君のノスタルジア(3) その夜バーナビーは両親の夢を見た。 何時も見る悪夢ではなく、恐らく4歳以前の記憶そのものだ。 父と母の鮮明なその思い出は、すでにもう忘れ去ってしまい二度と思い出せないものだと諦めていたのに、夢の中で鮮やかに再生され朝目覚めてもしっかりとバーナビーの記憶の中に残っていた。ずっと思い出したい、忘れたくなかったと後悔し取り戻そうと切望していた記憶が戻ってきたのだ。 ノスタルジア―― そういうことか。 バーナビーは起きて頬を流れる涙に微笑む。嬉しかった。本当に忘れていた。それが今鮮やかにバーナビーの胸の中に残る。 確かな記憶だった。もう一度夢の中であの幸せな体験を繰り返す事が出来たのだ。もう二度と忘れまい。 リリー・オヴザヴァリー、なるほど、ノスタルジアだ。これは結構凄い力なんじゃないのか? 起きてコーヒーを淹れながら、これはスタジオで彼女にあったらこっちが礼を言わないとなと思った。何時になく浮かれた気分で会社に向かい、バーナビーは虎徹に貴方はどんな夢を見たのか、自分は最高にいい夢を見ました。思い出したっていうべきかなと話したかった。少し早めについたので席について待っていたが案の定いつもどおり遅刻らしくこない。それでも今日のバーナビーは寛大だった。自分がそうなのだから、きっと虎徹は奥さんの夢を見たに違いない。きっとそれはそれは素敵な夢だろう――。 そこまで思ったところでPDAが鳴った。 前の席におり、既に業務を開始していた経理のおばさんがぎょっとしたように顔を上げる。 朝からの出動呼び出しは非常に珍しい。かつて活動していた時期を入れても一度しかない。PDAからはおなじみのアニエスの声が聞こえてきてバーナビーは直ぐに了解した。 「了解です。すぐに現場に向かいます!」 おばさん! はいよと応える。行っておいでと彼女は言うと、午前中の事務仕事は私がやっとくと請け負う。バーナビーは社内LANで開こうとしていた書類を全て彼女に転送した。 「タイガーは?」 「会社の近く迄来てると思うんですけど――、下で合流できれば拾っていきます」 そういいながらバーナビーは地下駐車場にあるトランスポーターへと向かった。斉藤が既に乗り込んでおり、バーナビーも乗り込んだところで斉藤が「タイガーと連絡が取れない」と言った。 「会社の近くに来てるのでは?」 「PDAに出ないんだ」 斉藤の顔に焦りのようなものが浮かんでいたのは何故だろう? バーナビーは変身ルームでスーツを装着すると「チェイサーで行きます」と言った。 「虎徹さんと連絡とれたら、斉藤さんはトランスポーターで迎えに行ってやってください」 「判った」 シュテルンメダイユ地区で起こった早朝からの強盗騒ぎはものの数時間で決着がついた。 ブルーローズとファイヤーエンブレムが足止めを行い、スカイハイとバーナビーが各々各自が別ルートで逃げ出した相手を追い詰めて捕まえる。ロックバイソンとドラゴンキッド、そして折紙サイクロンは逃走ルート上にあったショッピングモールから観光客を含む多くの人間を避難誘導し、途中強盗犯の逃走が原因で発生した事故から人命救助のポイントを確実に稼いでいた。シュテルンビルトモールはこの星座の街でも髄一の観光名所であった為まだ早朝とはいえ混雑が出来るほどの盛況だったのだ。 多分そういったところも見越しての強盗だったのだろうが、いやはや犯罪者というのは色々な方法で犯罪遂行を目論む者なのだなあとスカイハイが変に関心していたが、全くだとバーナビーも思った。シュテルンビルトモールはテロの標的にもなりやすいということで、常日頃からテロが実際に起こった場合を想定して、店舗共々シミュレーションを行っていたところもあったのだが、今回秩序だって人々が動けた背景にはこの日の早朝にモールにいた観光客の大半が日系人団体客であったという幸運もあった。総じて彼らは世界的にも有名な、「指示に素直に従う」タイプの民族だったのでそのアナウンスがあった時にも特に疑問にも思わず誘導指示に従ったらしい。ただ、ドラゴンキッドはその理路整然とした動きが「ロボットみたいで気味悪い」と零していた。 「なんか、個なのに団って感じなんだよね、あそこの国の人たちって」 「キッド君の親戚みたいなもんじゃないのかい?」 スカイハイが笑顔でそう言うのにパオリンは「んなわけないじゃん」と頬を膨らませた。 「スカイハイのその言い分だと、ボクとタイガーだって兄弟になっちゃうじゃん」 「君たちは兄弟というよりどちらかというと親子のようだね」 「ひ、――ひえっ?」 変な声を上げたのはカリーナで、パオリンは眉間に皺を寄せて「なんでブルーローズが変な声上げるの」と聞いた。 それから「あれ? 今日タイガーは?」 「それが、・・・・・・連絡取れなくて」 バーナビーが犯人引渡しを終えて雑談に興じているスカイハイとドラゴンキッド、それとブルーローズのところへとやってきてフェイスガードを上げながら言った。 「何かあったんじゃ」 きょろきょろとそれでも周りを伺うバーナビーにカリーナが自分のPDAを立ち上げて虎徹をコールする。しかし「no signal」と表示されてしまい苛々と爪を噛んだ。 「圏外なの? それとも切っちゃってるの? あの馬鹿」 「でも、タイガーが事件のコールすっぽかすってことってあったっけ?」 パオリンがそう不安げに言う。その時バーナビーも思い当たってしまい、胸を押えた。 「本当に何かあったのかも知れない・・・・・・」 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top |