
「真面目に相手すんなよバーナビー」
 虎太郎は苛々という。実際みな自分の事しか考えていないのは明白だ、こうやって抜け駆けしようとするぐらいはここにいる全員相当珍しい能力者で切羽詰っているのだろうとは思うけれどそれだけだ、と虎太郎が言いさした時その思考派が脳裏に割り込んできた。
「――グッ・・・・・・」
 サイコ系能力者か。
強制的にテレパシーを送信する能力者かなにかだろうか? 明瞭な声が虎太郎の脳裏に響く。

『これは義務だ。そういった能力をもって生まれた者には果さなければならない使命がある!』

 誰だどこだ? あまりの痛みに頭を押えながら虎太郎はテレパシー送信者の姿を探す。多分この群れの中には居ない。

『人間は不平等だ、そしてこの世界は不平等だ。だが君はそんな我々の救世主としてシュテルンビルトに下された希望そのものなのだ。君は世界に提供されるべきで、それを甘受しなければならない立場だ。勿論同情はしよう。だが君の献身によって世界は救われる!』

 虎太郎は自分が進む前方に人影を見る。何かカードのようなものに目を落としているのが判った。

『だが君の苦悩は判る。私には良く判るとも。特危と呼ばれる能力者にしかわからない苦悩が。だがこの使命は果さねばならない。その気になれない君の為に私が協力しよう!』

「虎太郎?」
 まだ自分に押し付けられるメッセージカードを必死に断り続けているWが更に強い力で引っ張られるのを知り、慌てて虎太郎をみた。
そう、虎太郎は突然走り出したのだ。
「ちょっと、ちょっと虎太郎なんで?」

『さあ、君は子供を作りたくなる! 作りたくなる! とても作りたくなる! 産まずにはいられない!』
 
 虎太郎が発動した。ブルーグレイの瞳が深青に染まり、その握り締めた右拳が青く彩られるのをWは観た。
「ちょ、ちょっとちょっと虎太郎、なんで?!」

『そうだ、それが君のレーゾンデートル! そうだまずは私と子供を作ろう。産め、私の子を産め! 産むんだ!』

「産めるかボケーッ!!!!」
 虎太郎渾身のアッパーカットが、通りの角に隠れていた貧相な男にクリーンヒットした。
はうあ! という声を上げて、見知らぬ男がきりもみ回転しながらシュテルンビルトの空に舞うのをWは絶句して見送る。
「俺は男だッ!」
 虎太郎はその場で地団駄を踏むと、憤懣やるかたなしと言ったように肩を怒らせて暫くそこに佇んでいたが、ぎろりと背後に群れる求婚者たちに一瞥をくれた。
「おい、誰か通報しろ。コイツは俺を洗脳しようとしやがった。ンなんで了承したって無効に決まってんだろ、やることなすこと常軌逸してんだよてめーら」
 なんですって、とまた他人に危害を加えたーとへたり込みそうになっていたWが虎太郎に聞く。
「俺に子供産め産め言ってたんだよテレパシーで! 俺は男だっつーの! おいっ、お前ら」
「洗脳、洗脳だなんて・・・・・・」
 多分テレパシーでしつこくコンタクトとろうとしていただけで、洗脳までの意図はなかったと思いたい。そう思いつつWは諦めて救急車を手配、ついでに司法局にも報告しておいた。
「もしこんなことをバーナビーにもしてみろよ? ぜってー許さないからな」
 追いかけてきた求婚者たちの足が止まった。みな顔を見合わせてぶつぶつと文句を言いながらも距離をとる。
救急車もくるし、司法局からも端末が派遣されるだろう。今そこの路地で気絶している馬鹿のせいで、折角のチャンスが・・・・・・というため息も聞き取れた。
なんにしてもWは虎太郎に吹っ飛ばされたこのサイコ系能力者に少しだけ感謝した。でも毎回これでは本当に身が持たない。なにか他に方法はないんだろうか。司法局も、何か対策を立ててくれないと・・・・・・
 そこまで考えたところで、Wは硬直する。

 こっちはこんなに真剣なのに・・・・・・。私たちが一体何をしたっていうの、少しは聞いてくれたって。全くだ、別に結婚してくれなくてもいいっつの、ちょっと分けて貰えればさあ。そうよ、自分たちさえ良ければいいんだわ。はっ、どうせやりまくってんだろ、無駄うちさせてるんだ畜生め。ろくでもないパワー系能力者の癖に。そうだそうだ、こんな事情でもなかったらお前らなんかに誰が求婚するかよ。何が男だよ、見た目からして明らかにさあ、

 このビッチどもが。

「てめえっ! 今言ったやつ俺ン前にきやがれ! ぶっとばしてやる!」
「虎太郎!」
 虎太郎が獰猛に唸りながらがばっと振返った。最後の一言はさすがに聞き捨てなら無いと思ったらしい。
虎太郎は自分の容姿にコンプレックスを持っていて、女性と間違われるのには辟易しているのだ。それだけでも噴飯ものなのに、「尻軽女」と罵られれば二重の意味で許しがたかった。「俺は男だッ!」と叫びながら辺りを見回す虎太郎の視界の中、立ち去る人々の背中ばかり。
バーナビーは必死になって虎太郎の右肩を掴んで留めていたが、その様子に悲しくなった。結局こうして集った人々は――。

 パワー型N.E.X.T.はこの時代とても稀だった。
第四世代後半から姿を消して、ここ一世紀ほど殆ど確認もされなくなった原始的な力なのだ。
Wは自分自身は当然だと思っていた。何しろ自分はバーナビー・ブルックスJrのクローン体なのだ。本体の能力がそのまま発現しておかしかろう筈がない。だが虎太郎は違う。明らかに現代社会では異端の能力者だ。どういう加減でその能力が現代社会に進化型としてよみがえったかも判らない。それ自体は特になにも悪い事でもなかった筈なのだが、パワー型N.E.X.T.は他者に壊滅的に働く野蛮な力というイメージがこの時代定着してしまっていた。
それもこれも近代N.E.X.T.史からのかなり偏った知識だったのだが、サイコ系とパワー系N.E.X.T.は特に危険視されていた。サイコ系N.E.X.T.の扱いはそういった意味で現代でも扱いが余り変わっていない。管理する方式が徹底されただけであって、現代社会では特危と呼ばれる危険能力取扱者分類にされていたのだ。パワー系N.E.X.T.もそれに習っていた。実際虎太郎もWもその能力のコントロールには非常に苦労し、これまでに多くの公共施設を破壊してきている。主に学校なわけだが、こればかりはなんともしがたかった。Wは自重して極力破壊しないよう自分の能力を抑えることにしていたが、それもこれも5分間の制限時間があるからだ。制限時間のない虎太郎の方は自分の性格も相俟って、現時点でもクラッシャーのままだ。クラッシャーどころか、ハリケーンという不名誉なあだ名がつけられていた。小学校時代からそうだったわけだが、現時点虎太郎に肉体的に敵う相手が存在しない。能力の詳細を知る学友からは本当に恐れられ、遠ざけられてきたのだ。勿論虎太郎はそんなようなことで傷つくような繊細なタマではなかったので、被害は甚大だった。


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