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パシフィック・リム  <12>ポータル(1)


<12>ポータル


 シュモクザメのような形状のまさに巨大なハンマーヘッド、長い長いドレスの裾みたいにはためく凶悪な長い三叉の尾。
ざっとその不気味な瞳がイェーガー二体がいる海底を見回した後、のっそりと先行していた「ルナティック・ブルー」に向かって歩き出した。
少し後ろからそれを見ていた虎徹は思わず「でけえ」とうめき声を漏らす。
それ程に大きかったのだ。
 ぬうと見下ろしてくるその頭は、「ワイルド・タイガー」の実に五十メートル以上、上にある。
思わず普通に見上げてしまい、息を飲んだ。
 それからはっと我に返る。
「ワイルド・タイガー」の機体の横を物凄い勢いで通過していったものはライジュウだ。
そして今もう一体、スカナーもまた「ワイルド・タイガー」に向かってきた。
「指令! スタンダート2フォーメーションで暫く足止めする! なんとかそいつは凌いでくれ!」
 スラターンはお前ごとき、私だけで充分だとばかりに殊更ゆっくりと「ルナティック・ブルー」に近づいて行く。
すると後方で渦を巻く何か。
それがスラターンの長い長い三叉の尾が回転しながら巻き起こしている水流だということに気づいてレジェンドは叫んだ。
「あれが攻撃だ、衝撃に備えろ!」
 咄嗟にユーリが構えを取るが、胴体にその一撃をまともに食らって「ルナティック・ブルー」は海底に叩きつけられた。
それを前方に確認していたが、「ワイルド・タイガー」にはどうすることもできない。
スカナーは容赦なく「ワイルド・タイガー」に伸し掛かり、組み合うことをなんとか躱して右手のチェインソードを起動。
それを振りかぶった時、超高速で近づく巨大なワニの形状をした怪獣が、なんとすれ違いざま「ワイルド・タイガー」の右腕を根元から絶ち切って行った。
 腕がもぎ取られる痛みを最大に感知して虎徹とバーナビーが同時に悲鳴を上げる。
余りの痛みに一瞬息が止まり、だがわずか一秒で立て直す。
 ライジュウは「ワイルド・タイガー」の腕を加えたまま十kmを数秒で泳ぎ、その途中で腕をばきりと噛み潰した。
スカナーが覆いかぶさってきた。
だがすぐに左のチェーンソードを起動していた虎徹は、反撃に移る。
 残った左手で抱え込み膝蹴りを突き込む。
怯んだところ間髪入れずにスカナーの頭を串刺しにし、海底火山に付きつける。
マグマに焼かれてスカナーが悲鳴を上げた。
「脳を焼いてやれ!」
 スカナーが暴れまわる。
必死に押さえつけたがここは海底、浮力も手伝って死にもの狂いの怪獣はがばっと背中の方にひっくり返り、もんどりうって「ワイルド・タイガー」もひっくり返った。
そこに指令本部オペレーターから切羽詰まった報告が。
「「ワイルド・タイガー」! 左からライジュウが来る! 物凄いスピードだ! ダメだ、逃げろ!」
 虎徹とバーナビーは同時に思考する。
そして上半身を起き上がらせるとライジュウが向かってくる方向を見定めて左手を突き出した。
大きな口を開けて突入してくる巨大な怪獣、虎徹が一瞬バーナビーに目配せした。
「バニー!」
「判ってますよ!」
 シミュレーションで何度も行いながらバーナビーが嫌がっていた例の戦法。
だが今回も腕を失う気はない!
バーナビーはライジュウのスピードを逆に利用する事を考え付く。
突き出した剣の角度を冷静に計算し、突っ込んできた口の中に「ワイルド・タイガー」の腕ごとチェインソードを突っ込んでやる。
バリバリと身を裂く音が海底に響き、なす術もなくライジュウは口の中から縦に裂かれて絶命した。自分の速度が仇となったのだ。
「後一匹!」
 虎徹とバーナビーはスカナーに向き直る。
「ワイルド・タイガー」が二体の怪獣と死闘を繰り広げていた時、裂け目の手前で「ルナティック・ブルー」もスラターンと壮絶な戦いを強いられていた。
 カテゴリー5の史上初の怪獣。
その体格も去ることながら、全てにおいて今までの敵とは一線を画する強大さだ。
最初の一撃を食らった瞬間、「ルナティック・ブルー」にとって一つの不幸が襲っていた。
なんとか凌ぎを削り渡り合っていたが、機体が悲鳴を上げていた。
「爆弾が切り離せない! 先ほどの衝撃でトリガーが故障した模様。このままでは爆弾を投下することが出来ません!」
 ユーリが攻撃を辛くも防ぎつつ、機体の損傷を確かめて絶望的な呻きを上げた。
再び突っ込んでくるスラターンを前に、それでも二人は真向から組み合って耐えた。
嫌らしい笑いを浮かべたスラターンが小馬鹿にしたようにその腕で「ルナティック・ブルー」を握りつぶそうとする。
必死に押しやって再び逃げて、それから「ルナティック・ブルー」は最大の攻撃に出た。
 スティング・ブレード!
その恐ろしい切れ味を誇る武器を展開し、小物だと馬鹿にして油断したまま近づいてきたスラターンの左目と右肩に深く深く突き刺したのだ。
 これにはスラターンも堪らない。哀れに悲鳴を上げてのけ反った。
「ルナティック・ブルー」の機体の重さも手伝ってギリギリと内部を切り裂き青い血が流出。
顔面を壊されて、更に悲鳴を上げ苦しさのあまり尻尾で反撃を加えたが、それすらも切り裂かれた。
 少し距離を取る。
スラターンは「ルナティック・ブルー」をそれなりの驚異とみなしたようだ。
其の隙にユーリは再び機体の状態をチェック、レジェンドもパネルを切り替えてなんとか機体を立て直そうとしたが、無理だと言う事だけが判った。
「全システムが オーバーライドしてる!」
 再びユーリが叫び、それから彼は真剣な目でレジェンドに言った。
「まだ戦えますが、「ルナティック・ブルー」はここまでです。潜入は「ワイルド・タイガー」に任せるしか」
「・・・・・・よし」
 スラターンから目を離さず、レジェンドは通信機に叫んだ。
「「ワイルド・タイガー」聞こえるか?! トリガーに異常が発生し爆弾が投下できない! 裂け目に向かえ! 君たちが突入するんだ」
 一方「ワイルド・タイガー」もスカナーと睨みあったまま膠着していたが、その通信を聞いて虎徹が応えた。
「了解、裂け目に向かいます」
「虎徹さん!」
 一瞬それは駄目だと縋る瞳。
バーナビーのその哀色が浮かんだ瞳を虎徹は無視し、前を向く。
そうしてバーナビーに言った。
「俺たちは歩く原子炉だ。裂け目を破壊できる」
「でも・・・・・・!」
「でもじゃない。俺たちがやるんだ。「ルナティック・ブルー」が出来ないならやるしかないだろう」
 バーナビーは目を伏せる。
そうだ、それが僕らの使命だ、判っては居るけれど――。
裂け目に向かう最大の障害が今目の前にいるこのスカナーだと虎徹が思考し、バーナビーも頭を切り替えた。
 倒す、どんなことをしてもこのスカナーを・・・・・・と思ったところで咆哮が背後でした。
スラターンが吼えているのだ。
 指令本部でオペレーターがまた叫んだ。
「スカナーが! 怪獣が「ルナティック・ブルー」に向かってます! 二体とも、「ルナティック・ブルー」に!」
「なんだって?!」
 オリガがそうモニターに叫び、通信機に飛びついた。
「「ルナティック・ブルー」! そちらにスカナーも向かっている! おい! レジェンド、ユーリ!」
 「ワイルド・タイガー」に搭乗し、スカナーと睨みあっていた虎徹とバーナビーも異常に気付いた。
吼え声が聞こえたと思うや否や、突然スカナーが自分たちに背を向け身を翻して何処かへ行ってしまったからだ。
「え、何がどうして――」
「しまった!」
 虎徹の方が先に気づいた。
「「ルナティック・ブルー」が危ない!」
だがそこにレジェンドの強い一喝が入った。
「来るんじゃない!
「先生、まだ間に合います!」
「ダメだ! いいかよく聞け、出来るだけここから離れろ! 離れるんだ! そして裂け目に向かえ! これは命令だ!」
 その言葉を聞いた瞬間、バーナビーが電撃に打たれた様に立ち止まった。
虎徹は立ち止まる気がなかったのに、ドリフト中に二人の心が割れたのだ。
「判りました、裂け目に向かいます」
「ちょ、バニーなんで・・・・・・」
 今はまずいだろ、あれは「ルナティック・ブルー」には荷が重い!
だが頑なにバーナビーは拒否する。
なんで? と虎徹はこの頑なさに疑問を持つしかない。ただ嫌な予感がした。
 察しの悪い虎徹と違い、「ルナティック・ブルー」に搭乗していたユーリにはもうやることが解っていた。
「私たちはどうしますか」
 一応聞いてみる。
レーダーに猛烈な勢いで自分たちの方に向かってくるライジュウの影を捉えた。
ユーリは後三分で接触するなと冷静に計算しながら、レジェンドにそう聞いた。
レジェンドは当然のようにこう応える。
「邪魔者を片付けるんだ。バーナビーと虎徹君の為に」
 その言葉は遠く遥か指令本部にも届いていた。
そうしてレジェンドは裂け目に向かう「ワイルド・タイガー」にこう語りかけた。
「バーナビー、聞こえているか。ドリフトすれば私と遭える」
 虎徹がバニー、振り返れ、レジェンドが呼んでるとバーナビーにいうが、バーナビーは振り返らなかった。
「バーナビー、きっと君なら出来る! 大丈夫だ自分を信じなさい。私はいい息子を三人も持った。虎徹君、バーナビー君、ありがとう」
 え?
虎徹が通信機に向かって何か言おうと口を開こうとしたとき、バーナビーが「しーっ」と言った。
 ここからずっと遠く、シュテルンビルトの指令室で、オペレーターがオリガを振り返る。
「自爆する気のようです」
 オリガは何も言わず、通信に耳を凝らす。
「すまないな」
 レジェンドは言う。
「いいえ」
 ユーリは首を振った。
「母はいつも言っていました。チャンスがあるなら躊躇せずに使え、と」
 そうか。彼女らしい。
そうレジェンドが笑う。
 同じく「ワイルド・タイガー」で「ルナティック・ブルー」からの通信に耳を凝らしていた虎徹は、「まさか」と言った。
「まさかそんな」
「そのまさかです」
 バーナビーはぽつりという。
「ユーリさんは、レジェンド指令の実の息子さんなんです。僕を拾って養子にするずっと遥か以前、オリガ士官と指令は陸軍におりお付きあいされていたのですが結局結婚はなさらず・・・・・・。オリガ指令はユーリさんを一人で産み育て、後に再会されたとき、それはお二人がプロトタイプイェーガーのテストパイロットとして選ばれた時だったと。お二人はユーリさんをパイロットにしない為に他人を貫き通すおつもりだったそうです。――でも、戦局はそれを許してはくれなかった。・・・・・・貴方のように」
「――!」
 ユーリ!
「ユーリはだって、それを知ってるのか?!」
 バーナビーはゆっくり首を横に振る。
でも。
そしてその右目から一粒涙が滑り落ちていった。
「彼らはドリフトしてます。だからもう・・・・・・」
 「ワイルド・タイガー」との戦闘で半死半生のスカナーが漆黒の海彼方から現れる。
スラターンが「ルナティック・ブルー」の前に立ちふさがり、スカナーが伺うように旋回する。
やがて二匹の怪獣は両方同時に「ルナティック・ブルー」へと突っ込んでいった。
 ユーリの指が核弾頭の起爆スイッチを入れる。
「ルナティック・ブルー」の天使の翼が開き、赤く点灯した。
核弾頭のカウントダウンが始まる。
「・・・・・・レジェンド指令・・・・・・最期に貴方と組めて光栄でした」
「私もだ。ユーリ君。君は世界最高のパイロットで 私の――バディだ」
「愛してます、父さん」

 ユーリ!!
虎徹が絶叫する。
バーナビーはチェインソードを海底に突き刺し身を丸めた。
核爆発の恐ろしい圧力が海底を浚い、何万年と大気に触れることのなかった大地がむき出しになる。
波の急激な引きに置いて行かれた深海魚たちが、岩肌を叩いて空気に喘いだ。
そして次の瞬間、何十万トンという海水が元に戻ろうと怒涛のように押し寄せ、「ワイルド・タイガー」は地球の重みに翻弄される。
だが耐えた。
「・・・・・・レジェンド――、ユーリ・・・・・・」
 胸を掴むようにして悲嘆に喘ぐ虎徹にバーナビーは言った。
「行きましょう。使命を果たすんです、最後まで」
 その言葉に虎徹も顔を上げた。
「ああ、行こう」
 右手をもがれ左脚を破損し、満身創痍の「ワイルド・タイガー」はそれでも身を起こして前進を始めた。
『全システム危険な状態です』
 「ワイルド・タイガー」のガイドがそう伝えた。
「ワイルド・タイガー」の機体ももはやボロボロ。
システムが停止寸前だ。エネルギーが流出してる。
 指令本部では「ワイルド・タイガー」の無事すら確認できなかったが、やがて消えかけた光点が動き出すのを知る。
「何をしてるんだ・・・・・・」と誰かが呟くのに、オリガが返した。
「任務を遂行するつもりだ」と。
機体の異常を全身で感知しながらも、虎徹は足で踏んでおいたライジュウの死体半分を左手に取った。
「指令本部! 今怪獣の死がいをもって裂け目に向かってる。任務をやり遂げる」
 そう報告し、必死に裂け目へ。
斉藤さんとロトワング教授の言うことが本当ならこれでポータルの内部に入れる筈だ。
そう思考するとバーナビーもええ、と返してきた。
 だが飛び込もうとしたその時、そこに立ちふさがるもの。
虎徹が嘘だろう、と思考する。
バーナビーが、千キロの熱核弾頭――TNT火薬百二十万トン分の直撃を食らってまだ立ち上がれるのかと呆然とする。
 スラターンが怒り狂った咆哮を放ち、虎徹はそれをギッと見据えると、そのままの姿勢でバーナビーに言った。
「俺が合図したら、リアジェット噴射だ!」
 虎徹はライジュウの死体を背後に投げ捨てた。
と同時に「今だ!」という鋭い思考。
「飛び込め!」



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