Novel | ナノ

桜歌 Celebrate Kirsche5(3)


「…………」
 レヴェリーはキーボードから手を離すと何とも言えない当惑した気分になった。
自分の書き込みの後は絶対掲示板が荒れる。やはり書き込むべきじゃなかったと心底落ち込んだ。
でもそれがタイガーの妖精(花びら)のお願いだったのだし、でもこの問題は私の手には余り過ぎる。
そもそもこのタイガーはタイガーであって違うもの、NEXTのせいで分散してしまったタイガーの「なにか」であってタイガー自身ではないとレヴェリーにだって判っていた。
 最初に気づいたのは何処からか自分に話しかけてくる声があるということ。
レヴェリーのNEXTは生まれた瞬間から発動していたと医者は言う。
それが不幸の始まりだったと周りは言うけれど、レヴェリーにしてみたら余計な世話だった。
 彼女の聴覚領域は人間のそれではなかった。
彼女にとって聞けない音はない、この世界の全ての音を彼女は自然に聞くことが出来るのだ。
そしてそれをある程度理解することも可能だった。
これは恐るべき力なのだが、レヴェリー自身にその自覚はなく、ましてや研究できるほどの知能もなかったので事実上宝の持ち腐れでもあったのだが、まあそれは今回の話には関係がないのでおいておく。兎に角彼女はこの世界、宇宙に存在する全ての音を素で拾い、それを人間の思考に置き換えることが出来ることが出来るNEXTだった。
 幼い時は全チャンネルを発動するたびに適当に流し合わせて聞いていたようでそのせいで彼女は言葉の取得が人より二年以上遅れた。
なんらかの発達障害ではないかと両親があらゆる医療機関を奔走したのはその頃だ。
やがて物心ついたレヴェリーは、どうやら自分が聞いている範囲と他の人間が聞いている音の範囲が違うらしいと気づく。
本能でチャンネルを合わせるようにした結果、ほどなく言語も取得してどうやら自分がNEXTだということが判って来た。
更に勝手に発声領域も自分が今チャンネルを合わせた音域に合ってしまうというのと、合わせたチャンネルによって自分の声が物理的破壊力を持てることも知ったのだった。
 レヴェリーの周りではポルターガイスト現象が多発したし、時々レヴェリーが発声できなくなるのを両親や友人たちは気づくようになる。
ポルターガイスト現象の正体は、レヴェリーの発声領域が超低周波音に合ってしまったときの弊害で、発声できなくなると周りには思われてたそれは実際はレヴェリーはしゃべり続けており、普通の人間には全く感知できない超高周波音に移行してしまっただけだった。
 正直レヴェリーは自分の能力に一時期辟易していた。
一々説明するのも面倒だし大抵判ってもらえない。そしてレヴェリーにとって人間が通常使う音域を維持するほうが大変で、自然にしていると毎日の体調などにも左右されて超音波領域の方セットされてしまう。だから「場面緘黙症では」とどこかで診断された時にもうそれでいいと訂正しなかったのだった。
 実際間違いではなかった。
レヴェリーは一言話すだけでも相当気を付けなければならなかったし、それはそれは涙ぐましい努力を重ねてきたのである。
高校生になった時にはもう喋らないで済ませられるならそれでいいやという境地に至っていた。
 さてそんなわけで、先日の土曜日気持ちのいい天気だったこともあって午後直ぐ傍にあるゴールドステージセントラルパークへ散歩に出かけた。
目当てはロブスターロール。
レヴェリーはそれが大好きで、ベンダー(屋台)を見つけると早速購入、そこの広場ではなく誰もいない散歩道脇のベンチに向かい、そこで聴覚領域を滅茶苦茶狭くして周囲の雑音を軒並みカット、自分の聞きたい心地よい音だけの世界で気持ちよくロブスターロールを頬張った。
 自分は一生騒音に悩まされることがないわね。聞きたい音だけ聞けばいいんだから。
最近は自己訓練の成果もあって、聞きたい音域を切り替えるのも殆ど苦も無くできるようになり、更にやっとNEXTが安定してきたのか普段の生活では普通の人間の聴覚領域に意識せずとも調整できるようになっていた。普通人のふりも大変だとは思うが、人間の社会で暮らしていくならここらへんは仕方がない。
しかし問題は発声の方で、こちらは切り替えがそこまでスムーズに行かなかった。
どうしてもずれてしまうことが多く、それも高音域、超音波の方に偏ってしまう。
 蝙蝠かイルカに生まれれば良かったわ、……ってNEXTって人間だけなのかなあ、実は動物にもいるんじゃないの? と変なことを考えていた。
そうしたら今は人間の音声にはピントを合わせてない筈なのに、普通に理解できる言葉が聞こえてくるではないか。
 幻聴か、はたまた同系統のNEXTでもいるのかと最初は思った。でも声は小さいが、どうも聞こえてくる位置が近い。
この音域で話せば会話できるかしらと思い、レヴェリーは恐る恐る問い返してみた。返答があることはそれほど期待していなかった。
 だが

「おまえおれのこえがきこえるのかはなせるのか?」

 聞こえるし話せるけど貴方は誰?

「おれはわいるどたいがーだ! なんかへんなことになったかぜにとばされておまえにひっかかったんだてをかしてくれ」

 ???

風に飛ばされて私にひっかかった? ワイルドタイガーが? シュテルンビルトのヒーローの?

 私は疲れてるのかも知れないわ、なんの幻聴だろう、これは私の脳がきっと何かの幻覚をと思うのに被せて

「ねくすとのせいだ!」と耳元で喚かれて違うと思った。

 NEXT被害なの? どういうこと? 

そう言いながら手を自分の髪に這わすとなんだか小さなものが手に触れる。
そっとつまんでみるとそれは青く輝く白い花弁だった。

 ???

意味が判らず目の前につまんで掲げていると、なんとその花弁が喚いているではないか。

「たすけてくれてをかしてくればにーがこまる」

バニーって、バーナビー・ブルックスJr?
ますますもって凝った幻聴だわと聞き返しながら顔が赤くなった。レヴェリーは割とバーナビーの事が好きだったもので。
ただバーナビーはアセクシャルで男女ともに恋愛には興味がないらしいと聞いて少しがっかりしていた。
最近結婚詐欺師が現れてこれはと思ったら次の週にはバーナビーがHERO TVで思いっきり否定していた。
これは完全にアセクシャルの人なのだろうといったん期待した分余計がっかりした。
それでもタイガーと実は出来てるという話よりは幾分かましだとは思っていたが。

 どういうこと?

と問うと、花弁は「おれにもわからない」と素直に答えてきた。
なんらかのNEXTによるこれは犯罪なのだろうかとレヴェリーは慌ててその場から立ち上がり辺りを見回す。しかし見える範囲には何もなかった。
「おれはどうやらちらばってしまったらしいおれをあつめるのをてつだってくれおれがいないとばにーがかなしむ」

 花びらになっちゃったってこと?
なんか聞いても胡散臭いし意味が解らない。一枚じゃなくて複数枚に分散したってことなの? と慌てる。
いやいやいやでもそんなことってあるのだろうか。やっぱりこれは私の幻聴…………。
「げんちょうじゃないしおれはここにいるあつめてくれ れうぇりーおれをたすけてくれおまえのちからをかしてくれ」

なんで自分の名前がばれてるんだろうと思ったが逆にこれは現実なのかもしれないと冷静になってきた。

「あつめてくれおれをわいるどたいがーをあつめてくれいまはそれしかわからないおれがいっぱいになったこれはまずい」

 さっぱりわからないけど集めればいいのね? あなたみたいなのがたくさんいるってことでいいのね?

「おれをあつめてくれおまえならできる」

 なんなのこのNEXT、妖精でも作る能力者?

「しるもんか」

 レヴェリーは取り合えずこの花びらが言うことが本当なのか二枚目を探すことにした。
地面に屈みこんでいると、同じ声が遠くからする。まさか本当なの? と一気に血が引く気がしたが、とりあえず声が聞こえる方に向かってそろそろと移動した。そして芝生の中に踏み入って、散らばっている同じような花弁が、いっせいに「おれをあつめて!」と叫んできたのには思わず事態の深刻さも忘れて笑ってしまった。不思議の国のアリスのクッキーみたい! 
一頻り爆笑した後、笑いながら花びらを一枚一枚集めた。拾うたびにその花びらは「うおー」と歓声をあげたので、レヴェリーは結局聞こえる範囲の花びらを全部集め終わってもずっと笑う羽目になった。

 もう笑わせないでよワイルドタイガー。虎徹さん、だっけ? 本名。

「わいるどたいがー!」
一斉に抗議されてまた笑った。そうなのね、いやなのねとレヴェリーはタイガーと訂正した。

 嫌だわ、本当なのね。幻覚かと思っちゃった。この事態まだ誰も知らないのよね? 
ということは今さっきの事だったのだろう。セントラルパークをたまに二人が散歩しているという情報はネットに上がっていたけれど公園の広さもあってレヴェリーは一度も会ったことがなかったから半信半疑だったのだがどうやら本当だったらしい。
そして今日は恐らく休暇でタイガーはセントラルパークの何処かでこの被害に遭ったのだろう。
これは私だけでは到底無理だわ、この事態が本当であるのなら後何時間かすれば報道されるだろう。
手のひらいっぱいになった花びらたちにレヴェリーは囁いた。

 いったん私の家に戻りましょう。それからニュースを聞くの。どういうことになってるのか私もあなたも知る必要があるわ。
今集めたタイガーたちは私が保護するわね? それでいい?

「いいよ」「いいとも」「いいぞ」
と大体三種類の承諾が聞こえた処でレヴェリーは立ち上がり家に向かって一目散に駆けだした。



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