Novel | ナノ

タイガーピープル(3)


 頭が朦朧としていた。
真っ暗だ、何も見えない。
どういうわけかどうやら電源が切れてしまったのだろう。
そして、バーナビーは思う。
極寒の湾岸部。
体感温度はマイナス二十五℃・・・、まずい早く起き上がらないと、このままでは凍死してしまう。
しかし、何故かバーナビーはそれほど寒さを感じなかった。
なにかとても柔らかいものに包まれているような気がして、むしろ眠ってしまいたいような安堵感がある。
いやいや、コレで眠るとか、もしかして僕はもう、凍死寸前なのではあるまいか。
なにか聞いた事がある。
凍死するときって、寒いどころかむしろ熱くなってくるとか。
それと、うっとりとなにやら気持ちよくなってくるとも聞く。
やばい、まさに聞いたとおりの状態じゃないか。
 気力を尽くして、バーナビーは身体を起こした。
しかし、そこまでだ。
どうしても立ち上がれない。
クレーンに思いっきり張り飛ばされたせいで、何処か傷めたのかなあとバーナビーは他人事のように思った。
とりあえず、こうしててもしょうがないので、フェイスガードをあげて、周りを視認してみようと思い立つ。
フェイスガードを右手であげると、目の前は真っ白だった。
吹雪いている。冬のブリザードだ。
これは結構難儀だなあ・・・と思ったところで、バーナビーは不思議な物音を聞いた。
 ぐるるるる、と何かが喉を鳴らしている気配。
ええ?と思いあたりを見回すが、何も見えない。もともとバーナビーは目が悪いのだ。
幻聴かと思ったら、自分の右隣、頬に熱い吐息を感じた。
そして。
「青・・・じゃなくて金色・・・の瞳・・・」
 なんだこれは、・・・虎?
自分の顔の横に、巨大な獣の顔がある。
それは大きな金色の瞳をしていて、それでいてブルーに輝いているのだ。
あまりに驚いて、バーナビーはうわあっと前に四つんばいで逃げ出す。
振り向いてみれば、美しい肢体の虎がバーナビーの背後に寝そべっていたのだった。
どうやら、ずっと寄り添っていたらしい。
バーナビーはあまりのことに、力を失ってその場にぺたりとへたり込んだ。
これがもしや、ブルーローズたちが言っていた、モギィーなのだろうか。
ファントムキャットとも言われた、幻の獣。
そうこれは、艶やかな毛皮の、綺麗な虎(タイガー)だ。
金色の瞳が、涼やかなブルーに輝き、もう大丈夫だなと頷いたように見えた・・・。
 長いしなやかな縞模様のある尻尾が、バーナビーの背中と膝を、するりと撫でるように動いて前に抜けた。
そしてまるで、からかうようにくねくねと動き、数回バーナビーの背中を叩く。
虎としか思えないその大きな生き物は、身体を撓らせてジャンプすると、雪のウエストサイド湾岸部の暗闇の中へと消え去った。
バーナビーはそれを呆然と見送った。
暫く惚けていると、バーナビーは気づく。
遠くで誰かが呼んでいる。
それは、自分を探すヒーローたちの呼び声だった。








「ABCが今そこに居て、僕を助けてくれたんです」とバーナビーが言うと、自分を抱き上げた虎徹が「そうかい、そうかい」と言った。
「夢を見たんだな」
「違います、夢じゃありません」
 バーナビーが弱弱しく言って、虎徹は優しいその金色の瞳でバーナビーを見下ろした。
「とりあえず今日はこのまま病院に行くからな」
「精密検査ですか?」
「どこぶつけたか見てもらわにゃ」
 暫くすると、クレーンに強打されたであろう横腹が、耐え難いほど痛んできた。
ほらみろ、と虎徹がいい、速やかに痛み止めが投与され、バーナビーは救急車の中で意識を手放す。
 バーナビーは精密検査の結果、打撲だけで済んだので、一日の入院のあと、帰宅する事を許された。
虎徹に言っても全然取り合ってもらえなかったので、カリーナとイワン、それとパオリンに自分の体験した話を語って聞かせたが、その日を境にモギィーはシュテルンビルトで目撃されないようになってしまった。
 カリーナはバーナビーの話に一番興味を持っており、暫くの間モギィーの行方をそれとなく捜していたようだが、いつの間にかそれも諦めたようだ。
結局モギィーの正体はなんだか解らず、バーナビーにもカリーナにも、もやもやしたものが残ったが、どうする事も出来ず日々は流れる。
ただ、人づてに聞いた事なのだが、毎年必ずウエストサイドでは凍死する者が出るというのに、記録的な酷寒にも関わらず、今年は一人も凍死者が出なかったのだそうだ。
バーナビーはなんとなく思った。
あのモギィーはひょっとして、ウエストサイドで誰かを助けて回っていたのではあるまいか。
自分と同じように、凍える誰かを助けるために、徘徊していたのではないのかと。
 しかし、そんなものは予測の域を出ないし、そもそもなんのメリットがその獣にあるのかも解らない。
あの行動になんらかの意味があったのか、今はもう確かめる術はなにもなかった。
そうしていつしか日常が戻り、シュテルンビルトの人々は、モギィーを忘れた。










 もうそろそろ、冬も終わりだなと、虎徹が言った。
シュテルンビルトのゴールドステージ、海の見える丘公園に来ていた二人は、見るともなしに海に浮かぶ巨大なタンカーを眺め、それから冬でも変わらず空を待っているかもめの切っ先を振り仰ぎ、雪で真っ白になった歩道を連れ立って歩いていた。
「そうですね。 今年は寒かったなあ・・・」
 虎徹の言葉に、バーナビーが「ええ」と頷く。
虎徹の瞳は、海からの風のせいなのか、ちらつく雪の中、酷く潤んで美しい琥珀色に輝いていた。
その瞳を横から眺めていたバーナビーは、思い出したように言う。
「虎徹さんは全然信じてくれなかったですけど、僕、モギィーに会ったんです、あの時」
「幻覚かなんかじゃねえの?」
 虎徹は相変わらず、この話題には乗ってくれない。
わざと避けているような気がしないこともなかった。
でももう、バーナビーはこれでいいと思っていた。
「あのモギィー、多分僕を温めてくれてたんじゃないのかな・・・。 どうしてなのか解らないけど。 あの時何故か、僕は本当に幸福だったんです」
 そうかい、と虎徹が気のない風に言う。
バーナビーはくすっと笑った。
「綺麗な金色の瞳でしたよ。 虎徹さんの目と似てました。 凄く優しい」
 あのなあと、虎徹がなんだか照れたように呟く。
バーナビーはそれ以上その話題を続けず、口を噤んだ。
それから二人、無言で歩道を延々と歩いて。
「昔さ、キャットピープルっていう映画があってさ」
 そんな沈黙の中、不意に虎徹が話し出した。
バーナビーは再び虎徹の横顔を見る。
何処を見ているのか、その綺麗な金色の瞳を。
「その話では猫族てのは、人間と愛し合うと豹に変身しちまって、そいつを食い殺すまで人間に戻れなくなるんだと。 主人公は女なんだけどな、だから愛した男と何時までもなーんもできねーの。 キスすら出来ない。 同族なら愛し合う事が出来るっていうんだが、そういう問題じゃないだろ? 好きな人を代替出来るかって言う・・・。 俺はそれを観てて、これは切ないぞ、相当やるせないぞって思ってたんだよなあ・・・」
「・・・・・・」
 バーナビーは視線を前に戻して、虎徹に言った。
「そういうネクストだったのかも知れませんね。 その猫族」
「え?」
 虎徹がバーナビーを見る。
その金色の瞳に、あの猛獣の瞳を重ね合わせながら、バーナビーは言った。
「だから、その猫族っていう人々は、ネクストだったんじゃないかと。 まだネクストが生まれて間もなかった頃は、そんな風に呼ばれていたかも知れないなって思ったんです」
「まあ、実際、変身能力のあるネクストは存在するもんな」
「四十五年前って言いますけど、ほんとはもっともっと以前から居たのかも知れませんよね」
「まあ、そうだな」
「だとしたら僕らは問題ないじゃないですか」
 バーナビーは、虎徹の左手の指をとった。
二人とも手袋をしていたので、指の所在が、いまいち解りづらかったのだけれど、バーナビーは静かに探って、虎徹の左手の薬指を握り締めた。
「同じネクストで、同じハンドレットパワーで・・・・・・そう、問題ない」
「バニー?」
――――だから、キスも出来るんです。
 するりと虎徹の手がバーナビーの手から離れて、前に行ってしまう。
歩き続けていた虎徹は振り返り、突然立ち止まってその場で天を見上げているバーナビーに、小首を傾げた。

 雪が降っている。
白い、天からの使者が、灰色に垂れ込めた空から無数に、自分の頭上へと舞い降りてくる。


 この世にあるネクストは、その本質が獣のかたちになるという。
そしてそのかたちは、孤独に、愛に、危機に、事あるごとに実体化し、己を呼ぶ声へと駆けていく。
遥か離れていても、魂であれば何処へでもいける。 きっと行ける、どんなに離れていても、必ず行けるとそれは言う。
中国では古来から、虎は一日千里を駆けると言い、白虎は西を守る守護獣なのだそうだ。
ウエストサイドからこっち、バーナビーの自宅を含めてあのモギィーは長く西を守り続けた。
そして恐らく、その役割を果たしたのだろう。


結局のところ。

バーナビーは思うのだ。
あれが虎徹の魂のかたちであったかどうかなど解らない。
本当は、身体変化系ネクストの別の誰かであったのかも知れない。
それでもいい。
あの美しく強靭な肢体、しなやかな体躯、息も詰るようなあの一瞬、野生の匂い、そして牙。
そして俊敏かつ孤高なその姿、それでいてやけに優しかった、あの琥珀色の瞳だけは忘れる事が出来ないだろう。


「なにやってんだ、バニー、寒いから行こうぜ」
 虎徹が声をかけた。
バーナビーは前を向く。
振り返って自分を見つめる、稀有の琥珀色の瞳。
今それは自分だけに注がれていて、そして彼の本質は変わりなく、今は全て自分のものなのだ。
バーナビー微笑んで虎徹の元に駆け寄り、今度こそしっかりと手を繋いだ。









TIGER&BUNNY 
【タイガーピープル】 My Amber-Eyed Buddy
CHARTREUSE.M
The work in the 2011 fiscal year.
Thank you.



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