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桜歌 Celebrate Kirsche10


Kirsche10


「あらあ、とても綺麗ねえ、タイガーったらやるじゃない」
天井に届く程に積まれた桜の花びらを上から下まで眺めてアニエスがそう言った。背後にOBCのスタッフが二人。一人は設置型カメラを用意しており、もう一人は移動撮影用の小型カメラを肩に担いでいた。こちらはこちらでやることが多いらしく、アニエスの口頭指示の後撮影機を担いだ方のスタッフは恐らく署内の確認にそのままホールを出て行った。
アニエスは残ったスタッフに振り返った。
「中継車両はこっちに来てる?」
「交通規制が厳しいので飛行船の方を使います」
「あっそう、後ヘリは?」
「OBCの格納庫から出たばかりのようです」
 彼女がアニエスさんかあ。
タイガー曰くの、「まあまあ美人で髪の毛が長くて釣り目で気が強くてヒーロー(タイガーのみ?)をずけずけ脅す人」と、レヴェリーは思った。
容姿は確かにその通りでも脅すっていうのはどうなのか、単純にはきはきしてる人って事なのではないのかと変なところに悩んでいると、アニエスが自分の方を見て「あら?」と言ったのでびっくりして顔を上げてしまう。
しかし彼女の目はどうやらレヴェリーを素通りしており、背後の誰かを見ているのだと直ぐに気づいた。
そう、バーナビー・ブルックスJrとロックバイソンが到着したのだ。
「アニエスさん、配置が済みました」
 そう言ったのはロックバイソンで、アニエスが大きく頷く。
「表の通りをブルーローズ、ドラゴンキッド、ファイヤーエンブレム、上空をスカイハイ、十七分署裏手を折紙サイクロン担当に。警戒は怠ってません。タイガーを戻せる例のNEXTが危険なんですよね?」
「そう。アレックス・フォートミューロ。かの財閥の御曹司でもあるから途中で攫われる可能性と暗殺される危険性までありとあらゆる事態を想定してのこと。それとタイガーもね。アレックスにどうにも手が出せないとなったらタイガーにも危険が及ぶかも知れないから。まあ、二十一分署と十七分署のNEXTが護衛に投入されてるし、向こうにはボディーガードもいるようだし? それは警察に任せましょう。なんにしてもアレックスがここに到着してタイガーを戻せれば一件落着。戻せないとしても何か進展はするでしょ。それにこんなの滅多に見れないわよ。桜の花びらって結構綺麗なもんね」
 アントニオが頷いた。
「不思議だなあ、人間がこんなもんになるんだぜ? 折紙もすげえと思ったけど物理的にこんな形になるとか想像を絶してるよな。まーしかし本当に大量だ。感無量だな」
「枚数に換算すると、約六百万枚になるそうです。花びらの重さって大体一枚0.01gらしいんで」
バーナビーも桜の花びらの山を見てそうしみじみと呟く。
「六百万枚。成程山になるな」
「ホント良く集めたよな、感謝しろよ虎徹」
 最後のアントニオのセリフは独り言だったが、それにバーナビーは微笑んだ。
「アレックスの到着まで後何分?」
「予定では後三十分ほどです」
 そう答えたのはかの婦人警官で「本日もこちらを担当させていただきます」とにっこりと笑った。
「他の職員は今全員入口と裏口、それとセントラルパークで待機しているシュテルンビルト市民の整理をしています。十七分署前のストリートを挟んで直ぐにセントラルパークですが、こちらの通路も今閉鎖中ですから。私一人で申し訳ありません」
「充分よ」
 アニエスは上機嫌の笑顔で、OBCに残っているケビンとメアリーにインカムで連絡した。
「そっちのスタンバイはどう?」
「飛行船とのリンクは完了してます。上に二台、中継ヘリは一台で、マリオが搭乗してます。こちらも後五分で到着の予定。街頭モニターも全機リンク済みです。久しぶりの大事件な上に生中継だ、派手にやりましょうぜ」
「OK、そのまま待機」
 それから花びらの山を挟んで、食堂ホールの中央入り口からちょっとこっち、塊って立っている六人に声をかけた。
今回ワイルドタイガーを収集し、選り分けるという大変な作業を担当してくれた常時発動型NEXTのボランティアたちだ。
アニエスは彼らに今までありがとう、報酬は来週各自の口座に振り込む予定よと声をかけた。
「今日は特等席でいいものを見られるかもよ? ワイルドタイガーが戻れば最高なんだけど、まあもし戻らなかったらあなた方のインタビューを差し込みたいんだけどいいかしら?」
 勿論インタビューは無理だとか映像には映りたくないというのならその旨声をかけて。勿論考慮するからというと、一人が手を上げた。
三人いるうち一番小柄な青年で、彼は「そこにいるレヴェリーさんと一緒でちょっと人前で話すのは苦手なんです」と言う。
その発言を聞いたロックバイソンが気づいて「あっそうだ、レヴェリーさんは場面緘黙症とかで話すのが苦手なんだそうだよ、彼女もどうなんだ? あんまり急かさないでやってくれよ」というのでレヴェリーは内心苦笑した。
 まあでもタイガーの花びらと話をしているとどうしてもワンテンポ切り替えに遅れるからもういいやそれでと思った。
しかし少し不安になることが。
今目の前に居る花びらたちがうるさいせいもあるのだが、しおりに挟んである方のタイガーがうんともすんとも言わない。聞こえてないのかなと最初は思ったが何も喋ってないのが本当のようだ。まあ何度も言うが目の前の花びら六百万枚のつぶやきというか独り言がうるさくてイライラするので今チャンネルを故意に人間側にあわせてるというのもあるんだけれど、いつになく無口でちょっと怖い。
しおりのタイガーの花びらにだけ完全にチャンネルを合わせ切ってしまうことも出来たのだが、それをやってしまうと今度は他の音も全シャットアウトになってしまうので諦めた。ここいらは訓練の余地ありね……。そう思ってちらりと胸ポケットをみやる。
 すると先ほどの青年がじっと自分を見ているので慌てて姿勢を正した。
いつも変な口パクをしている女だと思われてたらどうしよう。
「……」
 アニエスはその後幾つかボランティアたちに確認を取り、それから番組の流れを一通り説明した。
バーナビーとアントニオも流れをその場で一通り把握、その後ボランティアと見守りの婦人警官から少し離れ、三人でタイガーが元に戻った時のエンディングと、戻らなかった場合のエンディングについて打ち合わせをした。
 バーナビーは元に戻らなかったことはあまり考えたくなかったが、これは必要な打ち合わせだった。



 ワイルドタイガーが復活する。
その期待とお楽しみ感覚とでシュテルンビルト市民は十七分署手前、セントラルパーク広場に数千人、テレビの前に数十万人が陣取ってHERO TVの放映を今か今かと待っていた。
日曜日最後のビッグイベントだ。アニエスが予想した通りこの特番は大層な視聴率を稼ぐだろう。
このワイルドタイガーを超個体化してしまったNEXTが誰であるかは未成年ということで伏せられていたが、NEXTを快く思わぬ者、腹に一物持っている者たちは水面下で暗躍を始めていた。特にフォートミューロ財閥に対して積年の恨みを抱えているNEXTはこの国には多くいた。そしてそれらの人々がもつネットワークも侮りがたいものになっていた。事実幾つかの脅威はアレックスと警察の動きを的確に捉えていたのである。しかしそのことを肝心の警察と司法局の方が殆ど把握していなかった。
 不穏な状況だったが当然OBCやヒーロー達もそんなことを知る由もなく、いつも通りHERO TVの特番が始まった。アレックスの到着を見越して早めのスタートとなった。
テレビの前の人々はこの事件の振り返りを聞く。レポーターはお馴染みのマリオで、彼は今第十七分署の上空から市民に向かってレポートを届けていた。シュテルンビルト市街とセントラルパークの広場の人々は街頭モニターと、これまた上空をゆったりとした動きで横切っていく二つの飛行船の巨大モニターでHERO TVが始まったのを知る。
 約六十四キロまで集まったワイルドタイガーが変じたという花びらは枚数に換算するとなんと六百万枚に相当するという。
それもこれもシュテルンビルト市民の協力あってのことだ、皆さんのご協力に感謝しますとマリオが振り返りを締めると、誰からともなく拍手が沸き起こり、シュテルンビルト全体を揺るがす大音響となったのだった。
 第十七分署の出入り口を守るヒーローたちにもスポットが当たる。
ブルーローズとドラゴンキッドが手を振り、それに市民が熱狂的なヒーローコールでもって応える。
十七分署内部の様子がカメラに映し出され、ホール一杯に山と積まれた花びらを見て人々は感嘆した。
単純に美しいというのもあるのだが、やはりその量の多さに驚かされたからだ。良く集めたもんだとロックバイソンがしみじみ答え、初日は大変だったんだと大仰なジェスチャーを交えつつ説明した。
バーナビーも笑顔でアニエスのインタビューに答え、もし今回NEXTを解除することが出来なくてもご心配なく、ワイルドタイガーには切り札があるんですよと市民にウィンク。シュテルンビルト市民を安心させる為でもあったが、実際のところ楓という存在があったので最悪楓に能力をコピーさせれば解除することは可能だったからだ。多少時間がかかるにしろ、楓は自分がコピーした能力を把握するのが非常に上手い。それにワイルドタイガーは彼女の父親で「元に戻したい」と願うそれは全てのNEXT条件を凌駕する。事実マーベリックの能力も何をコピーしたかすら知らない段階で解除してのけていた。だからバーナビーはアレックスが虎徹を元に戻せないかも知れないと知っていて尚、虎徹が元に戻ること自体は疑っていなかった。心配していたのはどれだけかかるか、それだけだ。
 和やかな雰囲気でHERO TVの放映が進んでいく中、最初にその異常に気づいたのはそろそろ降りようかとセントラルパークに急遽設置されたヘリパッドに向かって下降しつつあったヘリコプター搭乗のマリオだった。
 こちらの方角に向かって一台の車が逆走してくるのが見える。
最近多い高齢者の認知事故の一つなのかと思い目を凝らしたが、その車は見事なハンドル捌きで対向車を避け、真っすぐにマリオのいるセントラルパークに向かって突っ走っているではないか。最初は遠かったのもあって特に気にしていなかったが、それが猛烈な勢いで近づいてくるのを知って眼鏡を上げて目を擦る。そしてそれが見間違いでもなんでもないと確認し、マリオはマイクに叫ぶように言った。
「た、大変です! 車が暴走してきています! しかもあの車は――ぼ、防弾車両?」
 その音声は幸いなことにHERO TVの回線に乗って警察回線にも当然届いた。
既に何台かのパトカーがこの逆走車両の追跡を始めていたが、勢いが違う。そしてマリオが看破したようにその車は普通の車ではなく、外見上はそこいらにあるファミリーカーだったが装甲車並みの強度を与えられた防弾車だったのだ。
多少の接触もなんのその、警察が放つ銃撃にもびくともせずよりいっそうスピードを上げて大通りを突っ走っていたと思っていたら、途中の交差点で強引に右折した。このスピードで曲がれるものなのかとマリオは内心驚嘆した。
何が目的なのか判らないが、これは事件だとマリオの直感が告げている。後はこの暴走車に対してヒーローの出動要請が発動されるかどうかだ。
マリオは着陸指示を取り消してヘリの操縦士に再び上昇するように告げた。このまま上空からレポートするのがこれは正解だろう。
 ヘリのカメラがその車を追い、HERO TVは二画面放送に切り替わる。
不安そうにモニタを見上げたのはブルーローズで、ドラゴンキッドは動揺の広がったセントラルパーク広場の前の市民たちに向かって「大丈夫だよ! だから指示がある迄みんなそこから動かないで!」と声をかけた。
 アニエスの方もヘリから回された情報を拾い、警察または司法局からの指示を待つ。
バーナビーはこの切れ切れに入ってくる情報を漏れ聞いて嫌な予感に身を震わせた。
まさかと思うがその暴走車の向かう先はここなのではないだろうか? 何故そう思ったか判らないのだが、このタイミングでこちらに向かってくる暴走車両が自分たちのこの問題に全く無関係とはどうしても思えなかったのだ。案の定、鋭い警報が第十七分署内に轟き渡った。警察におけるこれがエマージェンシーコードだということにバーナビーは勿論、その場にいた誰もが知らなかったので全員がびくりとすくみ上った。
 そんな中一人だけ動じず応対していたものが居る。この放映の為に配置された唯一の婦人警官だ。彼女は自分のインカムに向かって何事か叫ぶようにやりとりすると、振り返った時は蒼白になっていた。
「大変です! その車が向かっているのはどうやらこの十七分署のようです! セントラルパーク広場に集まっている市民の避難を! もしかすると群衆に突っ込む気なのかも知れません。幸いセントラルパークは広いですから中央広場の方まで下がって頂ければ問題ないかと。ヒーロー達には応援要請が来ています、そろそろ司法局からも連絡が――」
 その時PDAがエマージェンシーコードで立ち上がった。
司法局 ヒーロー管理官 ユーリ・ペトロフの音声だと直ぐに気づいた。
「暴走車両の目標は第十七分署、恐らくそこに集合している市民の可能性が高い。至急市民を避難させ、警察との連携を取るように」
「了解しました」
 アニエスが代表してそれに答え、バーナビーとロックバイソンを振り返る。
「まずここのボランティア六名を避難させないと。バーナビー、ロックバイソン、外の市民と同じように中央広場まで避難させて頂戴。戻ったら署前警備に加わって。もしもの場合迎え討つわよ」
「判りました。アニエスさんはどうします?」
「勿論一緒に出るわ。今ちょっと聞き取りにくいけど、警察署内から退避しろって命令が来てる。例のNEXTがまだ到着してなかったのが不幸中の幸いかしら?」
「了解です」
 それからアニエスはインカムに向かって叫んだ。
「至急避難開始! スカイハイ、折紙サイクロン、ブルーローズ、ドラゴンキッドはセントラルパーク中央広場まで市民を誘導、その後十七分署持ち場で待機!」
「了解!」
 こちらも直ぐに他のヒーローたちから返答があり、バーナビーとアントニオはどちらからともなく顔を見合わせて頷いた。
しかし直ぐに再び今度は警察からコールが入る。アニエスは「なんですって!」とインカムに叫んだ。
「車両の足止めに失敗した上に更にスピードを上げて来たって警察から! 猛烈な勢いでこちらに向かってきてるようよ。時間がないわ貴方たちも市民たちの誘導に行って頂戴!」
「アニエスさんは?」
「皆さんの避難誘導は私がやります! ですから早く!」と婦人警官も叫び、それから「ヒーローの皆さんにお願いする他ありません。車両も問題ですがどうやらその暴走車に乗っている者がNEXTらしいのです。普通の警察では止めることが出来ないのではと」
「行って、あんたたち、市民を守るのが先決よ」
「判りました」



 バーナビーとアントニオがその場から飛び出して行った後、婦人警官はてきぱきと残った人々に指示を出す。
これから一階に下りますが正面玄関にはバリケードを今形成しているらしいので裏口に誘導しますとのこと。そこからセントラルパークに行くには大通りを一度渡らなければならないので、今から八軒ほど先にある派出所まで行こうということになった。
室内カメラが捉えたのはそこまでで、OBCのカメラスタッフも設置型のそれはどうしようもないので緊急用のカムコーダを取り出すとそれを構える。
それから自らも避難しつつ、避難者たちの後ろ姿をそのカメラに収めた。
ホールから出ると署内は騒然としていた。署内担当だった者は他僅か数十名だったが、それらがみな武装して殺気立っている。
食堂ホールは二階だったので気づかなかったが、一階は大変なことになっていた。
 この暴走車の件は十七分署にこれから来るはずのアレックスを狙って事だろうと予測されたが、アレックスがそう簡単に確保できるとは思えない。
暴走車がそのままアレックスを確保してそのまま逃げおおせる路線はあり得ないと言っていい。だとするとこの暴走車はそちらに目を向けさせるためのおとりであり、狙いは別のところにあるのだろう。
実際この事件で交通が滞っている。アレックスも下手をするとどこかで渋滞に捕まっている可能性が高い。
そうなると車を捨てて徒歩で十七分署に向かう? いや今この情報は警察には伝わっているだろうしだがそれは同時に犯人にも伝わっているだろう。
車を捨てるのはまずいか? 相手がどんなNEXTなのか判らないのは痛い。しかしここいらはもうアレックス担当の警察に判断を任せるしかないだろう。そう、こちらはこちらで何千という第十七分署前に集まっている市民の安全を確保するほうが大事だ。ある意味人手を此方に割かせるという目論見はこの時点で百二十パーセント成功したといっていい。今どこにいるか判らないアレックスにヒーローを向かわせるのは現実的ではないし、逆にアレックスの居場所を知らせることになってしまうからそれは司法局も許可しないだろう。
 そこまで考えた処でアニエスは婦人警官の急かす声に我に返った。
「裏口から出ます! みなさんついてきてください!」



 一方レヴェリーは突然のこの展開に状況把握がついていけなかった。
えっ、何、どういうこと? なんで暴走車がここに来るの? 何が起こってるの。
レヴェリーは当然アレックスのことなど知らなかったし、タイガーを花びらに変えたNEXTが本国最大の財閥の御曹司だとかそんなものは全く知らなかった訳だから普通に混乱した。
 ただこの時全くそういった外部情報がなかったお陰でレヴェリーだけはこの暴走車が狙っているのはワイルドタイガーなのではないのかと気づき得たのだった。というかレヴェリーにはこの事件、ワイルドタイガーというヒーローが花びらになっちゃっただけという認識だったので、狙われるものの心当たりがタイガーしかなかっただけなのだが、皮肉なことにレヴェリーだけしかこれに気づく者がいなかった。
 実は業界に黎明期から存在した唯一のヒーロー関係者であるベン・ジャクソンだけはこのことを少しだけ危惧はしていたのだが、バーナビーもそれを察することができず、ベンも考えすぎだろうと流してしまっていた。そう、警察署内に虎徹は集められているのだから大丈夫だろうとそう高を括ってしまっていたのだ。まあよしんばベンがそれを危惧して警察署に対応をお願いしたとしても今以上の対応にはならなかっただろうが。
 あれよあれよと言うまにバーナビーとロックバイソンが飛び出して行って、アニエスほかOBC職員諸共避難する為に移動することになった。
「あ、あのっ、そのえと、た、タイガーはこのまま、なんですか?」
 早く早くと急かされて外に出されながらレヴェリーはアニエスと婦人警官の背中に言った。
「?」
 アニエスが振り返る。
「避難が先よ。タイガーを移動させるにしてもこの量、衣装ケースに突っ込むにしても時間がないでしょ。とりあえずここを閉鎖するだけで大丈夫でしょう、二階だし。もし車両が突っ込んできたとしても一階で防げるわ」
「後で私は戻ってきますから」と、婦人警官もそうレヴェリーを促した。
 渋々と後に従って階下に降りると大変な騒ぎになっており、レヴェリーはざわっと自分が毛羽立つのを感じた。
何故なら警官が全て武装していたからだ。
思った以上に大事なのだと知り、レヴェリーはタイガーを慮る余り遅れがちになっていた歩を慌てて早めた。
 そして第十七分署の裏口から出ようとしたその時、それまで全く無言だったタイガーの花びらがこう囁くのを聴くのだ。
「いままでありがとなれうぇりーげんきでやれよ」

 ?!

それって今言う事? レヴェリーは聞き間違いかと聴覚範囲を拡大して問い返した。すると胸ポケットの手帳に挟まるしおりのタイガーの声ではなく、ホールにおいてきた花びらたちの声がこう言っているではないか。

「あっなにしやがんだ」「やめろよつめてーよ」「やっぱこうなったか」「ばにーにさいごおわかれをいえなかったのがこころのこりだなあ」「しかたがないなるようになるんだろう」「さびしいな」「なんでこうなったんだろうな」「ばにーごめんな」

 レヴェリーが最後の俺の希望だ。

レヴェリーは振り返った。そして自分の後ろについてきた筈のボランティアのもう一人――インタビューを拒否した青年の姿がないことに気づくのだ。
胸ポケットでタイガーが静かに言った。

「ひなんしろれうぇりー、もどってはだめだ」

 反射的にレヴェリーはタイガーの花びらの言うことを無視した。
喧騒の中、レヴェリーが自分の後ろからついてくると信じて疑わなかった青年が離脱したのを気づけなかったように、先行するアニエスも婦人警官もレヴェリーが離脱したことに気が付かない。
 駄目だやめろ、このまま避難するんだレヴェリー! そうタイガーの花びらが喚くのが判ったが知ったこっちゃなかった。



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