パシフィック・リム <7>カテゴリー4×2(1) <7>カテゴリー4×2 突如警報が鳴り響く。 虎徹はがばっと自分のベッドの上で跳ね起きた。 ちょ、まっ――・・・・・・、え、・・・・・・襲撃?! 時計を見ると午前二時だった。 いや問題は時間じゃない、いや時間だけどそうじゃなくて――。 部屋から飛び出ると、外はもう大騒ぎになっていた。 虎徹はきょろきょろとあたりを見回すと、施設内に時折表示されている「怪獣時計(襲撃カウンター)」を見た。 240時間――シドニー襲撃からまだ十日しか経ってない。 くっそ、そんな馬鹿な。 百歩ばかり譲って襲撃が早まったのはまあ予想してたからいい。でもこの土壇場! ピットフォール作戦を行うよりも早く来るなんて、くそっ、ついてない。 特に呼び出しがなかったので、そのまま指令室へと向かう。 嫌な予感に身体が震えた。呼び出しがないってことは、恐らく俺らは待機しろってことだ。 ああ、くそっ、ホントについてない・・・・・・。 案の定、指令室に行くとバーナビーも不安そうに待機していた。 虎徹を見つけると瞬間ほっとしたような表情を浮かべ駆け寄ってくる。 「バニー、二機とも出すって?」 そう聞くと、「「ドラゴン・サイクロン」一機で立ち向かわせるつもりみたいです」と答えてきた。 「なんだって?!」 そう聞き返すと基地内(シャッタードーム)に「「ドラゴン・サイクロン」「ルナティック・ブルー」出撃命令。搭乗者は至急ディスパッチルームへ集合せよ。繰り返します。「ドラゴン・サイクロン」「ルナティック・ブルー」出撃命令。搭乗者は至急ディスパッチルームへ急行下さい。以上です」とアナウンスが響き渡った。 虎徹とバーナビーは顔を見合わせて、連れ立って指令室の一番先頭、コントロールパネル付近にまで急いで向かった。 そこにはレジェンドがパネルの前でなにやら指示を出しており、斉藤がメインオペレートを担当していた。 いつもの熟練オペレーターが4人サブモニタを覗き込んでいる。 「何故こんな急激に早まったんだ?」 「双方向だからねえ。多分・・・・・・」 予想はしてたけど、向こうがこんなに正確に特定してくるとは思わなかったよと斉藤は言う。 忙しくキーボードの上を指が行き交い、「間違いない、やはり襲撃目標はここ、シュテルンビルトだ」と言った。 「怪獣にはテレパシーがある。これで証明されたね。ドリフトして自分たちのテレパシー回線に割り込んできたロトワング教授個人を特定したんだろう。だから急いで殺しに来る。襲撃が早まったのはこのせいだろうね。ちょっと困ったのがここにあるイェーガーの性能も、ピットフォール作戦も多分筒抜けになってる。こちらがやろうとしてることが向こうにもばれてると考えた方がいいだろう」 「くそっ・・・・・・」 斉藤はパネルの下部を拳で叩くレジェンドに「それでも、彼がドリフトをしてくれなきゃ、この作戦だって厳密には立てられなかったんだ」と慰めるように言った。 「だとすると、ロトワング教授が危ないだろう?」 「でも指令本部に突っ込まれたら敵わないよ。非情だけど、シュテルンビルト市街の一般シェルターに行って貰ってる」 「ピンポイントでロトワング教授を狙うと思うか?」 「私は思うね」 「では――!」 だが斉藤は首を振るのだ。 「彼を助ける方法はただ一つ。イェーガーで怪獣を倒すことだよ」 「・・・・・・」 二体同時に出現! コードネームは「レザーバック」と「オオタチ」です。 一時間後にシュテルンビルト沖10マイル到達! 「「ドラゴン・サイクロン」スタンバイ」 「了解!」 通信に応える二人の声に、虎徹が「俺たちも行かせてくれ」とレジェンドに懇願する。 だがレジェンドは首を横に振るのだ。 「君たちは待機だ! もはや一機たりともイェーガーを失う訳にはいかない」 「ではせめて、「ルナティック・ブルー」を援護に配置――」 「「ルナティック・ブルー」には爆弾を運んで貰わねばならん! 決してそこを動くな!」 其の頃オリガとユーリは埠頭で10マイル先まで出撃していく「ドラゴン・サイクロン」の後姿を見ていた。 黄色と青紫の重厚ながら機動性とジャンプ力に優れた第四世代のイェーガー。 胸に稲妻柄が入っており、左肩下には漢字で「爆風雷龍」という文字がプリントされている。 中国が誇る、「クアドラプルシステム」搭載型の唯一無二の機体である。 勇壮なそれは、四本の腕を持っていた。 必殺技は「雷雲旋風拳(サンダークラウド・フォーメーション)」、「ワイルド・タイガー」と同じプラズマ砲を一本の腕が持ち、もう一本は高圧電流発生装置を搭載、電撃を載せてパンチを叩きこむ「テスラ・フィスト」、残りの二本には回転式のこぎりがついている。更に腰部が三百六十度旋回し、更にひざ下逆関節だ。これにより、かなり複雑な動きをこなすこともできるらしい。やったことはないが、バック転も出来るらしいとのこと。 本来四人でコントロールすることを想定されて作られた為、装備が通常のイェーガーの二倍以上あるのだがそれがどちらの目に出るか――。 一番最年少のチーム・・・・・・。 彼らがパイロットとして登録された時、オリガは密かに胸を痛めた。 イワン・カレリンは十九歳、黄宝鈴に至っては僅か十六歳! 歴代パイロットの中でも抜きんでて低い。この少年少女を人類の為とは言え、捨て石に使うのか。あんな惨いところへ追いやるのか。 どれだけ人類は追い詰められているのだ? 私にもう少し力があれば――。 「すまない、許せ」 そう呟いた母親を、ユーリもまた苦く見つめていた。 ただ戦局から目を離さないでいよう、そしてもし彼らが追い詰められるようなら――その時はレジェンドに命令違反と言われてもいい、彼らを援護しよう。自分も戦おう。 ドリフト中。 このユーリの考えはそのままオリガに伝わっている。 そしてオリガはこの思考を拒否しなかった。 判ってるぞ、ユーリ。 母の思考が脳裏に満ちて、ああ同じことを考えている、そしてまた母も彼らを見捨てられはしないのだと思って安堵した。 大丈夫、戦える。 指令本部のレーダーには高速で泳ぎよる二体の怪獣の姿が捉えられていた。 「カテゴリー4です。二体ともだ・・・・・・大きい」 報告するオペレーターの声が震えている。 一体でももはや確実に倒すことが難しいのにそれが二体。 果たして「ドラゴン・サイクロン」一機で対処できるものか? 無理だ――虎徹は直感的にそう思ってしまった。 嫌な予感に震えが止まらない。 「3分以内に接触」 オペレーターがそう報告してきた。 宝鈴とイワンは前方を見据えていた。 ナビゲーションを起動すべきか少々迷ったが、有視界操作を選ぶ。 その方が自然に戦える。 宝鈴が右、イワンが左。 宝鈴はこの年でカンフーの師範代ともなれる達人なのだ。 イワンはそれに次ぐ身体能力を持っていて、このバディの最大の特徴は自分自身の高い運動性能をイェーガーにそのまま反映させているところだ。 パワーは現存する三機の中で最も低いが敏捷性に優れ、それにもまして搭載された武器と機動性能が三機中最大、そのトリッキーな戦い方で今まで五体もの怪獣を倒してきた。最初に組んだのは僅か二年前だったが、それもこれも次々とパイロットが戦死し、その年齢の低さからバックアップクルーとして待機していた数合わせの四人がピックアップ、無理矢理組まされたという経緯があった。 元来自分たちが組む予定だったベテランパイロットが中国とロシア各々の国を防衛する戦闘で散っていった結果だった。 ある日突然、集められた四人の少年少女たちは互いを見合わせて戸惑った。 元来こんな風に組めるものではないと言われていたが、第四世代「クアドラプルシステム」がそれを可能とした。シミュレーションドリフトから徐々に距離を詰めていき、初めてのイェーガー搭乗による起動実験では数十秒で接続が切れたものの、稼働領域までドリフトが可能だということが証明されてそれから地道な訓練に明け暮れた。 そうして初めて出撃した戦闘で、四人は見事怪獣を撃破して祝杯をあげた。 そう、その時は四人いたのだ。 ドリフトは残酷なシステムだ。 三体目の怪獣を倒した時、四人は二時間海岸線を死守するために戦った。 そして右の宝鈴、左のイワンの補助をしていたもう二人は、ニュートラル・ハンドシェイクの負荷を全て引き受けて死んでいった。 二人は背後に、もう一人の自分たちの心臓が止まる音を聞いていた。それでも歯を食いしばり戦って戦って戦い抜いたのだ。 ボクは彼女でイワンは彼で。 ボクとイワンの中にもう二人の魂は溶け込んで一緒になったんだ。 みな新しい補助パイロットを二人に宛がおうとしたが、宝鈴とイワンにはとんでもないことだった。 何故なら彼らはまだボクらの中に生きているからだ! 生きてるんだ、ボクの中にいるんだ。そしてイワンもボクで、ボクらは四人で――離れがたい程一つにしておいて、それを忘れて戦えっていうの? 誰にも判って貰えなかった。 判って貰おうなんて思わない。こんなのドリフトした人間にしか絶対判らないのだから。バディを持った人にしかわからないから、心をつなげて一つになって、帰る場所を失った魂を持った人にしか絶対にわかりっこないんだもん。 だから宝鈴もイワンも言わなかった。 ただ、二人で戦うと、もう補助パイロットはいらない、この「ドラゴン・サイクロン」にはもう自分たち以外誰も乗せない、代わりに自分たちが二人で戦い抜くとそう誓ったのだった。 思えばどうしてこれ程までに宝鈴を大切に思うのか判らない――僕にとってとても大切な彼女、多分これは彼女の言うとおりドリフトの副反応のひとつなのだろう・・・・・・。無理矢理にでも接続されて、一つにさせられて、作らされたもう一人の自分、愛さずにはいられない。愛さないわけにはいかないじゃないか。 それでも僕はとイワンは思う。 宝鈴を愛してる、と。真実心から。これもまた僕の本心なんだ。 「ごめんね、イワン」 宝鈴はイェーガーの中で構えを取りながら言った。 「ボクの我儘。多分ボクらここで死ぬ。でもいいよね、きっとタイガーたちがなんとかしてくれる」 「ああ。大丈夫。僕たちの最期の任務だ頑張ろう。みんなきっと納得してくれる」 判ってくれるよ、タイガーやルナティックの搭乗者たちはドリフトして僕らと同じ魂を持っているから。 誰が判ってくれなくとも――彼らならボクらの事を解ってくれる。 ドリフトすると、言葉にする必要なんかないって思う。 「そうだね」 「うん、そうだ」 ほんとにその通りだよ。 「さあ行こう」 宝鈴がそう言って力強く前に一歩踏み出した。 同時にイワンが。 「ああ!」 目の前の海が盛り上がる。 海中から襲い掛かってきたレザーバックの顔面に、「ドラゴン・サイクロン」は見澄ましたように「テスラ・フィスト」をぶちかましてやった。 レザーバックは恐ろしい悲鳴を上げて海中に一度完全に没した。 それを見計らって「ドラゴン・サイクロン」は背後に飛び退る。 海上にあってこれだけの動きを可能にするのは、「ドラゴン・サイクロン」の機動性は勿論あるのだが、パイロットの力量が大半だろう。 掛け声と共に宝鈴とイワンは四つの腕を展開する。 「雷雲旋風拳(サンダークラウド・フォーメーション)!」 出し惜しみする必要なんてない! 最初から全力全開だ! イェーガーの心臓(タービン)を回せ! 踏ん張れ! 全力で切り込め! 「うおおおおお!」 のこぎりを回して海上に立ち上がったレザーバックに切りつける。 レザーバックの分厚い皮膚を切り裂き食い込んで、青の飛沫が飛び散った。 怪獣の猛り狂った悲鳴! 更に鼻先を「テスラ・フィスト」で滅多打ちにする。 頭蓋骨が陥没し、ぐしゃりとした感触がイェーガーの二本目の腕から伝わってくる。 宝鈴とイワンはその不気味な感触にでも確かな手ごたえを感じて何度も何度も叩きつけた。 だがレザーバックの反撃! 途轍もない怪力だとイワンが思う。ほぼ同時に宝鈴が思考する。 太い両腕で軽々とイェーガーを持ち上げる。 現存する三機の中で最も軽いとはいえ、「ドラゴン・サイクロン」の総重量は1722tある。 それを軽々と背負い投げして自分の後方に投げ飛ばした。 イェーガーの中でパイロットが一回転して、だがしかし敏捷な「ドラゴン・サイクロン」は綺麗に海上に着地する。 宝鈴は息を切らせながら「バック転できちゃったね」と笑った。 だが行ける、これなら勝てる! 「接近して、プラズマ・キャノンを打ち込むんだ!」 「了解! 組み合うよ!」 「OK!」 二人はプラズマ・キャノンを充填する。 青い光が収束していく。一本目の腕を振り上げて、二本目の「テスラ・フィスト」から過充電された電撃が、まるで雷龍のように機体にまとわりつく。 のこぎりを回しながら残りの腕でレザーバックに駆け出した刹那、その背後からもう一匹の怪獣「オオタチ」が気配も感じさせずに「ドラゴン・サイクロン」へと飛びついた。 「!!」 もんどりうって海中に倒れ込み、レザーバックの強力な拳が右側からコックピットを直撃した。 「きゃあ!」 衝撃が駆け抜けて宝鈴の小さな身体が跳ねる。 「宝鈴!」 それでも僅かだったが「テスラ・フィスト」がレザーバックを掠り、怪獣は感電して飛び退った。 身体が痺れたらしく、青い血を吐き出しながら海中に没し、代わりとばかりにオオタチが物凄いスピードで泳ぎよってくると「ドラゴン・サイクロン」に体当たりする。 踏ん張り切れずに今度は横に転がり、それでも必死に立ち上がる「ドラゴン・サイクロン」。 だがすれ違いざまにのこぎりの腕を二本とも食いちぎられた。 イェーガー搭乗者に機体の破損を伝える為と、その生体反射能力を最大限に利用する為にある痛みのフィードバックが二人を襲う。 痺れる両腕に二人は悲鳴をあげて、それでも僅か二秒で立て直す。 凄まじい戦闘への集中力と意志力がそれを可能にし、二人は同時に吠えながらオオタチに果敢に立ち向かった。 「はっ・・・・・・」 宝鈴は飛び退ろうとしたが一瞬遅い。 オオタチは「ドラゴン・サイクロン」の猛攻に怖れをなしたのか、慌てて距離を取るかに見えた。 それを追撃し背後からプラズマ・キャノンをお見舞いしようとしていたが、振り向きざまにオオタチが口から青い液体を吐き出したのだ! それは溶解液だった。 「しまった!」 それは思った以上の猛毒だったらしい。 あっという間に装甲が解け、メインレーダーに亀裂が入った。 コックピットが溶かされていく。 だが宝鈴は振り返る。それより問題は「ドラゴン・サイクロン」の背中にあったのだ。 「だめ! 原子炉に水が入る!」 イワンが叫んだ。 「装甲が溶かされました! 至急援護をお願いします!」 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top |