Novel | ナノ

君のノスタルジア(5)


 ツアーコンダクターたちに事情を話し、オリエンタル商店街からのツアー参加者4人はジャスティスタワーへ虎徹もろとも保護される次第になった。
なんだか判らないが、どうやらタイガーは何らかのN.E.X.T.による影響で記憶喪失に陥っているらしい。
その報が知らされた時、バーナビーは自分でも驚くほど動揺した。
他の面々も驚いて、すぐに各社に引き上げるとヒーロースーツを脱ぎ捨てて虎徹が保護されたジャスティスタワー、トレーニングセンターの談話室へと急ぐのだ。
バーナビーはアポロンメディア社と斉藤への報告等もあって到着が一番遅れた。息を堰切って駆け込むと、当惑したように、実際怯えたようにヒーローたちの面々、そして日系人4人に全包囲されて立ち竦み、殆ど半狂乱になって「友恵を探してくれ!」と叫んでいる虎徹を見るのだ。
「どうしたんですか、虎徹さん!」
 大丈夫ですか、何をどうされたんです。身体は? 記憶がないって本当ですか――。
バーナビーはみなまで言えなかった。今まで泣きそうな顔で訴えていた虎徹がバーナビーを振返った瞬間、満面の笑顔になって抱きしめに来たからだ。
「こ、虎徹さん?」
 動揺すると同時に、虎徹さんは自分だけは忘れてなかったのか、という予測に胸がいっぱいになってしまう。素直に嬉しかったのだ。ところが。
「友恵ちゃん! 良かった! 無事だったんだな!」
 は?
 え?
その場に居た全員が完全に固まった。それからカリーナが「どうしてそうなんのよ!」と一瞬遅れて地団太踏み出したが、それは誰も構っちゃいなかった。
 虎徹はぎゅっとバーナビーを抱きしめながら訥々というのだ。
「だから、俺から離れんなって言ってただろ?! どれだけ心配してたか判るか?! 判ったんなら謝れよ、あと皆にも謝れよな?! お前のせいでツアーが台無し・・・・・・」
「虎徹さん、虎徹さん」
 バーナビーはもがいて虎徹から逃れるとその身体をそっと自分から離して虎徹の顔をじっと覗き込むのだ。
「大丈夫ですか? 僕はバーナビーです。バーナビー・ブルックスJr、貴方の相棒でヒーローです。虎徹さん、僕の声聞こえてますか?」
「聞こえてるよ。友恵、とりあえずみんなに謝ろう。な」
聞こえてない。
聞こえてないわよ。
聞こえてないでござる・・・・・・。
タイガーどうしちゃったのかなあ。
 ? 
ネイサンがふむと頬に手を当てて、商店街メンバーの4人は「虎坊、お前――」とまた絶句した。
 それから我に返ったアントニオが、虎徹だけをなんとか引き剥がして病院へと連れて行くのだ。
正確には対N.E.X.T.対策部門、専門診断医が常駐する、中央メディカルセンターへ移送されてしまったのである。
 検査には丸一日かかった。
ちなみに誤認識してしまう相手ときちんと認識している相手がいるということで、現時点正常に認識されている人物が、アントニオを含めてオリエンタルタウンからのツアー客、オリエンタル商店街の4人だけということでシュテルンビルトに留め置かれる事になってしまった。
シュテルンビルト司法局からの処置で、この問題、ワイルドタイガーの症状になんらかの目処がつくまで、メダイユ地区の官僚エリアに暫く逗留する事になったのである。



 そのN.E.X.T.は程なくしてシュテルンビルトの子役タレント、リリー・オヴザヴァリー(すずらん娘)の持つ「ノスタルジア」だと判明した。
「こういう発現の仕方は珍しいんですけどね〜」と、医師はのんびりと言った。
 命に別状はありません。
彼は今目覚めて動いてますが、半分夢を見てるんですよ。正確には懐かしい思い出をなぞりながらリアルを生きているというか。よっぽど郷愁を誘う、本人にとってはもう一度見たかった思い出なのでしょうね。
 夢と一緒なので、彼が見たいと思ったところまで見終われば正気に戻りますよ。
「いやちょっと待ってください、見終わらなかったらどうなるんですか。その先がなくて幸福なところでループしたらどうなるんです」
「? 夢は必ず覚めますよ?」
「いや、虎徹が、じゃなくてワイルドタイガーが、もう夢みたまんまで居たいって思ったりしたらそれってどうなるんです」
 はっはっは。
医師は声を上げて笑った。
「誤認識したままリアルでの活動は普通に続けていくんじゃないですかね。まあでも大丈夫。夢には必ず終わりがあるんです。終わったら終わり。即ちそれが目覚め」
 なんだか哲学的なことをいって、医師は笑いながら大丈夫と請け負った。
しかしアントニオは気が気ではなかった。この夢の終わりをアントニオもまた知っていたからだ。
 虎徹お前・・・・・・。
それでもアントニオは親友の為に、虎徹が今どんな夢を見ているのか探ろうとした。
まず自分はアントニオと認識されている。そのおかげで、怪訝そうな顔をされたものの友恵と虎徹が結婚する直前、シュテルンビルトへ上京する前の一番希望に満ち溢れている時代の事であることがわかった。そう、虎徹と友恵は結婚する前にシュテルンビルトの日系人ツアーで、将来自分がヒーローとしてその伴侶として過ごす街を下見にきていたのである。
 その頃の思い出か――。
その後アントニオはヒーロー仲間を虎徹と一人ひとり面通しさせた。
その時の会話を記録して、虎徹の現時点の認識を把握する事にしたのだ。その結果、バーナビーがどうやら友恵と認識されており、他の面子も当時の虎徹の友人や知人に勝手に認識を割り振られてしまっている事が判った。まるで劇の配役のように、虎徹の中では12年前の自分自身及び取り巻く環境を全てリアルに投影してしまっていたのである。
 アントニオは医師の協力の元に、自分が知っている限りの虎徹の今後の記憶、その推移などを書き起こしてシナリオ形式に纏めた。
絶対にループしない可能性はない。虎徹のその見たがった夢の最後は余りにも悲惨だ。友恵を失った時どれだけ虎徹が崩れたか、それを今知っているのはヒーローの仲間内で自分一人だけだという使命感もあった。なんとしても虎徹を目覚めさせなければ。このままでは虎徹の中には楓が存在しなくなってしまう。
それに対する対処法。そう、アントニオと医師が計画したことは、お芝居の劇のように、無理矢理にでも最後まで夢を進行させること。例えその結果またあの友恵を失う悲劇のシーンに至ったとしても、これは夢なのだ。脚本次第でショックを軽減させることが出来るだろう。
 というわけで。
再び虎徹を除くヒーロー全員が召集されたトレーニングセンター談話室でアントニオは平伏してバーナビーに頼みこんだ。
「頼む、この通りだ。虎徹の為に暫く友恵さんになっちゃくれないか」
 バーナビーはアントニオの様子に絶句する。慌てて立って下さいというも、アントニオは顔を上げなかった。
「頼む、虎徹を助けてやってくれ。このままじゃアイツ・・・・・・」
 僕だって別に協力しないわけじゃないですよ。虎徹さんは僕にとっても大切なバディなんですから。
でもですね・・・とバーナビーは顔を曇らせる。
「それってシナリオ的に何処までなんですか? 婚前ツアーが終了するまでなんでしょうか」
「やってみなきゃ判らない。でも少なくとも現時点の婚前ツアーがゴールじゃねえとは思う」
 つまり?とバーナビーはアントニオに手を差し伸べて立ち上がらせながら続きを促した。
「お、俺の予測だが、最悪友恵さんが亡くなるところまで・・・」
「・・・・・・」
 バーナビーは溜息をついた。
「辛いですね」
 それ、全然幸福でもなんでもないじゃないですか。僕のノスタルジアはあんなにも優しかったのに。
「そうだな」
 アントニオも苦渋を滲ませた顔で呟く。
「まあ、とりあえずキャスティングの確認をしてくれ」


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