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桜歌 Celebrate Prolog

【T&B】桜歌 Celebrate


Prolog



 彼が変じて散じた時、僕が思ったことはその余りにも儚い美しさに対するただひたすらな賛辞だった。
ほろほろと腕の隙間から風に散らされる薄桃色の花弁はうっすらと青い光を帯びていて、本当に目眩がするほど美しかった。

 散る、落ちる、堕ちる、舞う、翻る、漂い去る。

どれも違うと僕は思った。

初めて見た桜の花散る風景は、まるで風に溶けていくように消えてなくなる、儚くも胸が痛くなるような憧憬だった。
この桜の花びらに攫われるとすら思った。
まるで大気が水のようだと。
 零れるという表現が最も彼には似合っている。
何故なら重力も風も大気も彼の真実の重さを知らないのだから。
 バニー、桜の花びらが舞い落ちる速度を知っているか?
時折彼は詩人だと思う。馬鹿げたことに彼のいう事には何の根拠もないのに真実を言い当てている。心の琴線を震わせるようなその物思いそのものが本当だといいなと思って、思いたくて。

 秒速五センチメートルだと彼は言った。

その時嘘だあ、と思いながらも僕は信じた。

誰も賛同してくれなかったけれど、誰とも共有できなかった思いだけれど。
それは僕の幼いころの素直な感想に似て、この痛みと喜びをどう言い表せばいいというのだろう?
それを一つたりとも違うことなく受け取ってくれた僕にとっての最愛の人が、まるで幼い日思ったそのままの情景に溶けていく。
余りにも美しくて、余りにも悲しくて。もう二度と逢えないのだという確信に満ちた思いがまた悲しくて。

 だから。

「虎徹さん……!」

 必死に抱きしめたけれど、彼は僕の腕の中をすり抜けて大気の中に零れ落ちて行った。
そして風に舞い、まるで僕に縋りつくように何度も旋回しながら成す術なく散っていったのだ。
後には幾枚かの彼を残して、何もない街路樹と不愛想な石畳だけが残っていた。




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