Novel | ナノ

Call me 君の名を呼ぶ(10)




 帰りは雨だった。
土砂降りのそれは情け容赦なくバーナビーに降り注ぎ、虎徹は後をつけながらおろおろと言った。
「なあ、雨宿りしていこうぜ、でなきゃ傘を買おう・・・、バーナビー、おい、バニーWちゃん」
「黙れ」
 バーナビーは言った。
「なあ、バーナビー、そん」
「黙れって言ってるだろ!」
 バーナビーは虎徹に鋭く振り返り、絶叫した。
「調べなきゃ良かった! こんなこと知りたく無かった! アンタが、あんたがまだお母さんが生きてるかも知れないだなんて、そんな夢見たいなこと言うから、信じてみようって思って、これだけ苦労して調べたんだ。 アンタさえいなきゃ、僕はこんなこと知らずに済んだ! 知りたく無かった! こんなこと知りたく無かっ…」
 バーナビー?







 バーナビー・ブルックスJr

 シュテルンビルトの発展とその治安維持に最も貢献した、最も偉大なるN.E.X.T.、現人類の始祖に当たる遺伝子を受け継ぐプロトタイプ。
彼は同じN.E.X.T.因子の保持者であったワイルドタイガーとバディを組み、アポロンメディア社からデビューを果たし、1年経たずにKOHへと上り詰めた。
そのN.E.X.T.は、全ての人々が現在持つ能力のほぼ根源とも言える貴重な因子で、当時すでに希少となっていた、肉体強化系N.E.X.T.の完成形でもあった。
パートナーであるワイルドタイガーが、NC1981年に事故により急逝した時、ハンドレットパワーの遺伝子を次代に記録する為に彼の肉体を永久保存にしようという計画があったが、阻止。 代わりに自らがその役目を引き受けることになる。

 NC2001年、47歳で、衰弱死。 

 NC2020年に、非N.E.X.T.とN.E.X.T.の人口比率逆転。

同NC2020年代、クローニング技術確立。 同年にバーナビー・ブルックスJrより採取された遺伝子を時限ライブラリから解禁し、クローニング第一号である、バーナビー・ブルックスVをN.E.X.T.研究機関が作成。
急速に衰えつつある人類を救う為に、N.E.X.T.因子を特定するための研究が強化される。

シュテルンビルト試験実験体ユーバーベビー第一号として登録され、育成教育。 成長後はシュテルンビルトを守る第86期ヒーローとして登録され、その後50年余を極めて効率よく活動し、シュテルンビルトの発展と治安維持に貢献した。

NC2045年 N.E.X.T.発現基礎遺伝子、 ブルックス因子特定。 人口減少を抑止することに成功。

2050年代半ばには9割以上の人間が一つ以上のN.E.X.T.を発現させるようになり、ここにN.E.X.T.という言葉は撤廃された。以降は人が持つ極一般的な能力、個性として広く認知されるに到る。 社会システムもそれに準じて更新されることとなり、貴重なブルックス因子、原N.E.X.T.遺伝子は、国家時限金庫内へ半永久的に保存されることとなりこちらも事実上全廃棄。 残ったユーバーベビー二号胚は、生存を許され、故バーナビー・ブルックスJrがかつて国とN.E.X.T.研究機関と交わした契約が満了となったこともあり、一人の人間として社会へと解放されることとなった。

 NC2082年10月31日、ユーバーベビー二号誕生。

この非人道的な計画を反省し、ユーバーベビー2号実験体を、研究材料、実験動物から永久開放。 以後、一人の人間としての人格、人権を認めこれを生涯に渡って保証する。

正式名称を、バーナビー・ブルックスWと定め、 「試験実験体ユーバー1号 バーナビー・ブルックスV」の実子としてシュテルンビルト一般市民登録。

母親存在せず。





 バーナビー・ブルックスVは、NC2086年10月31日に、実稼動50余年の機能限界までの寿命を全うし、廃棄処分とされた。

 なおこの計画は国家プロジェクトとして推進されたもので、当時危機的状況に陥っている人類の未来の為に必要悪であったことを明記する。
なんらバーナビー・ブルックスJr自身には非のない――――。






 最初からいなかっただなんて。

僕が単なるコピーだっただなんて。
バーナビー・ブルックスJrの、ただの偽物だっただなんて。

 お父さんだと思っていた、バーナビー・ブルックスV。

朧に覚えている彼が、あの大きな手が、綺麗なプラチナブロンドが、優しいブルーの眼差しが。 あの人が、国によって作成された、人ですらないもの、 ただの実験動物だっただなんて。
それでも、僕には貴方しか。
お父さん、お父さん、お父さん・・・。

 可哀想なバーナビー・ブルックスIV

お前の家系は呪われてる。
愛しい人は救えず、誰にも愛されず
手に取るものは偽物ばかり。
自分自身ですら、バーナビー・ブルックスJrの偽物だった。


土砂降りの中、崩れ落ちるようにしゃがみ込み、絶叫した。
吐くように叫んだ。
縋れるものなら、縋りたかった虎徹は、唯の幻で、触れる事すら出来なくて。
だから、バーナビーは地面を叩くしかなかった。
罵り喚きたかった。
こんな馬鹿な、こんな馬鹿なことがあるかと。

虎徹も土砂降りの雨の中、胸を貫く痛みに手をぎゅっと押し当てた。
罵られたかった。
叩かれたかった。 どの慟哭を受け止めたかった。
こんな思いをするのなら。
なのに、慰める術は無く、抱きしめる腕もない。

だって、バニー、お前、なんてことを。
だって、バニー、これはお前が俺の代わりになったってことだろう?
身代わりにお前は自分自身を差し出して、俺を守るために、自分を実験材料にして。
いや違う、お前はこんなこと想像してただろうか? 
自分自身を切り売りして、未来、自分から生まれるだろう自分自身たちがこれほど悲しみ苦しむ事を知る筈無かったろう。
ああだけど。

あれは夢か、夢ならば悪夢か。 現実にあった事なのか。
何処からが現実だ、これが悪夢か、それとももともとこの世界が悪夢で、悪意に満ちているっていうことなのか。

なんてことを、バニー、お前は俺の為になんてことを。

バニー、俺を呼んでくれ。
そんな風に独りで泣かないでくれ。

 抱きしめられたらいいのに。
今お前を、抱きしめてやれたなら。





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