Novel | ナノ

運命の青いNEXT(8)


 それより、このNEXTはなんなのかよ。
――ですね。
 なんの能力なのこれ。 ああもう、本当にイヤ・・・。
――精神の入れ替え能力? ですかね・・・。それにしても条件がいまいち判りにくいな。
 どうして今私、アンタの中に入ってるんだと思う?
――さっきはどうして僕があなたの中に入ったんでしょうね。
 心当たりは?
――全く。

 そのまま延々と話し合い、いつの間にか眠ってしまったらしい。
カリーナの方も疲れていたのか同じように意識が消えてしまったようだ。それきり会話の続きが思い出せず、朝目を覚ますと虎徹が自分の左手を握り締めて眠っていた。
簡易ベッドは段差があるので、虎徹の方がやや下にいるのだが、バーナビーが左腕を落としたのだろう。きゅっと握り締めているその温かな感触に驚くほどバーナビーは安堵した。虎徹さん、好きです、おはようございます。

「う、・・・あ、なんだよバニー起きた? うん? もう朝?」
「おはようございます」
「どう、調子は・・・」
 起き上がりながら伸びをする。
病室の窓から金色の朝日が差し込んで部屋は明るくなっていた。
「大丈夫です。 問題ないです」
「どれ」
 起き上がって突然虎徹が顔を寄せてきたのでバーナビーは慌てた。虎徹はそのまま自分の額とバーナビーの額をくっつけると「しーっ」という。何をしているのかと思えば、どうやら熱があるかどうか知りたかったらしい。
「熱はないみたいだ」というので、そんなんじゃ熱があるかどうか判らないでしょうにと文句を言うと「いや意外に判るんだって」と笑われた。
「もっと小っさいときに、楓に良くやったんだ。子供は直ぐに熱出すからさ」
 あ、子ども扱いしてゴメンなと言う。
こりこりと首筋の裏を右手で指圧していたが、虎徹がさてとベッドから立ち上がった。
「じゃあ、退院手続きしてくるかな。特に用意するものないと思うけど、着替えしといたら?」
「はい」
 虎徹が簡易ベッドをバーナビーのベッドから少し離すとしわくちゃになったワイシャツを調えて出て行く。その後姿を見送りながら、なんだかとてもいい匂いがすると思った。
今もの部屋にほんのりと香っているのは、虎徹のフレグランスの香りというよりは体臭だろう。日系人らしく風呂好きな虎徹は、一日に一度は必ず湯船に浸かって身体を隅々まで洗う。その為彼はとても体臭が薄い。日系人は元々誰もが体臭が薄いのだがその人種的なものもあって香水もあまりはっきりしたものを好まない。軽く直ぐに飛ぶような淡い匂いのものを好むか、つけない事を選択する者がとても多く、バーナビーは最初虎徹がそういったフレグランスをつけている事を知らなかった。むしろ故意につけてないんじゃないかと思っていたら、ある時軽い柑橘系の香りに気づいた。あれは確かヒーローアカデミーに講師役にボランティアで行って、虎徹が負傷した時だ。
思い当たって胸がずきりとした。久しぶりに思い出したと思った。あの傷はまだ肩に刻まれているのだろうか。
 最後に観たときはさらに虎徹が重症で、バーナビーは彼が死んだと思った。あの時抱きしめた身体がやけに軽くて、泣きながらああ、あの傷は残ってしまったのだなあと頭の片隅で思ったら更に泣けた。結局虎徹は気を失っていただけで、生きていたのだけれど。
 虎徹の香りは何故かどれもが危機的状況下においてバーナビーに知覚される。そのせいで奇妙な生々しさを伴っていてバーナビーをそわそわする気分にさせるのだ。その痛みは安堵と抱き合わせになっているのもなんだか落ち着かない。
 そんな風に回想して神妙な気分になっていると、虎徹が朝食のトレイを二つ掲げて戻ってきた。
「途中で配膳してる看護婦さんに会ったのでついでに貰ってきた」
 笑顔でバーナビーの分はオーバーテーブルへ載せて自分は簡易ベッドに腰掛けて膝の上へ。
「コーヒーは後でいれてやるから食え」というので、バーナビーは虎徹と共に朝食を取った。
「バニー」
 虎徹が声をかけてくる。
「病院食なんて味気ないと思っていたけど、結構美味いな」
「病人食じゃないからでしょう。病気によって食べられるものが違うからこれはきっと胃腸には問題ない人用なんですよ」
「そうか。俺最後に入院した時は粥からスタートだったからなあ」
 糊みたいでまずいんだよあれがと虎徹がいい、バーナビーはまた虎徹がH−01と戦って重傷を負ったあの日の事を思い出し胸を痛めた。
「だって貴方あの時、死にかけてたじゃないですか。大丈夫とか言って、3日も意識無かったじゃないですか」
 知らぬうちにぶるぶると手が震えていたようで、虎徹がびっくりしたような顔をしている。それから「ゴメンな心配かけて」と謝ってきた。
虎徹が立ち上がってサイドテーブルの方にいくと、インスタントコーヒーを煎れて戻ってくる。
ふるふると震えているバーナビーに微笑みかけた後オーバーテーブルにコーヒーカップを置いて、ぽんぽんと二度肩を叩いた。
「ごめんな」
 そのまま虎徹の手がバーナビーの背中を擦る。その擦り方が優しくてバーナビーは今度は嬉しさに身体が震えた。
なんだろう、今日の虎徹さんはとても素敵に見える。どうしよう、何故だろう。何か僕悪いものでも食べただろうか。
そしてはたと気づいてしまう。今一瞬脳裏を満たしたものは、「告白したい。虎徹さんに好きだと大声で言いたい」ということ。自然に虎徹の手をとって叫び出しそうになってバーナビーの脳裏を昨日の現象が――カリーナの姿が浮かぶ。
 そう、彼女も咄嗟に虎徹に告白しそうになっては居なかったか?
自分が阻止したけれどとそこまで考えてバーナビーはぐっと両手を握り締めた。
「――虎徹さん、僕ご飯食べちゃいますから」
「あ、ああごめんな。具合悪かったら言えよ?」
 すっと虎徹が離れていってバーナビーは思うのだ。
これはもしかすると、NEXTの力の一部なのかも知れない。その作用なのかも知れない。何の力だか判然としないが、明らかにおかしい。
僕は間違いを犯そうとしてるんじゃないのか。いやもうそれでも。何故だろう、虎徹さんが何時にも増して眩しいというか魅力的だ。・・・何考えてんだ僕。
 内心パニックを起こしそうになりながらも必死で朝食を咀嚼し、コーヒーを喉に流し込む。
少々挙動不審だったようで虎徹が心配そうにまだちらちらと自分を伺っているのが判ったが、これはカリーナと一度きちんと話し合わないといけないだろうと思った。そして彼女の方がどうなっているのか、――精神的な作用の意味も込めて検討した方がいい。
そう考えて必死に自分を落ち着かせた。
やがて簡易ベッドを畳んで虎徹がナースステーションにそれを返却しにいくと、バーナビーも立ち上がってベッド周りを片付けた。
服は着替えをトランスポーターから持ってきてくれていたので虎徹が帰る前に着替えてしまう。一応最後に診察があるだろうのでどうするか。虎徹に終るまで待ってて貰うか。そういえば今日のスケジュールはどうなっているのだろうとまで考えた所で、虎徹がロイズと一緒に戻って来た。
聞くと手続きもあるがこの後バーナビーの撮影があるので、病院から直行しよう言う事らしい。
「調子は大丈夫ですか? 撮影日程がおしているので成るべく早くとのことですし、良ければ今日済ましましょう」
「はい・・・」
 まあ休みにしてくれるなんてちょっとは期待したのだけれど無理ですよねとバーナビーは思って曖昧な笑顔。
虎徹はロイズに「じゃあ俺はこれで出社します」と言った。
「ああじゃあ私の代わりにこの書類を経理の人に届けておいて下さい」
 いいですよと虎徹がロイズから封筒を受け取る。そしてロイズは先ほどブルーローズの父兄の方に会いました。あちらも退院出来るようですよと言った。
「彼女は今日一日オフになったようですよ。ご父兄の方も心配でしょうしね。彼女は未成年だし」
「ブルーローズのお母さんですか? 俺も昨日会いました。じゃあ挨拶して行くかな」
「そうしなさい」
 今回のこと貴方のせいですからね、丁寧に謝罪しておいてとロイズに言われて虎徹ははあまあと頭を掻いた。
「じゃ、バニー、俺ブルーローズんとこいってくるわ。なんかあったら連絡しろよ」
「あ、虎徹さん・・・」
「なに?」
 振り返る金色の瞳にバーナビーは何もいえなかった。
虎徹は「?」といったように首を傾げると「行ってくるな」と言ってそのまま廊下を歩いて行ってしまった。
バーナビーは成す術なくその後姿を見送る。そして今バーナビーの胸中を満たしたものは「ずるい」という考えだった。
自分を置いてブルーローズのところへ行くのだ。自分は仕事で一人になるのに、彼女は今日はオフだという。
――虎徹はブルーローズと何処かに行くかも知れない。
そう考えただけで、目の前が真っ暗になる。
 おかしい、いやおかしくない、いやいやおかしい、ずるい。今のカリーナと虎徹を二人きりにしたらきっと彼女は虎徹に言ってしまう。
駄目だ、許せない。
「バーナビー君、どうし・・・」
 ロイズは皆まで言えなかった。
立ち尽くしていたバーナビーが虎徹の姿を見送っているなと思ったその身体が、ぐらりと傾ぐとそのまま仰向けに廊下へ転がったからだ。
これにはロイズが相当魂消た。
「バーナビー君っ、バーナビー君! ちょっと、大丈夫かね?! だ、誰か!」
 ロイズはバーナビーの身体の傍らに屈みこみ、その腕を取り辺りを見回す。
丁度通りかかった看護婦がいたので、彼女に向かって「倒れました、すみません、助けてください!」と叫んでいた。



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