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パシフィック・リム  <12>ポータル(3)


 太平洋のど真ん中、チャレンジャー海淵のほぼ真上。
明けようとしている空の下、海の中から脱出ポッドが一基浮上した。
 空母の中で脱出ポッドが出現するであろう予想位置に集中していたオペレーターが、直ちにそのデータを指令本部に転送した。
「一機目のポッド確認! バイタルサイン良好です。「ワイルド・タイガー」パイロット バーナビー・ブルックスJr確認」
 斉藤はそれを見て、二機目のポッドはどこだと言った。
脱出ポッドの蓋が正常な大気を感知して開かれた。
自分の頬を撫でる潮風に、朦朧としていたバーナビーは意識を取り戻す。
そしてはっとなってその場で飛び起きた。
 虎徹さん?
ずっと繋がれていると思っていた意識がない。
ずっと一緒に思考し、同じように互いによりそっていたドリフトが解除されている。
脱出ポッドに乗った時点でドリフトが解除されているのは当たり前なのだが、バーナビーは一瞬本気でパニックに陥りかけた。
「バーナビー、大丈夫か」
 インカムを通して斉藤の声が聞こえる。
バーナビーはポッドの上に立ち上がり、海原を見渡す。
だが何もない、自分以外のポッドは見当たらない。
 世界にたった一人のような気がした。
置いて行かれた。
虎徹さん、もう離れないってあんなにドリフトで誓ったのに! 何故貴方は一人でそんな、僕だけおいて逝ってしまっただなんて!
 押し寄せる孤独感にバーナビーは目の前が真っ暗になる。
絶望に押し潰されて叫びだしそうになったとき、自分の背後で浮上音。
バーナビーは振り返ってそこに虎徹の脱出ポッドを見るのだ。
 一瞬も躊躇せずにバーナビーは海へと飛び込む。
そして抜き手を切って虎徹の脱出ポッドに泳いで行くとそれによじ登った。
 中を見ると目を閉じた虎徹が収まっていて、つかの間安堵するが慌ててポッドの蓋を開ける。
震える手を伸ばし、その頬を触るが彼は何の反応もしなかった。
 インカムからオペレーターの声が聞こえる。
「ポッドの反応がない。バイタルサインもフラットだ。どうなってる、おい!」
 バーナビーは慌てて虎徹の首に手を伸ばして脈をとる。
だがない。全く脈が触れない。そんなばかな、そんなの嘘だ。
耳を口元に摺り寄せても何の反応もなく、潮騒が煩いせいなのか、その呼吸は感じられなかった。
「脈が――脈がありません――判らない! 呼吸も、――呼吸もない――ないんです、ああどうしよう、ない!」
「センサーの故障かもしれん、まだ判らない。バーナビー、おい、バーナビー!」
 斉藤がそうインカムの向こうで言っていたが、バーナビーはもう堪らなかった。
置いて行かれた。この人は僕を一人この世界に置き去りにして逝ってしまったのだ。
 裏切り者。
涙が溢れてきた。
なんでどうして、貴方そんな人じゃないでしょう? そんなに弱くないでしょう。
どうして、嫌だ、目を開けてください、目を開けて――僕を一人にしないで。
抱きしめて涙がこぼれた。
どうして、約束したのに――約束・・・・・・。
 そうやってぎゅっと抱きしめて泣いていると、腕の中で虎徹が突然身じろぎした。
「首、首。――締めすぎ、ばか・・・・・・」
 慌てて抱きしめていた腕を解けば開かれる瞼、そこから覗く金鳳花色の瞳。
「息ができねーだろ・・・・・・ったく――」
何すんだよ、殺す気か。
 虎徹はバーナビーの腕を掴んで、そう文句を言う。
「・・・・・・こてつ、さん」
 バーナビーは声を上げて泣いた。

早く早く起きてくださいよ、死んだかと思ったじゃないですか!
やめてくださいよ、貴方、僕をびっくりさせないでくださいよ。

なんだなんだ、ほんとに気ィ失ってたんだよ。
早く早く帰らなきゃって思ってたんだけど、だって手動でメルトダウンさせろってんだぜ?
いやー60秒しかないのに良く間に合ったなあ。

そんな怖い話聞きたくありませんよ! それより虎徹さん、貴方、僕が料理音痴だって知って散々バカにしてたでしょう!

あれ、そうだっけ?

しらばっくれてもダメですよ! 戦闘中僕の中で散々笑ってましたよね?! なんていうかドリフト中に貴方思考を三つも四つも分散させて持ってるんですね。余裕あるなって感心するより、なんですかあれ! 貴方だってどっこいどっこいな癖に!

つか俺それ考えたのかなり後だよね? お前を脱出ポッドに乗せる直前ぐらいじゃね? それに俺炒飯は作れるもん。昔兄貴に習ったもん。

僕だって作れますよ! ほんとに酷いですよ! 作り比べてみようってドリフト中に約束しましたよね? その約束も果たさないで死ぬつもりだったんですか?!

 いやいやいやいや、生還したのになにその言い草。ついでにその炒飯レシピ俺ンだぞ?

僕のでもあります! ていうか僕のです!

えっ、何それ怖い。



 二人のやり取りが聞こえてきて、斉藤はがくりと安堵の余り椅子に沈み込む。
その様子をオペレーターたちがみて、クスクスと笑った。そしてその後彼女らも泣き出した。
一時他のオペレーターに指示を出すために離れていたオリガが再びやってくると、斉藤の肩を掴んで激励に変える。
それから彼女はマイクを掴み、基地内外に向かってこう宣言するのだ。
「司令官のオリガ・ペトロフだ。裂け目は閉じた。人類の危機は去った、我々は勝ったのだ! さあ――タイマーを、止めろ!!
 歓声が上がった。
それはシュテルンビルトにいる全ての人々に伝播し、やがて大歓声となった。
裂け目は閉じた。
もう怪獣がこちら側へやってくることはない。
地球は今異世界からの侵略者の手を退け、再び地球生物による繁栄を許された。
少なくとも、再びプリカーサーがやってくるかも知れないその日まで。

 終ったのだ。




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