Novel | ナノ

喪 失(3)



 本社に向かう道のりを二人して歩く。
かつてはその道のりを、二人で連れ立って歩いた。
いつまでも続けばいいと願ったほど、その道のりは短くて幸福だった筈なのに、今は遠い。
するりと当然のようにバーナビーの腕を抜け出して、いや全身で拒否して、彼は独りで先を歩く。
時折あたりを見回しながら、恐らく見失ってしまった彼の中のバニーを探して。
 これほど辛く、長い道のりはあるだろうか。
触れようとしても拒否される日が来るとは思わなかった。
 何時からだったろう。
何時、おかしいと思っただろう、僕は。
ここまで遠ざかって初めて気づいた、その時僕はどんな顔をしていたろう。
虎徹はどんな顔をしていたろう?
 思い出せない。

ちらちらと舞い散る氷の粒は、いつの間にか雪になっていた。
氷と雪との中間、鋭い氷の刃を隠している硬い雪は、さらさらと虎徹とバーナビーのコートの上を滑っていき、地面に潔く落ちた。
それを踏みにじりながら、虎徹は歩いていく。
その後姿に、バーナビーは涙が出そうになった。
 どうして気づかなかったろうと。







 メディア王とウロボロスという謎の犯罪組織が裏で繋がっており、シュテルンビルトで発生する犯罪をある程度コントロールしていたことが判明した1年半程前の12月。
一時期ヒーローに対する風当たりは非常に厳しいものになった。
特にバーナビーに対するそれは、同情も幾分かあったものの、虎徹に比べて相当厳しく、彼がもしヒーローを続けたいと願っても現状無理があったろう。
能力減退を理由にヒーローを引退すると宣言していた虎徹だったが、結局シュテルンビルトを離れられたのは、春になってからだった。
その間のことをバーナビーはもうよく覚えていない。
余りに辛い思い出だったので、何処か他人事のようにぼやかしてしまったのか。
しかし覚えていることはある。
虎徹と共に引退を決意したバーナビー、そしてその後1ヶ月以上に渡って続いたヒーローバッシングの渦中、一番傷つき、一番苦しんだはずの虎徹が、バーナビーを最後まで支えてくれた事。
虎徹は結局事件後、月のほぼ全日を病院で過ごした。 
それなのに、何度も何度も彼はHERO TVや本社、司法局や警察に呼び出され、多くの場所に自ら足を運んだ。
事情聴取は過酷だったろう。 一番の被害者でありながら、アポロンメディア所属のヒーローという加害者ともみなされていた彼には、司法から情けも容赦も与えられなかった。
特にマーベリックがルナティックにより殺害されてしまってからの追求は酷かった。
手がかりを失ってしまったという焦りとその失態を、まるでヒーローたちに尻拭いさせようとするかのように、執拗な追及が虎徹とバーナビーを待っていた。
それでも虎徹は文句一つ言わず、彼らの茶番に付き合った。 事情聴取とは名ばかりの尋問にあった後や、HERO TV収録の後には、倒れてしまうことすらあった。
なのに彼は大丈夫だと気丈に振舞い続けた。 それどころか、バーナビーを庇い、自分の身体を省みず、全身全霊で守ろうとしてくれた。
今思えば、あれはもうヒーローとしては最後の仕事だと、虎徹は思っていたのだろう。
その後、シュテルンビルトからの召還には必ず応じると言う条件を飲んで、虎徹はオリエンタルタウンへ帰っていった。
バーナビーの方にも似たような制約が課されたが、虎徹やアポロンメディア社がどういう工作をしたのか、国内から出なければ何処へ行ってもいいという寛大な通達が来て終わった。
 バーナビーは本当は、虎徹についていきたかった。
バーナビーにはもう本当に、虎徹しか居なかったから。
全てを失った。 帰るところもなにもない。
頼みと思っていたマーベリックは、バーナビーを操っていただけのただの犯罪者で、もはや親戚も居なかった。
これほどの孤独があるだろうか。
今までも充分孤独だと思っていたが、自分にはこれほど何も無かったのだと、本当に唖然とする程だった。
 自嘲気味の笑いが零れた。
虎徹に追いすがって、あなたについていきたいと喚きだしたかった。
でも、それは許されないのだと思った。

 病院で、そっと虎徹の背中を撫でようとしたとき、思えばあれがバーナビーだけが感知し得た最初の兆候だったのではないだろうか。
虎徹はびくりと身を竦ませると、金色の目をバーナビーから泳がせて、一度も合わそうとしなかった。
あの時は、何か自分に含むところがあるのだろうか、これ以上悪い知らせがあるのだろうか等と、自分の都合で怯えたが、今更ながらに思うのは、あれは虎徹自身がバーナビーに怯えていたと言うことではなかったろうか。
 その後最後だと言って身体を重ねた日、以前なら、行為の最中も逸らさなかった金色の瞳がずっと閉じられていたと思い出す。
それは余韻に浸っていたかったからなのだろうか、それとも、これでおしまいだという喪失感が、相手を直視させなかったからなのだろうかとバーナビーも思っていたが、バーナビー自身が虎徹を直視出来なかったのだ。
 だから身体で感じようと思った。
言葉も要らない、下手に言葉に出すと、醜い心持と、自分の子供の部分を全て虎徹にぶちまけてしまいそうだったからというのもある。
バーナビーの中で、実は決めていたことがあった。
 1年、少なくとも1年は虎徹から離れていようと。
今度は自らの意思で、彼から離れよう。 そして彼の居ない人生がありえるのかどうか考えてみようということだった。
少なくとも、虎徹にあなたしかいないんです、と今縋りつくことは単なる子供の我侭にしかならないとバーナビーは思っていた。
その位は理解できる程度には大人になっていたし、虎徹に対する見得もあった。
散々おじさんだと馬鹿にして、散々あなたは一人で何も出来ないのか、学習能力はないのかと虚仮にしていたけれど、虎徹は確かに大人で、自分を自分で支えられる人間だった。
基盤がないのは僕の方だ。
 僕は虎徹さんの子供になりたいわけじゃない。
そうじゃない。同等の立ち位置で、公私共にバディであると、虎徹さんにこそ認められたいんだ。
ずっと認めて欲しかったと、それに気づいてしまったから。
だから、自分をまず確立するためにも、虎徹の傍から離れよう。 そうして独りで立ってなおかつ彼が必要だと思ったら、今度こそ躊躇しまい。
しかし、虎徹から離れて数ヵ月後の12月、バーナビーは久しぶりにシュテルンビルトを訪れ、両親の墓参りをした後、ワイルドタイガーの復帰を街頭モニターで知った。
 矢も盾も堪らなかった。
兎に角、虎徹に会いたかった。
会って、話したかった。 抱き締めたかった。 抱きたかった。
金色の瞳も、思いの他長い手足も、今度こそ、自分のものだ。
タイガー&バーナビーであるべきなんだと。
 戒めの一年の誓いを自ら破った。
もしかしたら、今のこれは、その罰なのかも知れない。




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