Novel | ナノ

桜歌 Celebrate Kirsche2


Kirsche2


 なんとかしろというお達しだったので、バーナビーは即日なんとかした。
きっぱり全面否定の方向で。
臨時でトーク番組に幾つか出番を捻じ込んでもらい、これは何処の局ももろ手を挙げて歓迎してくれたのでなんとかなった。
虎徹にもロイズにも司法局にも警察までもに、現時点付き合ってる人間についてはオフレコでときつい箝口令を敷かれてしまったのでいっその事全面否定した方がいいと思い立ったのだ。
これまた警察の方には「強く否定すると何故か人間というものはそれを信じないことが多いので出来るだけソフトに」と言われてはいたのだけれど、面倒なのでこの指示は無視。
「最近僕の結婚詐欺が横行しています。騙されないで下さい、それは僕ではありません。はっきり言いますが、僕はヒーローであるうちは結婚しないことにしています。ですから今の段階で結婚をちらつかせる奴がいたらそれは僕の代理人でもましてや僕自身でもありません。そんなものに騙されないでください。そして僕は好きな相手に好きだという為に代理人を立てたりなんかしません。もし好きな人に愛してるというのなら正々堂々と真正面から言いに行きます。返事は簡潔に判りやすくなければその時点で終わりです。私なんか、とか私のようなものが、とかそういう謙遜も必要ありません。自分自身を素直に大切にできる人が僕は好きですから。変に恥じらいとか駆け引きなんかいりません」
 なんか喧嘩売ってるみたいになってたぞ。
と、それは後から虎徹に言われた感想である。
「だってもう、なんかもう」
 バーナビーはその時ヒーロー事業部に帰ってきていたが、立て続けに昼に放映されるトーク番組に出演したせいで疲れ切っていた。
しかもこれで終わりではなく、夜のトーク番組もあるのだった。
 折角の週末で、やっと虎徹さんにくっつけると思ったのにあんまりだ。
「あれもそれもこれも全部やろうと思ってたのに。一週間分」
「俺が死ぬからやめて」
 机に頭を預けてぐったりしているバーナビーのつむじをちらりと見やり、虎徹は自分のパソコンで仕事を続行しながらバーナビーの希望を無碍に却下。
「ホントにお前のあれ、笑えないからやめて。もうちょっとお前が枯れてくれないと結婚はしたくねえな〜」
「枯れてくれないとってなんですか。彼氏が不能でいいんですか」
「うーん、不能までとは言わないけどさー、絶倫は微妙だぜ、バニー俺もう四十なのよ。お前と違うの。おじさん労わって」
「嫌です」
「労わる気ゼロかよ」
「労わってますよ、僕今週何もしなかったじゃないですか。そんな暇もなかったけど、会社でだって家でだって我慢してるじゃないですか」
「まあなー、おじさん的には、毎日少しずつの方がいいなって最近思ってるよ。七日分まとめてやられる方が辛いんだなこれが」
「ホントですか?」
 がばっと突然バーナビーが机から顔を上げたので、虎徹が自分の席でびくりと身を竦ませた。
「ああ、うん。まとめてじゃなくて分散してくれた方が俺の身体も楽だし俺も嬉しい」
「どこで? アポロンメディア内なら大丈夫ですか!」
「いや、アポロンメディアでも他の部門じゃまずいだろ、廊下もまずいな、他の部署の奴らが結構通るし」
「じゃあ、ヒーロー事業部なら?! ここならどうです?」
「ええ? おお……?」
「それともロッカールーム? レストルーム?!」
「いやいやいや、レストルームって何? 何しようとしてるんだよ! そんな本番は会社じゃダメに決まってんだろ! なんかおっかないなお前」
「じゃあ何をさせてくれるんです! 分散ってなんですか。どの行為?!」
「タッチとかハグとか、せいぜいキスぐらいまでだよ! それもそんな濃厚な奴じゃなくて挨拶程度の! お前の欲求不満ってあれだろ? 俺との接触不足つーか、その会う機会が少ないところから来てるんじゃねぇの? わかんないけど! 付き合うって言う前そんなにがっついてなかったじゃん、だからあの絶倫は俺的には単に気持ち的に足りないんじゃないかって思ったんだよ、す、す、スキ、って気持ちじゃなくてなんだっけ、その」
「スキンシップ?」
「そうそれ!」
 じゃあお許しが出たので早速。
ナニ? と虎徹が聞く前にバーナビーが手を伸ばしてきて首から上をホールド。
そのままぐきっと顔をバーナビーの方に向けさせられた途端、食いつくようにキスをされて虎徹は「んーーーーーー!!」と声にならない叫びを上げた。
その様子を見て、仏頂面ながら今まで無言でスルーしていたおばさんが、思いっきり咳ばらいをした。
「職場で馬鹿な事してないで、早く仕事終わらせなさいよアンタたち」



 欲求不満爆発気味のバーナビーを持て余して、虎徹は早めの昼食にバーナビーを連れ出すことにした。
どうやら二人のやり取りに辟易していたらしいおばさんはそれを快諾。なんやかんやでバーナビーの愚痴を聞き、ある程度相手もしてやり昼食を終えて事業部に戻ってくるとロイズがいた。
おばさんと何やら話しているので虎徹がどうかしたんですかと聞くと、二人とも神妙な顔で振り返ってくる。
それからロイズが手招きをした。
「?」
 バーナビーと虎徹が二人に寄っていくと丁度二人が昼食に出て行ったタイミングで警察が来たという。
「NEXT絡みの詐欺師は全部捕まえたらしいですが、最後の例の素でバーナビー君に似てるという件の」
「ああ」
 普通人なんでしょう? と続きを促すとロイズは彼はその手のプロで、詐欺師の中でもかなり凄腕なのだそうだと言った。
「凄腕の結婚詐欺師とな」
 どんなだそれはと虎徹が聞くが、知るわけないでしょうとロイズが返す。
「詳細は良く判らないんですけれど、彼は殆ど訴えられたことがないらしいんですよ。正確には詐欺を働いた当人に訴えられたことがないということみたいですが」
「意味が良く判りません」
 バーナビーがそういうと、ロイズも私も詳細知ってる訳じゃないんですけどねと続けた。
「詐欺にあった女性たちが彼に騙されたことを認めないらしいです。認めないどころか庇うらしくてね。それで大抵身内が代わりに訴えを起こす訳ですが、やはり当事者じゃないとね?」
 私も良く判らないですけどね、そういうことらしいですよと言う。
「で? その凄腕の結婚詐欺師が今度は僕のふりして結婚詐欺を行ってたと。その話がどこに繋がります?」
「消えたらしいです。忽然と。その消え方が異常だとか? それでマークしていた警察がNEXT絡みじゃないかということでこちらに相談があったんです」
「消えたっていきなり? 目の前で溶けてなくなったとか」
「そういうのではなく、全く所在が掴めなくなったというようなニュアンスでしたね。でも何故か警察もえらく歯切れが悪くて、こちらにどうしたいのか何を聞きたいのかさっぱりわからなかったんですよ。まあ、それが私相手だからってことみたいで、兎に角バーナビー君を出せと言ってきかなかったんですけどね。スケジュールが合わないことにはどうにもならないし、いきなりは無理だと言って今日はお帰り頂きました。後日アポイントを正式に取ってバーナビー君に話を聞きたいそうです」
「聞くも何も僕にはその詐欺師と接点ないんですけど、何を聞きたいんです?」
「さあ?」
 ロイズも自分もそう疑問に思ったと素直に言った。
「ただ、正式に申し込まれたら時間を空けない訳には行きませんので、これからスケジュールの調整をします。そうそう、今日の夜のトーク番組は全てキャンセルしました。これも警察からの要請で」
「?!」
 バーナビーは虎徹を振り返った。
虎徹はきょとんとしている。
「やりましたよ虎徹さん!」
「ええ、何」
「今日の夜の仕事がキャンセルってことは、出動がなければ今日は普通に帰っていいんですよね!?」
「? まあそうですね。定時に退社してよろしい」
 おばさんはロイズの後ろでしっしっと追い払う仕草をしている。
とっとと出ていけ、特にそれをなんとかしろと自分に言っているのだと虎徹は気づき一気に青ざめた。
「待って! 待って下さい、俺、まだ始末書全部書き終えてなくて……!」
「タイガーにしては今日かなり頑張ってたから、定時の時点で残ったらその分はあたしがやっとくよ」
「ありがとうございます!」
 バーナビーに力いっぱいお礼を言われて虎徹は悲鳴を上げた。
「ろ、ロイズさん!」
「君たち結婚するんでしょ。まあ虎徹君頑張ってね、バーナビー君のメンテナンス、よろしく頼むよ。後考えたくないから私の方を見ないで頂戴」
「ちゃんと家で! お昼の続きをやりましょう!」
「ひー!」
 手加減して、なあ、バニー手加減してくれよ、俺絶対マジ腎虚で死ぬ。大の大人が気絶するってどうよ、行為として奇怪しいだろ。大体出動あるかも知れないし、頼むよ、ホントに勘弁して。
 加減しますって、大丈夫ですよ! 
今週はこれで取り合えず土曜日を確保できたんですから上手くすれば土日に分けて―― 
 嫌だ!
 漏れ聞こえる虎徹の悲鳴と哀願を後に、ロイズはヒーロー事業部を出て重役室に戻りつつアポロンメディアは意外に平和なんだな、と思った。



 次の日、バーナビーはかつてないぐらい充足して目を覚ました。
こんなに満ち足りた素晴らしい気分になったのは久しぶりだと思う。
余りに気分が良かったのでとても早起きになった。いつもなら先に起きている筈の虎徹はまだ寝ている。
しかし起こす気はなく、午前中いっぱい彼を寝かせておいた。
彼が起きてから腹が減ったというので何かケータリングを頼もうかとすると「折角晴れてるのにずっと家の中は嫌だ」と言われ、ゴールドステージのセントラルパークへと向かう。虎徹は天気のいい日には必ず現れる屋台が好きで、その周りに設置される臨時カフェには良く長居した。
いつもそこにある喫茶店と違って毎回何処に現れるか判らない為、ヒーローの所在を事あるごとに追跡してくる所謂ヒーローグルーピーたちに比較的見つかりにくく、休暇を邪魔されないというのが大半の理由だったが、多分虎徹は家の中で第三ラウンドが勃発するのを回避したかったのだと思う。バーナビーはそこまで僕は無節操じゃないと言いたかったが、虎徹に関してだけは自分でも少し信用ならないと思ってもいたので特に反対はしなかった。
 セントラルパークの気持ちのいい芝生の前に臨時の喫茶店が出来ており、今日はそこを利用することにした。
バーナビーはカフェオレを頼んだが、虎徹はアイスミルクを頼む。珍しいなと思って聞くと、「刺激物は今取りたくないの!」と少し上目遣いに睨まれながら恨みがましそうに言われたのですみませんと素直に謝った。
 食事がすむと虎徹はテーブルの上に上半身事のさばる。
その様子にバーナビーは大丈夫です? と聞くと果たして虎徹はうんざりしたようにこう答えてきた。
「まだ体になんか挟まってる気がする」
 虎徹はぐったりとテーブルの上に突っ伏して、左手で自分の腰をさすっていた。
「ちゃんと処理出来ました? だから僕がやってあげるって言ったのに」
「お前がやるとそのまま次のラウンド突入だろ? 俺の命日下手したら今日の朝になってたよ。全然手加減しねぇんだもん。大体何回出したよ、無茶しやがって」
「だって嬉しくて。こんなの馬鹿げてるとは思うんですけど、虎徹さんと一緒にいるとなんていうか飽きることがないんですよ。もっともっとって欲しくなる。今まで僕相当我慢してたんだって思います。抱きしめるのも、キスするのも、許されたと思ったらもう止まらなかった。箍が外れてるとは僕も思ってます。ごめんなさい。今週ホントに貴方に触れられなかったから……」
「お前マジで俺がストレス解消になってるんだな。お前自覚ないだろうけど、たまーにさ、ハグしてくるとき癒される〜って声漏れてるもん。そっか、癒されるんだなって俺も出来るだけ許容できるように頑張って来たけどさ、悪い、今日はもう無理、マジで寝かせて。少し回復する余裕が欲しい。頑張れない」
「はい、すみません。大分復調しました。今日は添い寝だけでも充分幸せかも。たっぷり虎徹さんを充電しました」
「その充電期間って最大七日なんだっけ、次は水曜日にしよう。マジで小出しにして欲しい。お前俺を殺したい訳じゃないんだろ?」
「そんな! 死んだら後を追います!」
「ぜってーやめて」
 俺は死ぬことも許されないのかと虎徹はぶつくさ文句を口の中で言ったが、しゃーないな、とその場で諦めた。
「俺はお前の空気になるまで死なないよう頑張る」
「空気に?」
「友恵と付き合ったとき、俺も今のお前みたいに滅茶苦茶友恵を求めてさ、結構嫌がられた。しつこい、体がもたない、寝かせて欲しいとか色々な。でもそんぐらい大好きで離れがたくて、なんか辛い事あると友恵にハグしたりキスしたりすると癒されて充填された気分になって、そんなのがずーっと続いてた。でも楓が生まれる一年ぐらい前からかな、まあ友恵が妊娠したってのもあったんだけど、妊娠してる人にそんな無茶なセックスなんかしたらまずいだろ? 守りたいってホントに思った。愛しさが次の段階に入ったっていうのかな。愛しいが変化して、友恵が空気みたいな存在になった。希薄になったとか必要なくなったじゃなくて逆だ逆。息吸わないと人間死んじまうだろ? 友恵を補充しないと生きていけなかった俺が、補充の方法を呼吸に変えた感じ。いつでもどこでも、彼女が傍にいてくれてるって感じられるようになった。いや、信じられる、それが普通だって信頼? 安心? 兎に角なんか納得したんだ。俺は大丈夫、彼女を守れるって。抱かなくても、触れられなくても、俺が愛してるからいいんだって俺がある日納得したのさ。だから俺はお前にとっての空気になるまで取り合えず死なないように頑張るわ」
「ええ……、その後なんか死にそうですしヤですよそれ……」
「だってお前のその俺に対する執着と無茶ぶりって結局俺を信じられないところから来てるんだよ。俺を信じられないんじゃなくて、お前が、信じられてないの。俺がいつか先に居なくなる、置いて行かれる、例えば死ぬ、心変わりする、きっといなくなる。なんでかお前そっち信じてるんだよ。だからいつも不安で、俺の存在を確かめたくなる、だろ?」
「そんな、そうなんでしょうか……」
「でもいいんだ。それは仕方がない、バニーお前の生い立ちから考えても仕方がないことなんだ。こればかりは俺にも今すぐどうすることも出来ないし、なんとかするにしても時間がかかることだからいいんだ。お前の中の不安、俺に対する不信感、喪失恐怖? そんなもの全部お前の中で折り合いつけて大丈夫って思えるようになったら、不安は消えて、俺はお前の空気になる。だからそれまで俺は頑張る予定、なんだけど、おじさんごめんな、やっぱ歳なんで身体にガタがきてるみたいだ、マジ今日は寝かせてな?」
「は、はい。すみません」
 でも僕は昨夜本当に幸せでした。虎徹さんは辛いだろうのにすみません。でも本心です。本当に幸せでした。
「そうかそうか、良かったな」
 しかし虎徹ははたと気づいた。
友恵の時は楓を妊娠という物理的に相手を労わらなければならない事情が発生したこともあって、虎徹も徐々に変わっていくことが出来たが、自分にはそれが絶対にない。ということは、バーナビーは下手をすると一生変わらないままなのでは。
 ぶるぶると虎徹は首を振る。
だ、大丈夫だ、別に妊娠しなくても加齢があるし、体力だって落ちていくだろう。大丈夫だ、きっと大丈夫、あ、ヤな事思いついちゃった。俺が何かの病気になって相手出来なくなるとか。いやだがこれだとホントに俺が死んでバニーが後追い自殺になってしまう!
 いきなり思案顔になったと思ったら、首を振り出したり、赤くなったり真っ青になったり忙しい人だな。でも面白いなとバーナビーは一人で腰をさすりながら百面相している虎徹を観察していて笑ってしまった。
 しかし本当に辛そうだ……。
無意識なのだろうがずっと腰をさすっていてしかも前かがみだ。バーナビーはしみじみ反省した。本当に幸せで僕は満足したけれど、真面目に虎徹さんの身体の事はこれから考慮しよう。
でないとこの人壊れそうな気がする。精神的にはタフで頼りがいがあるのだけれど、抱いてみていつも思う。この人は自分より体格が一回り以上小さい。以前まだ今の距離にこれなかった頃、ずっと僕はこの位置に来たかった。虎徹さんと背中合わせに立ちながら、この人の背中はいつ僕の背中から離れて行ってしまうのだろうと恐れながら何もできなかった。
 やっとのことで振り返ってこの腕に抱きしめられるようになったのだ。
今なら彼を行かないでと腕の中で抱き潰すこともできるだろう。そうすれば虎徹さんは永遠に僕のものになるけれど、僕はそれをよしとしない。
 好きなんだ、壊したいんじゃない、守りたいんだ。
だから僕は抱きしめ方を変えなきゃいけない。でなきゃこの人は何も言わずに壊れて消えてなくなってしまうだろう。
どうすれば、彼を痛めず傷つけず苦しませずに抱きしめたままでいられるだろうか。今はまだ貪っていたいと願ってしまうこんな子供な僕のままで、彼はいつでも何も言わずに抱きしめてくれているのに、僕はまだ手に入れたばかりのこの位置を手放したくなくて彼を苛んでしまう。
 本人もロイズさんも気づいてないみたいだけど、意外に虎徹さんはライバル多いからな〜、なんだろうなこの吸引力って凄く謎だ。



 朝食兼昼食を食べて少し体力も戻ったのか、虎徹は公園を散歩して帰ろうとバーナビーを誘う。
その提案に否やはなかったので、バーナビーもいいですねと同意して二人は散歩道をぐるっと一周することにした。
セントラルパークはかなりな広さがあるので、散歩道を普通に歩いても一時間程度はかかる。暇つぶしには持って来いだった。
「そろそろ桜の季節だなあ」
「桜」
 歩きながら辺りを見回していた虎徹が不意にそういう。
敷地内の遊歩道沿いからずっと向こう、敷地の一角に美しい白い花が咲き誇っていて、それがちらちらと花弁を飛ばしているのが見える。
それをじっと虎徹が見ているのでこれかなと思って聞くと、セントラルパークには桜は殆どないという。
「どっかに少しだけ植わってる。随分昔に日本から寄贈されて勝手になんかと交配してアケボノっていう別種になっちゃったとかいうな、確か河川沿いだったかなあ、すまん、調べないと判らんわ。でもって開花時期は今じゃなくてもっと後だと思う。二週間後ぐらいじゃないかなあ」 
「じゃああそこらにあるのは何でしょう? あれはまた違うもの?」
バーナビーが指をさす。虎徹は頷いた。
「ありゃ、全体ずっとアーモンド。桜っぽいなあって見てただけ」
「ああ、アーモンドですね。って? 桜の花とアーモンドの花って似てるんですか?」
「似てるも何も激似。それはおいといてさ、ソメイヨシノから実生になったっつってもアケボノは食用じゃないみたいだからそのままほっといてるみたいだけど、アーモンドはほら、食えるじゃん。だから市が毎年回収してる。専用のブルドーザー(ツリーシェイカー)で揺するのよ。人の手の場合はどかーんとこう木をね殴るのな、こうな」
 虎徹が手で殴る仕草をしたのでバーナビーは木が痛みますねと返した。
「お前がまだデビューする前にヒーロー達でアーモンド収穫するイベントあったぜ。俺が一番ウケてたけど。あれは加減が難しい上に、アーモンドシャワーが当たるとイテエのよ。マジ死人出るわあれ。だからその時以来やらなくなったな。今やったらお前がいるからもっと盛り上がりそうだけどな」
「もっと悲惨なことになるんじゃないでしょうか」
 バーナビーが真顔で顎をしゃくりながら考え込むように言うので虎徹は「もっと悲惨ってなんだよ」と頬を膨らます。
その様子が可愛いのでつい吹き出してしまった。
「まーもうなんでもいいですよ。でも僕も見てみたいな、桜」
「アーモンドの花と殆ど変わんないけどな。ソメイヨシノなら違うのかも知れないけど」
「それでもいいです、見に行きましょう。開花時期が違うんですよね? 二週間?」
「二週間後に上手く休みが二人とも合えばな」
「ほら、僕ら結婚するんですから、ロイズさんが最悪でも週一休みに調整してくれますよ」
「まじかよ、それ本決まりなの? 俺全く了承した覚えがないんだけど」
「冷たいなあ、なんで覚えてないかな」
 バーナビーがすっとぼけるので、虎徹は苦笑した。
「お前ホントに俺の事好きなのな。なのに何で素直じゃないかなあ。本気ならちゃんとプロポーズしてみろよ」
「嫌ですよ。まだその時期じゃないと思うんで」
「だな」
 そういいながら虎徹は立ち止まった。
目の前を黒服の男を二人従えた少年が一人やってくる。
彼らから受ける感じからして、只者ではないのだろう。
プロのシークレットサービスだと瞬時に判断がついた。
気づくと前から来る三人だけではなく、いつの間にかぐるりと三百六十度、六人の黒服に囲まれていることに気づくのだ。
 元々虎徹もバーナビーもこの黒服の存在には気付いてはいた。
でも稀にあるのだが、市長の家族やシュテルンビルト七大企業に所属する重要人物の家族などにはこのようなSSがつくことが多く、彼らは本来守る家族から離れて周囲の状況を伺っていることが多い。
セントラルパークではたまにそんなようなSSとかち合うことが多く、特にこのゴールドステージ側では割とポピュラーなことだと虎徹は認識していた。虎徹とバーナビーも非公式ながら市長の子供を預かったことがある。正確には虎徹に白羽の矢が立っての事だったのだが、腕の立つSSは少なくNEXTに対抗できる能力を持つSSになると殆ど居ないと言っていい。ある意味シュテルンビルトでヒーローをやっている虎徹に頼むのは正解ともいえたが、結局あの時面倒を見ていたのはパオリンだったし、見事に浚われてSSとしてヒーローは余り役に立たないことも証明してしまった。
 職種が違うんだから当たり前じゃん! と虎徹は憤慨していたが、バーナビーはその時の記憶が混乱しているところがあってよく覚えていない。
「市長の息子さん?」
 そんなことを考えていたので、バーナビーは自然に目の前に進み出てきた、態度が偉そうな少年を見下ろして小首を傾げた。
自分はよく覚えていないが、あの時預かった赤ん坊が成長して自分たちに礼の一つも述べに来た、あるいは知人として声をかけに来たのだろうかと勘繰ってしまったのだ。
「ばか、いきなりこんなにでかくなるわけねえだろ。市長の息子は今三歳だ」
 虎徹が小声でバーナビーにいう。
パオリンが抱いている様を思い出したバーナビーも小さく頷いた。
「貴方はどなたですか。僕に何か用ですか」
 虎徹は少し後ろに下がる。
少年の視線が真っすぐにバーナビーに注がれていたので自分ではなく、バーナビーに用事があるのだと悟ったからだ。
「貴方がバーナビー・ブルックスJr」
 疑問形ではなくそれは確認だと何故か虎徹もバーナビーも思った。
「はい」
 何を問われるのだろうと好奇心も少しあった。
SSにこれだけ厳重にガードされているのなら、それ相応の身分にある子供だと思ったのもある。だからバーナビーは少し油断していたのかもしれない。まさかいきなり実力行使に出るだなんて。後、本当にバーナビーにはこのような子供に恨まれる心当たりが一切なかったというのもあった。
 目の前で少年が手を差し伸べるような仕草をしたと思う。
それと同時に彼の身体が青く輝いた。
 NEXT!
そう思う間もなく突然横に突き倒される感触。
「バニー!」
 虎徹がバーナビーの身体を後ろから腕を出して横に突き飛ばし、そう叫んだのが聞こえた。
少年の手が虎徹に触れたかどうかは判らない。地面に膝をついたバーナビーには下から見上げる角度だったせいで、虎徹の右肩付近しか見えなかったから。だが少年の瞳がびっくりしたように見開かれ、何を言おうとしたのか半開きになったのだけは判った。
そして次の瞬間、虎徹の身体がぐらりと傾ぎ、自分の方に倒れ込んでくるのを知った。
「虎徹さん……!」
バーナビーは両腕を差し伸べて抱きとめようとして何故か出来なかった。
抱きとめようとしたその時、ふわりと虎徹の身体が浮き上がったような不思議な違和感。
柔らかな薄桃色に発光し、すうっと存在が希薄になる、いや消えて無くなったようにバーナビーには思えた。
 テレポーテーション?!
ざあっというように虎徹の姿が何か細かいものに紛れた。
否、バーナビーは頬を掠めていくその感触に、それが小さな花弁であることを悟る。
まるで銀色にそれ自体が輝いているかのようなほんのりピンク色を纏った白い花びらだ。
 その無数の花びらごと倒れてくる筈の虎徹をバーナビーは中空に探した。
手にしたそれは虎徹の重みかと思ったら、花びらだった。
何故ならその花びらが現れたのと引き換えのように、虎徹の姿が消えてしまったからだ。
 花びらを抱きしめながらバーナビーはひとりでぽかんとあっけにとられたような顔をして、跪いたままその意味を探す。その場にいた全員もまた黒服たちも勿論、それを行ったはずの少年までもが絶句してその場に立ち尽くしていた。
 暫くして自失から解放されたバーナビーは少年の顔を間抜けに見上げてしまった。
対して少年は、やはり茫然としていたがやがて顔をくしゃくしゃに歪めたと思うや否や、バーナビーを真正面からもろに見て、何故か目を逸らした。
「……」
 バーナビーは自分の身体を見た。
風に吹き散らかされて、花弁はあっという間にその場から離れ去ってしまっていたが、服や髪に幾枚かがへばりついている。
 虎徹を捕まえ損ねた両手を見て、それから再び少年を見ると、彼は自分が来た道の方を険しい表情で観やっていた。
バーナビーもそちらに視線を向けてみると、大量のパトカーと司法局の車が横づけされて、そこから大量の警官が吐き出されてくるのが見える。
「え?」
 バーナビーは再び少年を見上げた。



 え?







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