Novel | ナノ

Call me 君の名を呼ぶ(5)



 次の日。
再び虎徹はリビングのソファーの上で目覚めた。
このソファーには座れるんだなと、なんとなく手で感触を確かめてしまう。
固定されたもの、には触れられるのかな。 俺はホントに幽霊なのか。 なんか色々法則が解らない。 もしバニーが居たらきっとこれはきっとこうなんだ的な最もな理由を考え出して俺に教えてくれるだろうにな、なんて思った。
 クロッシングポイント。
少しずれた別の次元に存在している、それが幽霊ってものなのかも知れない。
なんだかそんな、不条理ながらもありえそうな説明を自分で考え出して、虎徹は首を軽く振った。
「おはようございます、ワイルドタイガー」
「虎徹でいいぜ?」
「おはようございます、虎徹さん」
「・・・・・・っ」
 自分でいいと言って、胸が詰った。
その表情を見て、バーナビーはくすっと笑う。
「タイガーさん、にしときますね」
「悪ィ」
 いいえ、とバーナビーが笑う。
少し自嘲気味な笑いで言った。
「やっぱりそれ、祖父が、・・・ジュニアが呼んでたんでしょう? あなた判り安すぎるんです」
 虎徹ははっ、と息を吐き出して、額を右手で抑えた。
「貴方がなんなのか判りませんが、何か酷く後悔されているようだ。 ジュニアに対して? そういう後悔が貴方を現世に留まらせてる、って解釈すればいいんでしょうが、問題は何故肝心なジュニアの方ではなくて、W(フォース)の自分の方に出てきたかです」
 意外に冷静というか、まーバニーの子孫はバニーそっくりで、変に覚めてるとこまでそっくりなんだなあと、少し呆れてしまった。
それにそれは、虎徹自身も不思議に思っていた事だ。
何故俺は、バニーではなくバーナビーの方に化けて出ちまったのだろうか。 この120年のタイムラグは一体全体どういう事だ?
そんな虎徹の物思いには気づかず、バーナビーは朝食の支度に取り掛かる。
トレイのような一枚板になった朝食真空パックを、専用の調理器に縦に挿入するとボタンを押すだけだ。
オレンジスカッシュはフリーザーの扉についているフォーセットから直接出てくるし、それよりなにより虎徹が一番驚いたのはフリーザーの中身だ。
120年後の冷蔵庫はちょっと凄い事になっていた。
開けると中にはゼリー状プラスチックが詰っていて、そこに食材をそのまま突っ込むというになっており、立体的に物体が保存できるようになっているのだ。
先日、ビール飲みてぇなーとバーナビーの後ろからひょこひょこついていって、ひょいと冷蔵庫を覗き込んだらそんなことになっていた。
バーナビー曰く、これはバイオポリマージェルと呼ばれるもので、これでも旧型なのだそうだ。 新型は扉がついてないと彼は言う。
食事セットはプレートで売られているし、中々どうして120年後の世界は見てて面白いなと虎徹は感心してもいた。
 でも、なんだか更に無機質で、食事が寂しいなんて。 バニーも最初こんな感じだったもんなあ・・・。
いやしかし、虎徹の知るバニーと違って、バーナビーはつんけんはしていない。
まだ学生というのもあるのだろうが、慇懃無礼な態度ではあるが、バニーのように人を小馬鹿にしたような、見下したような態度ではない。
バニーを穏やかにして、更に無関心にしたような感じ、といえば判るだろうか。
バニーは兎みたいだなと虎徹が最初思ったのは、単なる比喩ではない。
なんというか、触れれば壊れそうな儚さと、それでいて酷く凶暴なものが同居している、ミステリアスなところを揶揄して言ったのだ。
だが、この目の前のバーナビーは違う。
 ふと、猫の姿が脳裏に浮かんだ。
寂しそうな背中をしていて、抱きしめてやりたくても、抱きしめられることをよしとせずするりと交わし、独り孤高に生きていく街の獣。
 懐かない猫だな、と虎徹はバーナビーが淡々と食事をする姿を見て、何故かそう思った。
最初に出会ってから数日、虎徹はバーナビーにくっついて回っていたが、学校の授業は殊の外退屈で、話しかけたらバーナビーが迷惑だろうというのもあって次の日からは遠慮するようにした。 近所を適当に歩き回ってみたが、自分を視認してくれる人は現れず、普通に暇。
市内がどうなってるのか見たいというのもあったので、歩き回ってやれ、バスに無賃乗車してやれと思ったら、車関係は自分が通過してしまう。
どうやら、動くものは触れられないと途中で気づいた。
じゃあいいよ、自分の力でなんとかする、と思ったら、これまたハンドレットパワーが発動しなかった。
これは当たり前かも知れないと虎徹は思う。
自分が単なる意識の存在であるのなら、肉体がない自分に能力を使う事は出来ないだろう。 なんつったって、「肉体強化系N.E.X.T.」なわけで、その肉体が無かったら何も強化できないわけで。
 行動範囲が常に狭いというか、まあそんな訳で近頃は日が暮れるまで近所の散歩ぐらいしかバーナビー宅を出なかった。
ついでに言うと、自宅出入りの為に、ドアを開け様とすると、ドアノブには触れられるのだが、回せない。 当然押すことも引くことも出来なかったので、出る場合には壁抜けという気味の悪いことをすることになる。
固定するものはなんとか触れられるのだが、気合を入れればそれらも通過できるということが判ったぐらいが、今週の成果だった。
「さて、タイガー、貴方今日はどうします?」
 また一日ぶらぶらかなーと思いつつ、虎徹は伸びをしながら言った。
「んー、許されるならまた高校について行きたいな」
「いいですよ」
 あっさりとバーナビーが言う。
「都合の悪い時は貴方の存在を無視しますんで、ご自由に」
「・・・・・・」
 まあ、そうなんだけどさ。
虎徹は眉を落とした。 バニーちゃん、お前の子孫さあ、お前より3割増しクールだぜ。
さて、とバーナビーが立ち上がると、突然呼び鈴が鳴った。
初めての事だったので虎徹もびくっとなったが、それにも増して、バーナビーが飛び上がる程驚いたのが印象的だった。
バーナビーには友人が殆ど居ないようだ。 知り合いもそれ程居ないようで、虎徹はこれが、未来での人付き合いなのかな等と思っていたが、比べる相手がいないので判りようもない。ただ、宅配やいろんな業者などの訪問も、未来では直接自宅ではなくワンクッション置くものらしくて、大抵がパソコンの端末を通じて行われていた。
虎徹の時代にはヒーローにしか与えられなかった高機能PDAがこの時代には広く一般に普及しており、バーナビーが持っている携帯らしきものも、ブレスレッドタイプだった。
 玄関に出て行くバーナビー。
それをなんとなく見送って、虎徹は更にびくっと飛び上がった。
「お前、どうして勝手に引越ししちまうんだよ!」
 荒ぶった、叱責の声。
「貴方には関係ないでしょう!」
 初めて聞く、バーナビーの感情の高ぶった罵声。
玄関で押し問答を始めたらしく、がたがたと尋常じゃない物音がした。
虎徹は慌てて玄関に向かい、そこに居る小柄な黒髪の少年の姿を見た。
 ほっそりとした肢体、最初女の子かと思ったぐらいだ。
何故かというと、その子は何かしら自分の娘、楓を想起させるところがあって、メタリック光沢を放つ不思議な生地で作られたシャツが淡い紅色に輝いていたせいか、性別不詳に見えたからだ。
しかし、言葉遣いから察するに、これは明らかに男の子であろう。
「お前さあ! 突然居なくなったら俺が心配するだろ? なんでだよ! 俺なんかしたか? 約束すっぽかしやがって!」
「僕が引っ越しするのなんか僕の勝手でしょう? 約束だって貴方が勝手にしただけで、僕は了承してません!」
「ああそうかよ! だったらそう判るように言えよ! 俺一日お前待ってたんだからな!」
「それはすみませんでしたね! さあ、もういいでしょう? 帰ってください!」
「ヤだね! 通話にもでねーし、俺はお前と友達やめる気ねーからな。 勝手に決めんな!」
「貴方なんかっ、・・・」
 バーナビーが絶叫した。
「――――学校に行きますから、ついてこないで下さい!」
 ちょ、待てよ卑怯者!
という、少年の罵る声がして、バーナビーはそのまま学校に行ってしまったらしい。
忌々しげに玄関口で少年が、ちっと吐き捨てた。
 やがて、少年はぼりぼりと頭を掻き毟ると、乱暴に扉を閉めてそのままどうやら帰るらしい。
部屋に居座るっていう選択肢はないんだなとか、いやまて、この子何歳だ、お前は学校行かなくていいのかなどと、色々考え込んでしまった。
それから虎徹ははっと我に返る。
 あの少年、何者なのかちょっと突き止めてみよう。




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