タイガーピープル(1) TIGER&BUNNY 【タイガーピープル】 My Amber-Eyed Buddy CHARTREUSE.M The work in the 2011 fiscal year. 基本的にこの人は、猫族なのだとバーナビーは思う。 気まぐれで、適当で、大雑把で、おじさんでどうしようもなくだらしなく、更に追加して言うなら身勝手だ。 虎徹という名前は、英語でタイガーという意味があるそうで、かつて彼の妻であった友恵と共に、彼は自分のヒーロー名を考えたのだという。 野生の虎というよりも、普段は気のいい猫のような存在で、ヒーローたちの間でも彼は慕われ、頼りにされている。 かくいうバーナビーも、相当酷い事を言い連ねているが、この類稀な金色の瞳を持つ、しなやかな肢体のバディを、とても信頼するようになっていた。 自分よりも十歳以上年上のこの男は、日系という人種に区分されるせいか、実年齢に比べて非常に歳若く見える。 日本という極東の島国に生息する人種は、いつまでも歳若く、更に長生きだという都市伝説みたいな噂をそれとなく聞いていたが、実際そうである実例を目の前にして、驚きを隠せない。 まあ、虎徹自身は、「俺は生粋の日本人じゃねえぞ?」と確かに日本人にあるまじき、琥珀の瞳で嫌そうに言う。 同僚である先輩ヒーロー、折紙サイクロン曰く、日本人というのは普通、アーモンド色の瞳なのだそうだ。 そして彼にしてみると、変に歳より若く見られるのは、あまり嬉しい事ではないらしい。 「アンチエイジングに必死になっている、世の奥様方が聞いたら、張り倒しにくるような言い分ですよ」 とバーナビーが言うと、虎徹は鼻で笑った。 「ハッ、知るか」 がりがりと頭を掻き毟って、彼はトレーニングルームを大またで歩いて去っていく。 一通りメニューをこなしたので、早々に退散するということなんだろう。 それに、とバーナビーは思った。 「虎徹さん、身体の方は調子どうなんですか?」 二ヶ月ほど前、虎徹は酷い怪我をして、入院している。 そのせいで、寒い日になるとその傷が結構な割合で痛むらしいのだ。 二月のシュテルンビルトは、ここのところ酷寒に見舞われており、今日は特に吹雪いていて寒い日となっていた。 「ああ?」と呟き、ぶっきらぼうに振り返ってくるが、その瞳は結構優しい。 「でーじょーぶですよ〜」と手をひらひら振ってくるので、バーナビーは駆け寄って、左わき腹に手を差し伸べた。 びくっとなり、虎徹が飛び退さる。バーナビーが肩をすくめた。 「その調子なら大丈夫そうですね」 「バニーちゃん、勝手に人の身体触らないで。 びっくりしちゃうから」 「でも、虎徹さん本当に調子悪いと、絶対に言わないじゃないですか」 「そんなことないよ」 嘘ばっかりとバーナビーは苦笑した。 「まあいいです。 ところで今日・・・」 と言いかけたところで、年少組三人が、なにやら口論するかのように、騒いでいるのが目に入った。 「喧嘩?」 気になるのか歩みを止めて虎徹が年少組を見やった。 お節介で面倒見たがりの虎徹は、一応何があったのか確認してみるかと、三人の方へ寄っていく。 バーナビーは軽く肩を竦めた。 「出るのよ」 「なにが」 虎徹がカリーナに訝しげな目を向けた。 とりあえず何が起こったのかを確かめに行って見れば、ヒーロー同士の諍いではなく、なにやら世間話をしているだけのようだった。 紛らわしく大声で言い合いするなよなあと虎徹は口の中で呟いていたが、バーナビーは失笑しただけだった。 で? 何の話なの? とすでに興味をなくしていたが、虎徹は聞いた。 「近頃、シュテルンビルトに、猛獣が出るらしいのよ」 「はあ?」 意味が解らんと虎徹が言う横で、バーナビーが顔を顰めた。 「なんの猛獣なんですか? 動物園から逃げたとか?」 「そうじゃなくて、ABCよ!」 「なんのアルファベットだ」 カリーナは思い切りタオルを虎徹にぶつけた。 「馬鹿! エイリアン・ビッグ・キャットの略よ」 「益々解らねぇな」 今度は蹴りを入れられ、虎徹が悲鳴をあげた。 「もしかして、ファントムキャット・・・・・・モギィー?」 そうそう!とカリーナが頷いた。 一緒に聞いていた一人、パオリンが、「やっぱりさあ、それってなんかのネクストじゃないの?」といい、カリーナはそれにも頷く。 「そうなのよ、なんらかのネクストなんじゃないかって噂もあるの」 「で、そのエイリアン・ビッグ・キャットってのはなんなんだよ?」 カリーナに聞くと、今度は張り倒されそうだったので、虎徹は知っていそうなバーナビーに聞いた。 「えーと、確かイギリスの未確認動物で、結構目撃例が多く、UMAの中では実在する可能性が一番高いって言われてるものなんですよ。 写真でもきちんと撮られたり、実際巨大な猫が捕獲されたりしてて。 ABC、イギリスではモギィーとか、ビーストとか呼ばれてる存在です」 「へーえ」 虎徹が目を丸くした。 「で、そのモギィーってのは、シュテルンビルトでなにか事件でも起こしてるのか?」 「ううん」 カリーナは首を振る。 「特にはないんだけど、でもおっきい豹みたいのなんだよ? 夜な夜なそんな大きな猛獣が人知れず徘徊してるのって怖くない?」 「そんなに目撃者が多いんですか?」 イワンが聞くと、カリーナは頷いた。 「人によって違うんだけど、真っ黒だったっていう人も居れば、なんか縞模様付いてたって言う人もいるし、人によって証言はまちまちなんだけど、とにかく目撃情報は多いの。 かくいう私も、昨日見ちゃったのよ〜」 えーっ?! イワンとパオリンが同時に悲鳴を上げた。 「どうだったの、ブルーローズ!」 「襲われたりしなかったんですか?」 カリーナは結局、そのUMAを見たということが話したかったのだろう。 イワンとパオリンに、身振り手振りで大仰に話し始めた。 「えーと、身体は多分、こっからこのぐらいで、身体に縞模様がついてたと思うの。 でもって、尻尾がこんなに長くて、黒じゃなかった。 どっちかっていうと白っぽいかなって。ああでも、それは雪のせいかも知れなくてね。 形は噂どおり豹っぽかったよ。 豹っていうより、私には鬣のないライオンみたいに見えた」 ふむふむとイワンが頷き、パオリンがそれでそれで?と続きをせがむ。 カリーナが、それでね!と続きを話し始めたが、虎徹は軽く肩を竦めると、ヒーロー年少三人組を置いて、ロッカールームに歩き出してしまった。 「くだらねぇ〜」 そう言いながら虎徹が振り返りもせずに帰ろうとするので、バーナビーは慌てて追いかけた。 「虎徹さん、もう帰るんですか?」 「だってやることねーし・・・」 「じゃ、今晩うちに泊まって行きませんか? 凄い吹雪みたいですよ、外」 「うーん・・・」 「何か用事でも?」 虎徹が振り返ってニカっと笑った。 「ないよ。 じゃあお言葉に甘えてバニーちゃんちに泊まるかな」 バーナビーは笑顔で頷いた。 「二月は一番寒い気がするわ」 虎徹が呟く。 息がすぐに白くなり、下手をすると眉毛が呼吸に触れて凍ってしまいそうだった。 豪快に吹雪いてるよなあと虎徹がいい、バーナビーがそうですねと答える。 「日中温度幾つでしたっけ、今日・・・」 「マイナス十℃ぐらいかね・・・体感温度ならマイナス二十五℃だ。 凍る、凍っちまう」 てことは日が暮れた今現在は、もっともっと寒いということだ。 「ありえない、寒すぎる」 バーナビーが虎徹の返事を聞いて、虎徹の腕を取ってそれにしがみつく。 聞かなければこの程度か、と思うところが、具体的な気温を聞いて、本気で寒くなってしまったのだ。 「あ、歩きにくいっ」 虎徹が風雪と、凍ったアスファルトに足を取られて、つるっと行きそうになる。 バーナビーがそれを助けた。 「なにやってるんですか、おじさん」 「お前がいきなり抱きついてくるからだろー」 俺のせいじゃねえよ!と金色の瞳が怒っていたが、バーナビーは笑ってしまった。 「やっぱり、虎徹さんは温いですね」 「お前が体温低すぎんだよ。 この低温動物」 「虎徹さんは、子供みたいな体温してるから」 「新陳代謝がいいって言えよな」 「寒いんで、腕一本貸してください」 「俺がカイロかよ!」 「いいじゃないですか」 そのまま降りしきる雪と風の中を、二人くっつきあいながら歩いて帰る。 バーナビーの自宅につくと、虎徹は勝手知ったる場所のようにリビングにずかずか入り込み、ヒーターを最大にした。 「いや、今日はホントに寒いな」 「虎徹さん、焼酎はお湯割りでいいですか?」 「うん。 じゃ、チャーハン作るぞ」 「今日、海老ないんです」 「豚肉でいいよ」 笑顔でそう答えてきて、二人はそのまま一緒にキッチンに立つ。 虎徹が居なければ、恐らくバーナビーは生涯キッチンに立つ事なく終わったような気がする。 彼が自分の生活に入り込んでくるようになってから、バーナビーは本当に色んな事を覚えたなと思った。 てきぱきと材料を冷蔵庫から取り出すと、鼻歌交じりで虎徹がチャーハンを作り出す。 バーナビーはそんな虎徹に背を向けて、焼酎をもってくると、梅干という赤くて丸くてすっぱいものをグラスの中に落とし、ポットからお湯を注ぐ。 虎徹がミルクパンをバーナビーに寄越したので、赤ワインを持ってくると、オレンジピールとシナモンを入れる。砂糖は少量落とすだけにして、バーナビーは虎徹と並んでキッチンに立った。 「一緒に見とくけど?」 チャーハンを作りながらそういうので、バーナビーは抱きつく。 「火を使ってるときはやめろって言っただろう?」 そういいながらも虎徹は嬉しそうで、バーナビーの手を振り払おうとしない。 やがて、自分を抱きしめるバーナビーの腕に小さく唇を落とした。 「ほら、もう出来るから」 その言葉どおりで出来たばかりのチャーハンを、皿に盛り、ミルクパンからグリューワインをカップに注ぐ。 それと虎徹の梅焼酎お湯割を持って、二人はリビングへ戻っていった。 「温まるなあ」 虎徹がしみじみと呟いて、バーナビーがはいと答えた。 夜、隣から虎徹の身体が抜け出ていったのを知った。 思う様抱き合い求め合った末に二人とも、波間に沈む船のように、なし崩しに互いに溺れて寝てしまっていたから、バーナビーは覚醒できず、彼の身体を見送った。 半分幸せな夢の中で、虎徹の綺麗な肢体が、半開きになったドアの向こう、リビングで、シュテルンビルトの夜景に浮き上がっているのが見えた。 多分、水でも飲みに行ったのだろうと、バーナビーは気にすることなく、再びまどろみ、ゆっくりと幸福な眠りの中に戻っていく。 そしてどれくらい経ったのだろう? バーナビーは再び眠りが浅くなり、半分目を覚ます。 隣にやはり虎徹がいない。 こんな真夜中に、素っ裸で何処に行ったのだろう。 リビングでそのまま飲んでるのかしらん? 疑問に思いつつも、身体が重くて起き上がれない。 大丈夫かなァ、虎徹さん・・・と考えていると、半開きのドアの隙間から、するりと黒いシルエットがベッドルームに入り込んできた。 ああ、虎徹さんが帰ってきたんだなと思い、その僅かあと、その肢体が自分の隣に潜り込んでくるのを感じた。 一瞬、バーナビーは身体が強張った。 「冷たッ・・・」 不意に意識が明瞭になり、バーナビーは起き上がる。 自分の腰の辺りを抱くようにして、すでに熟睡している虎徹の姿があった。 しかし、その身体はしんと冷たく、まるで雪のように凍えていて、バーナビーはびっくりした。 今この家は、ヒーターが全開にしてあって、リビングも床も全て温かい。 なのに、この虎徹の身体の冷たさは・・・。 「何をどうしたらこうなるんですか、おじさん」 呟きながら、彼の身体を摩る。 虎徹はぐっすりと眠っていて、全く起きない。 バーナビーはやれやれと肩を竦め、彼の身体をしっかりと抱く。 そして、自分の身体で温めてやりながら、バーナビーもまた、ゆるゆると夢の中へと戻っていった。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top |