Novel | ナノ

桜歌 Celebrate Kirsche9(1)


Kirsche9


 ワイルドタイガーが桜の花びらに変じてシュテルンビルト中に散ってしまってから丁度一週間目。
再び巡って来た日曜日に、シュテルンビルト市民約十万人がまたもや結集した。
今度はセントラルパークという狭い範囲ではなく、シュテルンメダイユ地区三階層全域という途方もないエリアが提示され、市民は各々各自の判断で捜索に参加することになった。
その為実際ヒーロー達はどれぐらいの人がこの捜索に協力してくれているのかいまいち把握していなかったが、実際のところ初日の参加者より更に多くの人間がこの捜索に協力していた。ちなみにシュテルンビルト市民ではない観光客も協力していたりする。
 既に九十%以上収集されていることが報道から知れていたので、初日の悲壮さはなくなり、代わりに楽観的な雰囲気が捜索者の間では漂い始めていた。
 そんな中、アントニオとバーナビーが密かに期待したようにレヴェリーは恐るべき正確さで次々と花びらを集めていく。
なんのことはない、ワイルドタイガー本人がレヴェリーに自分の居場所を教えていたからなのだが、そんなことは知らないドラゴンキッドは「どうして?」と心底不思議そうだった。
「ねえねえ、透視能力があるの? だってここどうやっても見えないところでしょ?」
 ロックバイソンから「彼女は選り分け班の中でもダントツなんだ。何処にタイガーがいるのか彼女ほど正確に探し当てられる人はいないと思う。ドラゴンキッド悪いけど、彼女――レヴェリーさんの補佐をしてやってくれ。彼女の手が届かないところとか、取りに行けそうもないところとか、お前なら行けるだろ? 一緒に行動したほうが効率いいかも知れないぞ」とは言われていたもののそこは半信半疑。
自分だって電池を充電し続ける限り花びらが青く見えるのだから条件は一緒の筈だと思っていたが、そういう話ではないとパオリンも気づいた。
 ドラゴンキッドに聞かれてレヴェリーは人間の聞こえる音の範囲に声帯を調整しなおす。
どうしてもこの作業で変な間が空いてしまうのだが、そこもロックバイソンはきちんと伝えていってくれたのでそれ程奇妙に思われずに済んだようだ。
「私のNEXTは主に音を聴くことなんです。あらゆる波長の音を拾えるからです」
「タイガーが喋ってるって本当なんだ?」
「本当です。喋ってるというかまあ独り言ですね、大抵は」
「そうなんだ。それってそんなに聞こえるの? そんなに大声で喋ってるの?」
 割と的確に探られると痛いところをついてくるなあとレヴェリーは思ったが、「ええ」とにっこり笑う。
「私のNEXTは元から人には聞こえない波長の音も聞こえるので、音の大きさはあんまり関係ないんです。ワイルドタイガーが大声で喋ってるのではなくて、私が調整して聞き取ってるだけだと思います」
「そっか〜」
 そう言いながら電池をヒーロースーツに仕舞って自分の後を興味津々ついてくるドラゴンキッドに、レヴェリーは聞こえないと判っていても声を潜めてタイガーの花びらに聞いた。

 ねえ、タイガーどうするの? ドラゴンキッドには貴方と会話できるって教えたほうが――

「だめだ」

 ああもうーとレヴェリーは頭を押さえた。

 何で駄目なのよ。これ私が変な人だよドラゴンキッドかなり勘がいいヒーローな気がする。ねえ、もういいじゃないここまで集まったなら後は時間の問題でしょ。大丈夫だよ、それなりに集まると思う。問題は貴方NEXTから見るととても綺麗な花びらだから、下手すると私みたいにしおりにしたり、財布に仕舞われちゃってるのが幾枚かあるような気がするけど、百枚ぐらいなら問題ないでしょ。

「おまえすごくこわいこというな」

 それは考え付かなかったとタイガーの花びらが嫌そうに答えた。
そうかそういうこともあるかもしれない、感知できない真っ暗闇の中の俺が何枚かいる感じがするんだ。それがどこだか判んねえからそういうのはもう俺自身諦めてたけど、そうか俺をお前みたいにしおりかなんかにして大事にしてるやつもいるって事だな。まあそれは仕方がない髪の毛なんかそうだけど俺とかバニーのものを後生大事に持ってる人が実際いるもんな、気味悪いけど。等と言う。
しかし頑としてヒーロー達に自分の存在を話すことはよしとしなかった。
 だからなんでなのよとレヴェリーは流石に今度ばかりはと食い下がったが、ドラゴンキッドに自分の存在を教えたらなし崩しにバニーにも知れるから嫌だとのこと。
バーナビーに知られるのがどうしてそこまで嫌なのかレヴェリーはそこからして良く判らない。何か理由があるのか頼むから私が納得できるような説明をしてくれと更に追及するとやっとのことで渋々といった風にこう答えて来た。

「おれのかんがばにーにしられたらまずいことになるといっている」

 何よそれ、なんなの……?

随分とまあ抽象的な答えだことと言うと、タイガーはなんだか判らないがこれはとても大切な事なんじゃないかって気がするんだと言って来た。
その返答に暫く頭を悩ませていたが唐突にレヴェリーも閃いた。

 もしかしてあれ? NEXT能力解除の法則みたいな奴? なんだっけ、正答を知っている人は解除できないみたいな変な縛りを持ってる能力者いるよね。ええ〜、嘘でしょ……。ああでもタイガー的にはバーナビーがそのキーパーソンなんだ。彼しかこの能力を解除できる人が居ないってこと?

「でなければそのねくすとのもちぬしだけだろうそうだといいが」

 そっか、じゃまずいか……。可能性の消去法ね。判ったわ、慎重に行きましょう。

やっと納得いく答えを得られてレヴェリーは気を引き締めなおした。
ビルの隙間や路地裏の小さな排水溝の中、歩道の小さなくぼみ、ゴミ捨て場の僅か端など。
ビルの上にまで吹き上げられたものはスカイハイが、排水溝の下はドラゴンキッドだけではなく多くの市民が手を貸してくれて中を改めた。
ついでにゴミ掃除にもなりいつぞやのクリーンキャンペーンみたいになってるねとドラゴンキッドやブルーローズが笑ってPDAで会話しているのを横目で眺め。
そして思った以上にシュテルンビルト市民たちも頑張ったようで、この日曜日でなんとか一キロ弱を集めきることに成功した。
 午後六時の時報と同時に突然街頭テレビに速報が流れ、今日一日シュテルンメダイユ地区を取材していたであろうHERO TVのプロデューサーアニエス・ジュベールが目標到達を高々と宣言した。
 その時まだレヴェリーはタイガーの花びらに急かされながら近くにある花びらを収集しており、傍にはずっとドラゴンキッドが同行してくれていたのだが、二人とも同時に街頭テレビを見上げた。
「市民の皆さん、HERO TVのプロデューサー アニエス・ジュベールです。この度は超個体化という特殊なNEXTの被害にあったワイルドタイガーの収集に手を貸して下さってありがとうございました。本日十七時四十五分の集計で概ね目標数である六十四キロを集めきることに成功しました。今も手元に彼を持っている方がいらっしゃることでしょうので明日の午前中までに最寄りの警察署かアポロンメディア関連施設及び、司法局関連施設の方にお持ちより下さい。ワイルドタイガーのNEXTを解除する段取りを整え、明日の午後、第十七分署で解除工程を進める予定です」
 ドラゴンキッドが輝くような笑顔をレヴェリーに向け、レヴェリーもまた街頭テレビを見上げ、それからドラゴンキッドを見た。
「やったあ! ああよかった〜、これでもう大丈夫だよ、レヴェリーありがとう!」
 屈託なく抱き着かれてレヴェリーも思わず笑んだ。
自分より年下だろうとは思っていたが、実際に初めてリアルで会ったドラゴンキッドは思った以上に幼く感じた。
総じて東洋系は若く見られるせいもあるのか、こうやってはしゃいでいる彼女は学校の後輩たちとあまり変わらなかった。
それからじわじわと脳裏を満たす達成感!

 やったわタイガー、多分だけど後五百グラムぐらい足りないだけで大体集めきったわよ!

それからはっと気づいた。

 タイガー、しおりの貴方どうする? もう一回第十七分署に入れればいいんだけど、明日大丈夫かな。もう私たち選り分け班は用無しだから入れないとしたら今のうちにこの中に混ぜちゃおうか?

 手にしたストックバッグをちらりと見て、それから胸元の手帳を見る。
ノリはがしがないからべりっと引っ張って取るか、しおりを花びらの形に千切るか思案していると、それまで無言だったタイガーの花びらがこう言った。

「ありがとうれうぇりーほんとうにかんしゃしてるきみがいてくれてよかったこれがおそらくさいごのおねがいになるだろうどうかおれをそのままおまえがもっていてくれ」

 ええ? なんで?

 レヴェリーは隣にドラゴンキッドがいるのも忘れて飛び上がった。

 ちょ、ちょっと待ってよタイガー、私思うんだけど貴方かなり重要なパーツじゃないかって思うんだけど! 他の花びらとなんか違うしほらなんていうか核な感じがするのよ。貴方が居ないともしかしたら元に戻れないんじゃないの? 

 それはまずい気がする! とレヴェリーが言うも、タイガーの花びらはまたもや頑なだった。

「おまえのそばにおいといてほしいたのむれうぇりー」

 また理由は教えてくれないの?

そう聞いたが今度はそれには答えがない。ああもう、なんでぇ? とレヴェリーは一人その場で苦悩する。突然思案顔になって額を右手で押さえるレヴェリーの様子に、ドラゴンキッドが頭でも痛くなったのかと声をかけて来た。
「だ、大丈夫? 頭でも痛いの?」
 慌てて声帯のチャンネルを通常域に戻し、少しどもりながらもそうではないと否定し、愛想笑いをした。
大丈夫? とまだ心配そうだったが突然ドラゴンキッドのPDAが作動してそちらに顔を向ける。
レヴェリーの間近で起動したそれには先ほど街頭テレビに出ていたアニエスの姿が映っていた。
「ドラゴンキッド? そちらはどう? 本日十九時にジャスティスタワーでミーティングね。今日集めた分は貴女が回収して第十七分署に届けて欲しいの。ボランティアの方たちはそこで解散ね。後日アポロンメディアから給与は振り込むから」
 やはり今日タイガーをしおりからひっぺがしてこのストックバッグに突っ込んで逃げるかと半ば本気で検討していたレヴェリーは、その後に続く言葉に目を見開いた。
「タイガーの例の解除だけど実況することにしたわ。第十七分署の手前にある広場を待機所として開放、市民もこれだけ協力してくれたんだしある程度はサービスしなくちゃね。それに上手くすればタイガー復活時に直ぐ出ていけるでしょう。こんな視聴率のチャンス逃す訳に行かないわ。生中継するから。それと選り分けに参加してくれてたNEXTって六人だっけ? 彼らは特別に特等席へ招待しましょう。選り分けしてた例のホールで解除するらしいから。彼らの功績についてはロックバイソンから聞いてるわ」
 ドラゴンキッドとレヴェリーは顔を見合わせた。
「聞いた? やったねレヴェリー、明日来てくれるでしょ?」
 そうドラゴンキッドに聞かれてレヴェリーは何度も頷く。
良かったこれなら明日復活時にタイガーの花びらたちの傍に居れる。それなら自分がこのしおりにくっついた花びらを持っていても問題ないだろう。
もしかしたらこれが核になる花びらかなにかでこれがないと復活出来ないとしたらどうしようと内心かなり焦っていたレヴェリーはほっと胸を撫でおろした。
 その後ドラゴンキッドたちヒーローはPDAで連絡を取り合い、各々のエリアでボランティアを含め市民たちからは離脱することになった。
レヴェリーはストックバッグをドラゴンキッドに託し、帰宅の道すがらまだ探索を続行し、明日十七分署に直接届ける旨を伝えた。
 ドラゴンキッドは宜しくね! と明るく言い置いてその場でバーナビーが来るのを待つという。
ワイルドタイガーの花びらが一番多く見つかったのはレヴェリーとドラゴンキッドが担当した北西側で、丁度オデュッセウスコミュニケーションビルのブロンズステージ基底部に吹き溜まりが出来ていたためだった。
 極寒のシュテルンビルトの大気が温み、春めいてきて暖かな南風が吹いた日に、タイガーは桜の花びらに変化した。
 なんともメルヘンチックな事だわとドラゴンキッドと別れ家路を辿りながらレヴェリーはしみじみ思い空を見上げる。
紫とオレンジ色の不思議なコントラストを描く春の宵に一つ二つと星が輝き始めていた。

「ありがとうなれうぇりーもしこれでおれがもとにもどれなくてもくいはないよ」

 どうしてそんなこというの?

 レヴェリーは優しく聞く。もしかしたらこれが本当の理由かと実は最初から心当たっていたことがある。ただ怖くてレヴェリーはそれをどうしても口に乗せることは出来なかったし、ましてや当人であるタイガーにはどうしても言えなかったから。
 NEXTというのは本当に不思議だ。
その力を持つ本人にだって実は良く判っていないものなのだ。自分のかけたNEXTの呪縛が解けずに一生を終える人もいるという。レヴェリー自身も今回ワイルドタイガーの花びらとこうして過ごして初めて知ったことがたくさんある。自分のNEXTが聴覚のみならず声帯にまで及んでいるものだということ、様々な音域を聴くだけではなく、人間とは異なる存在のものとも意思の疎通が出来る可能性があるということに気づかせてくれた。
一生ただそのままぼんやりと生きていたら絶対に気づくことは無かったろうと思う。そういった意味でタイガーには災難だろうがこの事件はレヴェリーにとってまさに人生を転換させる福音足りえたのだ。

 もしさ、戻れなかったらずっと傍に居ていいよ。私がずっとタイガーの通訳になってあげる。

 それは本心ではなかったが、本心の一部ではあった。
もしもそうなったとしたらきっとバーナビーは立ち直れまい。例えワイルドタイガーの欠片がそこに残っていて、少しばかりの意思疎通が出来たとしても彼はそれ故にもっとずっと苦しむだろう。ああだからこそタイガーは言いたくないのだろう、自分の無事が確定するまで。何故ならそうやって消えていった人たちが沢山いるのを私は知っている。NEXTは人にとって重すぎるとは誰が言った言葉だったろうか。多くの……人が苦しむ、何のためにある力なのか判らないまま、絶望して命を絶つ人も沢山いる。なんの道しるべも見つけられずに終わってしまうことも多いのだと。NEXTだから知ってるよ、タイガー。私たちは星を拾ったんだと誰かが言ってた。シュテルンビルトであった多分誰か不運なNEXTの裁判、そのさなかに裁かれたNEXTが言った言葉だったろうか。
 星を抱きし者、汝苦難を歩むもの。
星を拾える者は少なく、そしてそれを抱きしめ続け、なおかつ歩み続けることが出来る者は更に少ないのだと。いつか抱きしめた星の重みに挫けてしまうこともあるかもしれない。その星は自分以外には見えないから手放してしまいたくなることだって幾度もあるだろう。長い人生それでもNEXTたちはそれぞれの星の形を抱きしめながらこの街で生きている。その辛く孤独な道ゆきをいつしか先導する者が現れた。一人じゃないよ、皆同じように背負って生きてるんだと、歩き続ける人が君の他にもいるんだと。
 それを目に見える形で具現してくれている人が居る。誰よりも険しい最初の道のりを歩んで導いてくれる、それがシュテルンビルトのヒーローたちなのだ。

「大丈夫だよタイガー、貴方なら絶対大丈夫」

 レヴェリーは自分に言い聞かせるようにそう独り言ちた。



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