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パシフィック・リム  <8>ダブルイベント(1)


<8>ダブルイベント


 レザーバックが放った電磁パルスは「ルナティック・ブルー」だけではなくシュテルンビルトの電気系統設備全てを停止させた。
怪獣避けシェルター等のような独立した電源を持つ特殊な施設他、一部の非常灯等、必要最低限のライフラインだけはバックアップの電源が直ちに働いたおかげで二分程度で復旧したが、その電力は微々たるもので大都市としても発展していたシュテルンビルトは湾岸部から中心部までの扇状に概ね停電となった。
イェーガー発進基地である「シュテルンビルトシャッタードーム」は当たり前だが太平洋湾岸最先端にあるためこの電磁パルスの直撃を食らい、イェーガーのバックアップはほぼ不可能、事実アナログ通信しか使えない状態となっていた。
 ちなみにデジタル通信とは、簡単に言うと10をという数字があるとすれば1と0に置き換えて送信元で1と0を合体させて10に戻して伝えるという方式の事で、この場合途中で何か変質することがあっても5以上のものを1と置き換え、5以下のものを0と置き換えて再現されるので10という数が変質しないというメリットがある。それに対してアナログ通信とは10は10のままで送信するという方式で、ダイレクト故にEMP等の直接的なエラーに強い。
 イェーガーマークTからマークVは原子炉を直で背負う形のものが多く、それ故に独立単騎型でアナログ回路を主に採用されていたが、マークX以降は動力も全てジェネレーター式へと転換された。単純に燃費がいいというのと、管理メンテナンスが原子力と違ってコストを抑えられるという利点の為だ。ただしマークTやUからリニューアルを繰り返された一部の機体は補助電源としてリアクターを搭載したままにしたものもあり、「ドラゴン・サイクロン」はその最後の一機でもあった。
 原子炉に水が入ったことが直接の敗因ではないもののレジェンドはあのリアクターを外し、脱出ポッドを搭載していればあの場面二人は助かったのではないだろうかと苦く思っていた。実際に今EMPによる攻撃で「ルナティック・ブルー」までもが事実上倒された現在、バーナビーがどんなに反対されても、動力をリアクター(原子炉)に拘った理由が良く判る。
それにレジェンドや環太平洋防衛軍がリアクターを外すよう進言していたとして、中国やロシアが了承したかどうかは全く別の話だ。
どちらの国もパイロットの身の安全よりも、イェーガー武器や防御に力を裂いた。
 一体人の命をなんだと思ってるんだ。
そうレジェンドは画面に絶叫したい。各国が確執を忘れて手を取り合っただなんて嘘だ。みんなこの土壇場になっても怪獣の驚異よりも何よりも自分たちだけの利権を心配しているではないか。
 宝鈴とイワンはまさにその国の人間の暗部の象徴だ。
いや・・・・・・。
私もその愚かな暗部の一人だ。余りにも多くの命を犠牲にしてきた。イェーガーが敗れるたびに友人を、部下を亡くしてきたのだ。
そしてこれから先私は更に失い続けるのだろう。
人は愚かだ。守りたいもの一つ守れない。
 レジェンドは右手を固く握り、首を振った。
「村正、すまない。約束を守れそうにない」
「・・・・・・」
 斉藤はそう呟くレジェンドの横顔を眺めていたが「まだそうと決まったわけじゃないよ」と言った。
「「ワイルド・タイガー」起動中、輸送用ヘリのスタンバイをお願いします」
 アナウンスが流れる。
「「ルナティック・ブルー」はどうなった? この状態で襲われたらもう・・・・・・」
 オペレーターは気が気ではない状態だ。
先ほどナビゲーションシステムだけは復旧させたが、この状態では現在の機体がそこにあるかどうかを確認することしか出来ないからだ。
 早く、早く、早く。
「ワイルド・タイガー」が起動して、彼らの下へ行ってくれれば。
そうパネルに手を組んで祈るしかないオペレーターの姿がちらほら見える。
「怪獣が一体、「ルナティック・ブルー」から離脱しました! シュテルンビルトに侵攻中」
 不意にナビゲーションで怪獣とイェーガーの位置情報だけ拾っていたオペレーターが報告。
斉藤が振り返るとレジェンドが「ロトワング教授か」と言った。
 そう、二人の予測は当たっており、EMPにより「ルナティック・ブルー」が沈黙した後、オオタチは直ぐに要領を得たというように身を翻してその場を去った。
 「オオタチ」の使命は自分たち怪獣のテレパシーネットワークに割り込んできた憎悪すべき人類の、矮小な一体を確実に排除もしくは捕獲することであり、その使命が「彼女」にとっては創造主から与えられた第一に遂行すべき命題だっのである。
 テレパシーでオオタチはレザーバックの働きを称賛し、この場は任せると言いおいて一路シュテルンビルトを目指した。
一方、オオタチからそう託されてしまうと実際のところレザーバックはどうしていいのか途方に暮れてしまった。
 何故この憎悪する破壊すべき生き物は突然動きを止めてしまったのだろうか?
レザーバックは不思議そうに止まってしまったイェーガーの周りを回りだす。
自分が放ったEMPの意味を判っていないのだ。
この生き物は死んだのだろうか? それともまた動き出すのだろうか? 
そんなような好奇心でうろうろと「ルナティック・ブルー」を周回し、首を傾げる仕草までした。
 ちょっと小突いてみた。



 その時丁度中では、オリガが必死に指令本部と連絡を取ろうと頑張っていた。
「ダメだ、先ほどの衝撃波は恐らくEMPだろう。そのうち怪獣共がこの力を得るだろうと予測してた坊やがいてな」
「バーナビー」
 坊やじゃなくてバーナビーといい加減呼んであげてくださいとユーリが諫めると、オリガは「我が息子ながらどんな場合でも落ち着いていてお前はなんというか面白みがないな」と少し笑い、ユーリをむくれさせる。
 そうこうしてると、オリガはテキパキとハーネスを外して操縦台から降りてしまった。
「母さん! まだ外に怪獣がいるんだ、危険です」
「しかしいつまでもここに居るわけにも行くまい。脱出するにしろ、あの怪獣に一矢報いるにしろ、こいつを降りなければ」
「一矢報いるですって?! そんな、無謀な!」
 何を考えてるんですか、ここは脱出一択でしょうとと言いかけた途端横からの衝撃!
吹っ飛ぶオリガを見て、ユーリが叫んだ。
「母さん!」
 慌ててユーリもハーネスを解除し、壁に激突して呻いているオリガを抱き起した。
「く、腕が折れた」
「言わんこっちゃない、脱出しましょう!」
「脱出・・・・・・、ユーリお前は行け」
 オリガはユーリの手を払って一人立ち上がると、イェーガーの壁伝いに緊急脱出ポッドではなくその扉の上にある「照明弾」の方へ手を伸ばす。
「何をバカなことをするつもりです?! 怪獣に照明弾ですって、怒らせるのがオチだ!」
「お前こそ何を言ってるんだ。我々はシュテルンビルト一千万の住民にとっては最後の砦なんだぞ?! いいからお前は脱出しろ。それが嫌なら私と一緒にこれからそのバカなことをするかだ」
 ああもう!
ユーリは特大の溜息を吐くと、左腕が動かないらしく照明弾のケージが開けられない母に代わって自分が開けて、その中の銃を引っ張り出した。
「ルナティック・ブルー」の緊急脱出口、ポッドが搭載されているがそれには乗らず、その扉からイェーガーの肩へと場所を移した二人は、強い雨風に目を細めた。
 外に出てみると、思った以上の至近距離にレザーバックがいて、なんだか不思議そうに周りを回っている。
「犬よりは賢いと私は聞いていたがな」とオリガが少し呆れたように言い、ユーリが「犬と同等ぐらいなんじゃないでしょうか」と冷静に返す。
 レザーバックは二人に気づいたようだ。
鼻息を飛ばすと、本当に不思議そうにこちらをみやり、その醜悪な顔に疑問をいっぱいに浮かべて近づけてきた。
 オリガは言う。
「おい、化け物」
 二人は同時に照明弾を発射した。
オリガは勿論、ユーリの射撃の腕は大したもので、オリガの放った照明弾はレザーバックの左目に、ユーリの放った方は左鼻腔の中に見事飛び込んで炸裂した。
 ギャウウッ??
そんな風に身を仰け反らせ、レザーバックが後ろにたたらを踏んだ後、当然無傷で二人に向き直ってきた。
「なんだか怒らせただけみたいですね」
「うむ、そうだな」
 と、内心二人ともこれで終わりを覚悟しつつそんなのんびりとした会話を交わした瞬間、夜空雨風共に吹きすさぶ天空にまばゆい白銀の光よ。
闇を貫くサーチライトのちらちらした光跡に浮かび上がる巨大な影、「ワイルド・タイガー」の壮麗な姿が現れたかと思うと、ヘリが牽引ロープを切った。
 怪獣がその気配を察して「ルナティック・ブルー」からそちらに目を移す。
轟音と共に海上に聳え立つ「ワイルド・タイガー」は、ゆっくりと確かめるように二歩を進めた後、やがて怪獣に向かって駆け出した。
「行くぞバニー!」
「はい!」
 レザーパックも新たな敵とそれをみなし、咆哮を上げながら波を蹴立てて「ワイルド・タイガー」に肉迫した。
真正面から両者組み合う!
その瞬間真ん中で、津波を思わせる波の衝撃が走り次の瞬間円を描いて外海を目指した。
 組み合うと見せかけて、バーナビーは右腕でレザーバックの左肩を掴み、虎徹の重い左を脳天めがけて振り下ろす。
左! 左! 右! 右! 右を打ち抜いて、それに左がまた追撃!
 レザーバックの顔がへしゃげて、歪んで吹っ飛ぶ。青い飛沫が飛び散り、悪魔のような咆哮。
 オリガはそれを眺めながら、間に合ったのか、と思った。
また死に場所を逃したな、という少しばかりの後ろめたさと、まだ次が許されたという安堵と。
そんなオリガの複雑な心中も知らず、隣ではユーリが興奮しきったように拳を振り上げてヤジを飛ばしていた。
「行け! タイガー、ぶちのめせ!」
 やっつけろ、手加減するな! このファッキン豚野郎を去勢してやれ、ぶっ殺せ!
普段冷静で冗談の一つどころか砕けた言葉一つ出せない、大人しいというかむしろ奥手だと思っていた自分の息子の初めて聞く下賤な野次に、オリガは目を丸くした。



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