Call me 時系の魔女 | ナノ
Call me 東経180度線のタクティクス (13)



 また数日が経過した。
虎太郎は学校からまだ帰ってこない。互いに自分たちの居場所がいつでも把握出来る様にしているが、その日Wは自分のGPSをオフにした。
足を向けたのはかつて、ワイルドタイガーの幽霊(?)と共に訪れ、NIKEをハッキングしたあの図書館だった。
訪れて息を飲んだ。
 closed
ひっそりとその図書館は閉鎖されている。心もとなげにclosedと書かれた札が揺れていてWは扉に触れ淀む。
しかし恐る恐る触れたそれはキイ、というかすかな軋む音を発てて奥へと開いた。覗き込んでみると薄暗い室内、ぴっちりと締められたカーテンの隙間から日が差し込んでいる。
Wは部屋の中に踏み込んで、扉を閉めた。もう全部電源が抜かれているかも知れないと思いながらそっとうち捨てられたパソコンの一つに近寄り電源を入れる。
 不思議な事に電源が入った。
モニターに映し出されたものは「NIKE」の二文字。
何故か確信した。だからWは立ち上がったモニターに向かって言うのだ。
「知っているんでしょう? 最初から知ってたんでしょう? 判ってた――んだあなた、あなたと言っていいのか判らないけれど・・・・・・」
 返事はない。
Wは気づいてその言葉を入力端末から打ち込んだ。
直ぐにNIKEは答えてきた。
ハッキングしたこと等NIKEはとうの昔にお見通し。そりゃそうだ、これだけ徹底的に管理している都市で、その総括コンピューターのNIKEがそれを把握しないわけがない。特に追及がなかったのも、恐らくデータを引き出したのが自分だったからだ。
バーナビー・ブルックスJrのその子孫である自分。クローン実験体そのもの、それ自身だったからだろう。
機密自体に機密を知られたところで何も問題ない、そういうことなのかとWは思った。
 だとしたら自分はやっぱりそうなんだ。
多分、父と――バーナビー・ブルックスVと同じように、いつか使うものとしてNIKE自身が大切に保存しておいたものなのだろう。
自分で選び取れっていうことなのか。自分自身が実験体であり、この世界の為に最初から進んで犠牲になることを自覚せよということなのかと。
 だとしたらこれはやっぱり運命だったんだって。
Wはふっと微笑むと、ただYESと打ち込んだ。
 その瞬間、痛いほど思い知った。虎太郎が、大好きなんだと。
「僕自身を差し出す代わりに、僕の本当の願いを叶えてくれますか」
 Wはそう呟く。
覚悟が足りない? 父と違って自分はまだ足りないのだろう。何もかも望まなかっただろう父と違って僕はなんて贅沢な事か。それでも、どうしても願いたかった。人々の未来のためというよりも、唯一人愛したひとの為に。
 自分が遺伝子提供を申し出た場合その引き換えとして虎太郎という一市民の安全を考慮してくれるのか、そしてジーンバンクの解放を許可してくれるのか、自分を含めて――。自分がもし虎太郎の傍にいられなくなってもそうであるのなら、虎太郎が自分のデータを選んでくれるかも知れない。いやきっと選んでくれるだろう。そうして出来た子供の一人にバーナビー・ブルックスX(ファイブ)と名づけて貰おう。僕は傍に居れなかったけれど、きっとずっとXが傍に居てくれるだろう。虎太郎を父と呼んで、僕の息子でもある彼が・・・・・・そう思うと泣けてきた。でもそれでいいのだと何故か自然に思えたのだ。同時に父であるVのことが思い偲ばれた。
 父もそうだったのだろう。自分は未来に生きる事が出来ない。でもWが自分のいけなかった未来を見てくれる。それは自分の事のように喜ばしい事だ、そう全てVはWである自分に託してくれたのだと思った。
 美しいブルーの瞳だった。けぶるようなプラチナブロンドの父。まだ見た目は若かったのにあの時の父の実年齢は64歳だったと記録にあった。少し疑問に思った。
記憶の中に残る父はあんなにも若かったのに、64歳だったなんて? クローンであるからなのかと考えたものだが――。

 WはNIKEに自分の要求を伝え終わってつらつらと考える。
この後自分はシュテルンビルトを去ることになるだろう。行く先は首都――だろうか。そこで自分はかつて父がそうであったように恐らく軍に所属となる。
二度とここには戻って来れないけれど、きっとそこでは自分の知りたかった全てが明かされるのだろう。虎太郎と引き換えにできるものなんか何もないけれど、何もない僕にとってそれは少しは慰めになってくれるかも知れない。そう思った時、不意にモニターに流れる文字。
WはNIKEからの返答――あるいは軍か司法局からの司令なのかと思ってそれに眼を向ける。
しかし読み進めるにしたがって、訝しげに目を細めるのだ。

「え、なんで――」
 Wは動揺した。
NIKEにハッキングしているわけではない。今回は違う。
 なのに今自分の目の前にある端末に流れているのは、バーナビー・ブルックスVの経歴詳細だった。
え? なんでどうして? 以前ワイルドタイガーと探った時、どの端末から検索してもVのデータを引き出す事ができなかった。だからわざわざここ――旧回線を遡ってまでプログラムの途中に割り込む手続きを――ハッキングをしたのに。
 どういうこと? 自分がバーナビー・ブルックスVの息子だとシュテルンビルトに認知されたから? 身内の情報として自分にこうやって開示、してくれているのだろうか。
だが今は疑問は後回しだった。NC2022年 N.E.X.T.研究機関により作成されてからの経歴が流れていく。それをWは目を皿のようにして眺めた。
 Age23(-6)というカッコの中のマイナスの数字の意味が判らないと目で先を追うと聞き慣れない単語。
――Short cycle cold sleep system
 暫くその意味を考える。ヴェルターの言葉を思い出した。かつて人類は延命の為に冷凍睡眠装置を併用していたのだと。成る程、だとすれば父が64歳であるのにあんなにも年若かった理由が判る。だがWはぎりと机の上で両手を握り締めた。だとしたら、父の実際の年は40歳そこそこだったのではないだろうか。いや計算してみた。41歳だ。
バーナビー・ブルックスJrは47歳で死んだ。そしてVはその年齢に至るよりも前に処分されたのだと気づいてしまった。
 あんまりだ・・・・・・。まだ、まだ少なくとも6年は生きられたのに、父はこうして殺されて、それを今誰も知らないだなんて。
あんまりだ――。
 こんな絶望的な記録また見たくない。見たくない――、そうぽとぽとと涙を零す。それでもスクリーンは次々にデータを送信し続けて、やがてWは全てが送信され終わった事に気づく。小さく白い文字が、ピリオドの前で点滅していた。

 Barnaby BrooksV NC2086.10.31 Disposition of Dumping >>>Processing practice ――Missing (The processing was not carried out). _
(バーナビー・ブルックスV NC2086年10月31日  廃棄処分>>> 処理実行 ―― 所在不明(処理不能))

「――え?」
 Wは涙をごしごしと拳で拭くと眼鏡をかけなおした。それからディスプレイに顔を寄せてその文字の意味を考えるのだ。
「え?? ミッシング――って、最終報告が?」
 Wは立ち上がった。
既にNIKEとのアクセスは切れていた。
ただ無機質に点滅を繰り返す ――Missing その文字。
Wは長いことそこに佇んで、その文字の意味を考え込んでいた。




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