Novel | ナノ

喪 失(2)

TIGER&BUNNY
【喪 失】I am sorry to have forgotten you.  
CHARTREUSE.M
The work in the 2012 fiscal year.






 くすんだ黄土色をした葉を街路樹が道路にぽろぽろと落とし、かさかさした乾いた空気が、ブロンズステージのアスファルトに、埃とも砂ともつかない汚れをふき散らかすようになると、シュテルンビルトの短い秋は終わりを告げる。
いっそ潔いというぐらい、季節は秋から冬へと唐突に切り替わり、澄み切った高い空が、雲間から覗く。
やがてそれは垂れ込めた灰色の雲で覆われていき、気づくと冬からの使者がちらちらと舞降るようになるのだった。
 バーナビーはシュテルンビルトの空を、ジャスティスタワーのハーフバルコニーから遠く眺めていた。
すでに夏どころか秋の名残すらなく、海から吹き抜ける風は酷く冷たい。
伸びやかに翼を伸ばして、海風に戯れている鳥は鴎で、切れ切れに聴こえてくる鴎の鳴き声が、物悲しく都市上空に響き渡っている。
 灰色の薄っすらした雲が北からやってきて、太陽を少し翳らせ、これはもうすぐ、雨になるのかも知れないと、バーナビーは思った。
「バーナビーさん」
 背後から声をかけられて、バーナビーは振り返った。
声からして期待した人物のものではないとは解っていたが、それでも振り返る瞬間、いつものあの人の笑顔がないだろうかと探してしまうのは、染み付いた習性に近い。
 イワンがプラチナブロンドを風に嬲られながら、階段を上がきり、こちらに向かってくるのが見えた。
「何かありましたか?」
「えーと、あの」
 珍しいアメシストの瞳を真っ直ぐにバーナビーに向け、イワンは一瞬どう言おうか悩んだようだったが、首を左右に振った。
「特に、いえ、いつもと変わらないですけど、その」
 イワンがバーナビーの隣に来ると、同じように手すりを掴み、遠く海を眺めた。
「・・・・・・辛いですね」
 バーナビーも再び視線を海に戻す。
海の上に、白波が泡立っているのが見えるような気がした。 実際、海は今少し荒れているのだろう。
ちらちらと何かが視界の中を掠め始める。
 小さな氷の粒が、空から降り注ぎ始めた。
雨にも雪にもなれず、それは小さな鋭い氷の破片となって、バーナビーとイワンの上に静かに降り注いできた。
「僕になにか出来る事はありますか」
 イワンの呟きに、バーナビーは小さく首を振る。
「解りません。 虎徹さんがこれから先どうなるのか、思い出してくれるのか。 それとも一生このままなのかすら」
「どうしたら思い出してくれるんでしょうか」
「・・・・・・」
 イワンの疑問は、バーナビーの疑問だった。
そう、誰よりも思い出してもらいたいのは、僕なのだ。
でも、僕たちには、それを責めることは出来ない。
何故なら、僕たちこそが、最初に彼を裏切ったのだろうから。
「バーナビーさん、戻りましょう。 ここじゃ風邪ひいちゃいますよ」
 辛いでしょうけど、傍に居てあげてください。
ひょっとしたら、いつかひょっこり思い出してくれたりして。
 バーナビーはイワンを見て、微笑む。
そうだったらいいなと思いながら。







 トレーニングルームに戻ると、いつの間にかヒーロー全員が来ていた。
バーナビーはちょっとしまったな、と思う。
イワンやネイサン、パオリンにはあまり注意を払わなくてもいいが、ここのところバーナビーはカリーナだけは警戒することにしていた。
 虎徹は一人黙々とクロストレーナーを動かしている。
ヒーローたちを忘れる前までは、さぼってばかりだった彼は、ここのところとても熱心にトレーニングをするようになった。
何かを振り切るように、一心不乱といってもいい。
虎徹の綺麗な筋肉が、腕の動きにあわせて脈動しているのが見える。
こっそり伺い見るイワンとバーナビーは、虎徹の視線が何処に向いているのか探そうと思ったが叶わなかった。
多分、現実の何処も見ていない。
 そんな彼らの視界の中、アントニオが虎徹の横のクロストレーナーに腰を下ろすのが見えた。
「よう、虎徹、近頃熱心だな」
「あ、ああ? バイソン」
 ぼんやりとした瞳が、焦点を結び始める。
その不思議な視線に気づかないように、アントニオが話を続けた。
「どうだ、その。 ここいらでまた飲みに行かないか?」
「お前と? 俺が? どうして」
 虎徹がクロストレーナーを動かす手を止めて、不思議そうにアントニオを見つめた。
「いや、俺らほら、ブルーノートにボトルキープしてあるだろう? 暫く行ってないから」
「なんでバイソンがブルーノートを知ってるんだよ」
 虎徹は顔を顰めた。
それからがりがりと頭を掻き毟り、ため息をつく。
「なにそれ、アントニオから聞きだしたりしたのか? 勘弁してくれよ。 ヒーロー業とプライベートをごっちゃにしたくないんだ、俺は」
 ぶつぶつと虎徹がそう口の中で文句を言い、困ったような笑顔でアントニオを見る。
「悪いな、ロックバイソン。 俺はヒーローたちとは馴れ合わない主義だ。 飲みに行きたいのなら他を当たってくれ」
「あ、いやな、虎徹」
「後それ、俺の本名、呼ばないでくれないか。 何処で誰が聞いてるか解らないんだから。 頼むよ」
「まてよ、虎徹・・・、ほらお前俺と約束したじゃないか、楓ちゃんに会わせてくれるって。 ていうかお前俺に頼んだだろ? ジャスティスタワーの上でさ、俺に! 楓ちゃんを頼むって言ったよな?! な、言っただろ、お前が俺に言ったんだ」
 その時、少しバーナビーも虎徹の表情に期待した。
明らかに、虎徹ははっとしたような顔になったからだ。
 しかし、その表情も一瞬なだけで、やがて虎徹は無表情になり、首を静かに振った。
「あの時は、アントニオが居なかったから・・・、ヒーローしか居なかったから、頼むしか無かったんだよ。 大して親しくしてもいなかった俺がなんでロックバイソンに楓を頼んだか解らないが、お前が一番頼りになると思ったんだ。 申し訳なかった。 この通りだ」
 頭を深々と下げてきた虎徹に、バイソンは当惑し、おろおろと手を左右に小刻みに振っていたが、やがてがっくりとうな垂れた。
 一見違和感がないから怖いのだ。
アントニオは奇妙な風に顔を歪ませていた。
それから長くため息をつくのだ。
「バイソンはヒーローだろ。 互いに互いのプライベートには踏み込まない方がいい」
「そうだな」
 そう、寂しそうにアントニオが頷くのが見えた。
いつの間にかその光景を見ていたカリーナが、バーナビーの斜め右横で、息を呑んだ。
バーナビーはカリーナを振り返り、その真っ青な表情を痛ましく見つめる。
カリーナは泣き出しそうだった。
 実際カリーナは何度もトレーニングルームで泣いた。
バーナビーもその姿を何度か目撃している。
それでもカリーナはまだマシなのだ。
 ブルーローズは、虎徹にヒーローとしては一番信頼されている。
そして彼の中では、ブルーローズだけが自分に耳を傾けてくれたという事実がとても大きくなってきていたらしい。
虎徹がブルーローズを見る目はとても優しい。 少なくとも、ヒーローたちの中でブルーローズの言葉だけには、バーナビーの次くらいに虎徹は耳を傾ける。
プライベートなことでも相談に乗るし、実際ブルーローズは一番虎徹に対してダイレクトに自分を思い出してくれと懇願していた。
それじゃ虎徹が混乱してしまうだろうとバーナビーは思ったが、それほど彼女は必死だったのだ。
虎徹自身当惑し、酷く混乱して傷ついたような顔になるけれど、ブルーローズだけは決して邪険に扱わない。
困ったなあと言いながら、意味が判らないだろうその言葉を必死に聞き取ろうとしてくれる。
このまま行くとあの感情は愛になるのではないだろうか。
そしていつか、見つからないバニーの代わりに、ブルーローズを愛するようになるのではないか、そんな危惧がバーナビーの中には芽生えてきていた。
なので、バーナビーはカリーナを見かけると、できるだけ虎徹を彼女から引き離すようにする。
二人きりで話さない様、気をつけている。
カリーナは気づいているのだろうか。 それとも気づいていないのだろうか。
 カリーナという本来の自分を切り捨ててしまえば、ブルーローズとしては愛されるかも知れないという、その冥い事実に?
それでもきっとカリーナは捨てられないだろう。
 虎徹が、カリーナというヒーローではなく、ただ一人の女性を愛してくれるかも知れないと言う希望を。
「ねえ、タイガー、あのね・・・」
クロストレーナーから立ち上がり、ベンチにおいてあったミネラルウォーターを一口、口に含んだ虎徹にカリーナがおずおずと近寄っていく。
「ブルーローズ」
 虎徹が柔らかく微笑んだ。
「あの・・・、今度ライブがあるのよ。 聞きに来てくれないかな・・・」
「ブルーローズのステージならいつも活動中に観てるじゃないか」
 違うのよ、そうじゃないのよ、カリーナのステージなのよ。 
そう彼女が言うと、虎徹は困ったような顔になって言うのだ。
「なんで、ブルーローズが彼女を知ってるんだよ。 カリーナはなあ、まだ高校生なのに、歌手になろうとして頑張ってる素敵な女の子なんだ。 あまりヒーローが係わり合いになっていい子じゃない。 大体お前のつてで、デビューしたって彼女は喜ばないと思うぞ」
 違うのよ、私がそのカリーナなのよ。 ねえ、タイガー、聞いてよ。
私の声、ちゃんと聞いて。 私がカリーナなのよ・・・。
 でも、その声は何時でも届かないのだ。 だから彼女は泣くしかない。
今日も無駄だったと、バーナビーは思った。
 いつもの退場シーンだ。
狼狽える虎徹の前から、カリーナは泣き出して逃げ出す。
ばたばたと走り去っていくカリーナの後姿に、虎徹は「ブルーローズ・・・」と小さく言ったが、やはり腑に落ちない表情で首を傾げるだけだ。
 胸が詰る。
どうしよう、どうしたら、彼は昔のように、僕らを思い出してくれるのだろうか。
 なんだかなあ? と首を捻りながら虎徹はミネラルウォーターのキャップを閉めて、バーナビーを振り返った。
「バーナビー、俺本社に戻るぞ」
「あ、僕も戻ります」
 慌てて呼ばれたバーナビーは、虎徹の横に並び一緒にロッカールームへ向かう。
鼻歌交じりで歩く虎徹の横顔を眺め、そして共に着替えていてこっそり盗み見するも、彼はバーナビーを一顧だにしない。
 バーナビーは堪らず虎徹を振り返り、声を詰らせて言った。
今なら誰も来ないのを確信していたから。
「虎徹さん」
「ん?」
 振り返る琥珀色の瞳。
その瞳が、すっと細められて、バーナビーを見ていた。
「あの、昨日も言ったんですけど、僕はあなたの・・・・・・」
 バーナビーが手を伸ばすと、虎徹はストップというように、笑いながらそれを拒絶した。
「ごめんな。 俺も何度も言うけど、俺はバニーと付き合ってるんだ。 お前の事は好ましいと想うけど、二股は趣味じゃない。 大体あいつに悪いから」
 バーナビーは何度も言った。
そのバニーが僕なんですと。
でもその声は決して虎徹には届かないのだ。
目の前に居るのに、触れることも出来ない。
目の前に居るのに、彼が愛してるのは確かに自分のはずなのに、彼は自分を抱きしめる事は無い。
それなのに、追求すると泣きそうになるのだ。
「俺、嫌われたのかなあ・・・」
 何かしたっけ、随分と会ってない。
でも来たときに困るから、ここに居なきゃいけないと思う。
そんな風に言うのだ。
 辻褄があってないのに、彼の中では完全にひとつの真実になっていて、彼はずっと自分のバニーを探し続ける。
矛盾だと、バーナビーは思った。


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