Novel | ナノ

桜歌 Celebrate Kirsche11(2)


 物理的攻撃力を持つ音波に指向性を持たせて婦人警官の持つライターだけを砕く。
そして最も遠距離迄届く、人の内耳が拾える周波数を使って自分のメッセージを全方位に向かって飛ばす。
レヴェリー自分の声帯が物理的破壊力を持つことも、非常に遠距離の人間に聞こえる声を出せることも知っていた。
ただ意識的に使ったことがなく、更にいうなら二つ同時に違う周波数で発音したことが一度もなかった。
そもそも出来るかどうかもこの時点でかけだった。そしてこんな風に自分の力について考えさせてくれて、色々な可能性を知ることが出来たのはタイガーの花びらの妖精と出会ったことがきっかけだった。
 生まれながらに音の専門家でもあったレヴェリーはだから知っていたのだ。
タイガーの花びらが悲鳴を上げて自分を呼んでいるのが聞こえる。

 大丈夫だよ、タイガー、私知ってたから。多分こうなるだろうなーって。それに一時的に声が潰れるだけだよ、多分うん、大丈夫だと思う。
ちょっと失敗しちゃったのはさ、バーナビーに聞こえるように飛ばした方もどうも振動数高かったみたい。十七分署の窓ガラス全部弁償しろっていわれたらどうしよー。

「あら……凄いのね貴女」
 婦人警官がそう言い、耳を両手で塞いでいたサイモンが恐る恐るといったように手を離した。
婦人警官の手からバラバラに砕け散ったライターの破片が滑り落ちていく。それが足元に転がる前に、レヴェリーが膝を折った。
「――――カハッ……」
 喉を押さえて蹲る。
その俯いた顔から血が滴り落ちていき、レヴェリーは数回喘いだ後そのままそこに倒れ伏した。

「れうぇりーれうぇりーれうぇりー!」

 花びらが呼んでいる声がずっと聞こえていたが、もうどうにも瞼が上がらない。
どうやら自分は自分のNEXTの限界を超えてしまったらしい。うーん、禁断の技でしたか、そうですか。まあ大丈夫でしょう。タイガー心配しないで、きっとバーナビー来てくれるよ、ちゃんと私の声が聞こえた筈だもの。多分半径五キロメートル以降の四方ほぼ全ての人間に聞こえちゃっただろうけど。
だから私もバーナビーが助けてくれる筈! ということでごめんね後はヒーローに任せた!
レヴェリーはやることはやり切ったと満足して意識を手放す。
一方サイモンは「あーあ」と言った。
「ヒーロー来ちゃうね。知られたらまずいんじゃなかったっけ」
「まあ……仕方がないわよ」
 婦人警官は頭を押さえて再び嘆息した。



 暴走車は第十七分署が隣接する大通りに向かって再び右折したところだった。
後数分で接触する。
「なんとしても第十七分署に突っ込む前に止めるぞ」
 そうロックバイソンがいい、バーナビーがそれに頷いた。
虎徹が居ないのでこういった力業は心許ない。止められるだろうか? ハンドレッドパワー一人分と硬化の力で。
ブルーローズの力で多少減速させることはできるだろうが、かなりなスピードに乗って突っ込んでくるのだから、ロックバイソンが弾き飛ばされる可能性の方が高い。ハンドレッドパワーでもあの勢いで突っ込まれたら止めるのはかなり難しいだろう。
防弾タイヤなので銃も効かない、パンクさせることも出来ない。
 虎徹さんのワイヤーがあれば……。
そう考えてバーナビーは頭を左右に振った。今できる最善を尽くさなければ。
「やってみましょう。スカイハイさんも車を浮かせるかどうかやって下さい」
「吹き飛ばすことは確かに可能なんだが、それだと多分移動している方向とスピードから市民が危険なんだ。浮かせられればいいんだが多分――」
「乗っているNEXTがどうやらシールドバリア系らしいですね。防弾車で銃も効かない、バリアだから多分スカイハイさんの能力も効かない……」
 バーナビーはフェイスガードを落とし、メットのスキャナーを全部起動させた。
ヘルメットの両眼が点灯し、「最善を尽くしましょう」と言った。
「もうすぐ視認出来るわよ」
 ネイサンがそうインカムで告げる。
車ごと燃やし尽くす訳には行かないのと電撃は全く効かないとのことでファイヤーエンブレムとドラゴンキッド、それと折紙サイクロンは後方待機、先行対応に臨んだのはバーナビー、ブルーローズ、ロックバイソン、スカイハイの四人だった。
 視界にそろそろ見えるわよ、と派出所に避難しているアニエスが通信を回復、そこから指示を送るという。
「ごめんなさい、ちょっと避難に手間取って」
「アニエスさん」
 バーナビーはホッとしてよろしくお願いします、ありがたいですという。流石に現場との連携をとりつつ自分が指揮をするのはワイルドタイガーが不在の今難しいと踏んでいたからだ。安心して指揮権をアニエスに渡し、バーナビーは今一度暴走車の来る方を振り返る。
 その時。

――――助けてバーナビー! タイガーが燃やされちゃう!

「うおっ!」
「きゃあああ!」
 ロックバイソンとブルーローズが耳を押さえて地面に沈む。
バーナビーも耳がキーンとなり「うっ」と言って頭を押さえた。
その音にダメージを食らったのはアニエスもだったようで、インカムから彼女のうめき声が伝わって来る。
「な! どこから聞こえたんだ今の声は!」
「それより内容! タイガーが燃やされるって、どういうこと?!」
 ブルーローズがそう叫び、バーナビーは「まさか」と呟く。
「なんだか判らんが、バーナビー第十七分署に戻れ! 虎徹を、――――ワイルドタイガーを頼む!」
 しかし今ここを離れる訳にはいかないと一瞬躊躇していたバーナビーはロックバイソンのその声に我に返った。
「こっちはなんとかするから! 最悪突っ込まれるまでに時間だけは稼ぐわ! だから行って! バーナビー、タイガーを燃やさせないで!」
 ブルーローズもまたバーナビーの背中を押した。
「判りました!」
 バーナビーはハンドレッドパワーを発動するとその場から大跳躍して消え去った。



 第十七分署に三秒で到達するとその有様に息を飲む。
ガラスが全て砕け散ってしまっている。
中にいる警官も何が起こったのか判らないようで、慌てて駆け回る姿と折角積んだのに崩れたバリケードを支える者の姿がそこここに散見された。殆どパニック一歩手前だ。
「バーナビー!」
 警官たちはバーナビーの姿に直ぐ気づき、バリケードの片側から入るように指示する。
「ワイルドタイガー、花びらは?」
「何が起こったんです? 突然窓ガラスが全て砕け散ってしまって――」
 話がかみ合わないなと思ったが今はそれどころではないとホールに向かって駆けながら言った。
「皆さんは暴走車に集中して下さい!」
バーナビーは知らなかったがレヴェリーは自分の声に指向性を持たせることが出来た。そしてあの叫びはバーナビーに確実にメッセージを届けるために、第十七分署のホール一キロ先より向こうに聞こえるように発声されていたのだ。即ち第十七分署に居る警官たちは誰一人そのメッセージを聞いてはいなかった。
音響兵器の原理と一緒で、指向性を持たせた音波はやろうと思えば距離の離れた限られた範囲内にメッセージを届けたり、群衆の中の特定集団にのみメッセージを届けたりすることも可能とする。
レヴェリーはそれを自分のNEXTで応用していたのだ。代償は一時的に喉を潰すことと自分の意識を失うほどのバックラッシュで、実際この時レヴェリーは気絶していた。
 駆け上がりホールに入って気づいたのはその異臭。
ムッとするようなガソリンの匂いに顔をしかめた。次に入口の少し前に倒れている女性の姿。
あの場面緘黙症の子――レヴェリーだと直ぐに気づき大丈夫ですか! と駆け寄ろうとして蹈鞴を踏んだ。
 桜の花びらの向こう側、じっとバーナビーを見ている婦人警官と青年の姿があったから。
「どうして――」
「砕かれちゃったの」
 婦人警官が困ったように、でも少し賞賛の意を込めてこう言った。
「その子に。凄いのね、こんなことも出来るのね、聴覚のNEXTだったかしら?」
 正確には音のNEXTなのね。本人も最近まで自分の本当の力に気づいてなかったってことかな。
「何を――」
 バーナビーは警戒を怠らずちらりと倒れ伏すレヴェリーを見た。
「ライターだよ。でも火をつけるつもりはなかったんだ。大体ここで今火を付けたら僕らも燃えちゃうじゃないか」
 燃やす――。レヴェリーが言った通り燃やすつもりだったのか、本当に? ワイルドタイガーを?
「何故?」
 青年――サイモンが肩を竦めた。
「ワイルドタイガーを本物のヒーローにするとかなんとか」
「そんなこと言ってたの?」
 婦人警官が呆れたようにサイモンに聞く。
サイモンは「うん」と言った。
「でも別にそれはどうでもいいんだ。取り合えず、ね?」
「まあ、そうね」
 バーナビーはその二人の会話の意味が判らない。
ただその会話を聞いて本気でワイルドタイガーを燃やそうとしていたのだと気づき全身総毛立った。
 それをレヴェリーは止めてくれたのだ。なんとありがたい、彼女を必ず救い、この二人を確保しなければ。
この二人の言い分だと自分自身を危険に晒す気はないようだ。何らかの時限発火装置をおいて逃げるつもりだったのだろう。
「あなた方を確保します。もうここからは逃げられない」
 バーナビーは抵抗しなければ何もしない、こちらに来て下さいという。
しかし二人はバーナビーのことなど気にしていないように全然別の事を喋った。
「私が送信でサイモンが受信なの。送信側は常に送信してないとNEXTを感知できないのであんまり花びらを探す役には立たなかったわ。でもサイモンは違う。受信は受け取る専門だから。ジェイクと同じように自動感知型ならなお良かったのだけどね。そしたらレヴェリーの能力ももっとちゃんと判ってこんな危険に巻き込まないように最初から対処できたのに」
「ジェイク?」
 その名前を何気なく反芻してバーナビーはがばっと身構えた。
「ウロボロス!?」
 しかしその言葉に二人は間髪入れずに首を振った。
「違うよ」
「違うって言ってたわよ」
 それから二人同時に顔を見合わせて、「なんだったっけ?」と言う。
バーナビーはもういいと吐き捨てた。
「こうやって阻止されることは考えていなかったのか? ライターを砕かれたり市民の横やりが入ったり、遠隔着火出来ない場合の事を考えもせず? 残念でしたね」
 音。
バーナビーははっとして振り返った。
物凄い車のブレーキ音、それと同時にバーナビーの足元どころか第十七分署全体が恐ろしく揺れた。
やはり駄目だったか、途中で阻止できず、幾らかは時間を稼げたようだが今ついにあの暴走車が正面玄関に突っ込んできたのだ!
 その途端、突然第三者の声がバーナビーの問いに答えた。
「勿論だ、それを当然計算に入れてる」
 唐突に婦人警官とサイモンの背後に翻る黒い影。それが翻るブラックコートだということにバーナビーは瞬間気づけなかった。
意味が解らなかったのもある。ただ、両の羽を限界まで広げたよだかが舞い降りたのかと何故か思った。
「つまりこの子らは私と言う着火装置が届くのを待っていたんだよ。例の車でね」
 テレポーター!
「ペネム、サイモンよくやった」
「ウィンザム!」
 ペネムと呼ばれた婦人警官が嬉々として彼の方を振り向く。
「でも最後の最後で気づかれてしまったわ、バーナビー・ブルックスJrに」
「それも問題ない、ここで我々のやるべきことは全て終わった。撤収しよう」
 それから虎徹の変じた花びらの向こう側、自分らを見やって身構えたままのバーナビーに視線を向けた。
目眩がする。
 バーナビーは茫然と思う。
うっすらと微笑みを浮かべ、三人は真っすぐにバーナビーをみつめている。その相貌は真っ青に輝いており、三人がNEXTなのは間違いないのに「何かが違う」と何度もその思いが脳内を巡り、吐き気すら覚えた。
「一体何が狙いなんだ! 虎徹さんを――ワイルドタイガーを害することに何の意味が?!」
 しかし彼らはそれには答えない、ただ、テレポートして消える直前、ウィンザムと呼ばれたその男がにやりと笑った気がした。
「バーナビー、うまく逃げたまえ」
 ま、さ、か!
目の前で三人がどこかへ転移する。その刹那、ウィンザムは手にしていたライターの火をつけてそれを空間に置き去りにした。
 手を出すことも出来なかった。
そもそもバーナビーには目の前にある花びらを踏むことが出来なかったのだ。虎徹を踏みしだく事を一瞬躊躇――した。それはヒーローにあるまじき、ただの虎徹という人間を慕い慮るばかりの只人としての失態だ。
何に代えてもそのライターを始末するべきだったのにこの躊躇のせいでハンドレッドパワーを無駄にしてしまった。
 少し遅れたとしてもバーナビーがそのライターを手中に収めていたなら?
 いやまさか。
既に彼の上に撒かれたガソリンは気化を始めており、ライターを放り投げた瞬間発火しない方がおかしかった。きっとライターを握りつぶしたとしても自分諸共炎上してしまったろう。むしろバーナビーごと燃えたことで、その場にいたレヴェリーも巻き添えになった可能性が高い。
だから最初の一瞬を躊躇してしまった時点でもはやバーナビーにできることはなにもなかったのだ。
しかし後々そう結論付けたとしてもバーナビーは後悔した。いっそのこと諸共燃え尽きたかったと。ヒーローにあるまじき浅はかな考えで、誰に対しても何の得にもならない思考だったがこの後に起こった出来事は彼をそう絶望させるに充分な悲劇だった。
 ライターが視界から消えた途端、花びらの山が燃え上がった。
天井まで立ち上る火柱にバーナビーは怯み、直ぐに頭を抱えて悲鳴を上げた。
「虎徹さん!」
 燃える、燃えてしまう、虎徹さんが一枚残らず。
混乱する頭の中、けれど一条の光が差すように思い出したのは在りし日の――そんな風に思う事すら辛かったけれど――虎徹の笑顔だった。
 俺はお前を信じるよ。お前は俺のヒーローだからな!
いつでもどんな時も、もし俺が先に引退してもお前は出来る限りヒーローでいてくれ。お前にはそれが出来る。俺が一番良く知ってる。お前がヒーローだってこと。
 だからバニー、間違えるな。
「――――!」
 バーナビーは炎の中、自分にサムズアップをしながら激励する虎徹の姿を確かに見た。
だから自分の背後に倒れ伏したままだったレヴェリーの身体をそっと抱くと炎に背を向けて十七分署を飛び出すのだ。
火勢からしてももう脱出経路は殆どなかった。
 いつもなら虎徹が先導してくれるその背中がない。
躊躇せずに壁をぶちやぶり、最短距離で突っ走るヒーローの姿がない。
いつもどんな時ももう駄目だと思う場面、彼は突破口を見つけそれを示唆してくれていた。一言だって喋らずにただ背中で語ってくれた。
今ここにそれがないのに、バーナビーにははっきりと見えていた。
 残り二十秒。
大丈夫、十分間に合う。このまま壁を突き破り、階下に飛び降りれば出口はそこだ。
 ただ虎徹を――桜の花びらを一つ残らず諦めなければならないけれど。
バーナビーは前を向いた。



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