Novel | ナノ

琺瑯質の瞳を持つ乙女(8)



「折紙が捕まったって?」
 虎徹がなんでまた?とネイサンに聞く。
「詳しくは知らないんだけど、なんか特別外出許可を貰ったんだけどその囚人の監視を怠ったとか」
「あいつ・・・」
 虎徹が呟くのにバーナビーも頷いた。
「先輩の学友のことでしょう。 僕も虎徹さんも面識があります。でも――監視を怠るって?」
「なんかね、単独行動を許したとかそんな容疑みたいよ」
「単独行動を許したって、折紙振り切って一人でどこか知らないとこに行ったとか?」
 そんなのエドワードに何処に行ってたか聞けばいいだけの話じゃねえかと虎徹がいうと、ネイサンは完全黙秘なんですってと肩を竦めた。
「ねえ、何の話?」
 遅れて会議室に入ってきたカリーナとパオリンが「あれ、折紙はまだ?」というのにアントニオが苦笑して言う。
「それって、ポルノ映画にでも行ってたんじゃねぇのか。それじゃ言えないわな」
「そんな単純なことなら、幾らなんでも白状した方がマシじゃないの。エドワードが今回追求されてんのは折紙を振り切って勝手に単独行動をしたってことじゃないのよ。あの子はね――」
「20時になりました。大体お集まり頂けたようなので会議を始めさせて頂きたいと思います」
 ユーリが立ち上がり、扉の方をみやるとずかずかと軍と警察の連中が入り込んできた。
ヒーローたちはそれを見てある者は怪訝そうな顔をし、ある者は姿勢をただし、ある者は隣のヒーローの横に隠れた。
指定の席がある各社CEOとユーリ、それと警察と軍の代表は円卓に腰かけ、他の者は用意された椅子に腰掛けた。
「アポロンのCEOは現在首都へ召還されておりますので、代理としてアポロンメディア専務、アレキサンダー・ロイズ氏が出席する事になっていますが、本日行われていたプレスサミットに出席していた為、参加が遅れると連絡がありました。先に始めることにします」
 ユーリは淡々とシュテルンビルトで起こった殺人事件について述べた。
本日午後12時頃、ゴールドステージ、シュテルンメダイユ地区にて殺人事件が発生。被害者は28歳女性で両眼を刳り貫かれていたということ。
「3年以上前から、本国内でこれはザントマンによる殺人ではないのかと思われる遺体が数件発見されていました。ただし遺体の損傷が激しく特定には至らないということで発見された地域での警戒に当たるのに留まっていたと。ところが昨年A国からザントマンについてとある警告が発せられました。ザントマンはそのあだ名の通り、事実砂をあやつるN.E.X.T.である可能性が高いということです」
 N.E.X.T.による犯罪。
やはり、と警察の会議参加者からざわざわとさざめきが伝播していく。
ヒーローたちは各々が複雑な顔をしていた。軍からの参加メンバーには特に反応がなかったので、軍と司法局にはもう了承済みの情報なのだろうとバーナビーは思った。
「それで、僕たちは何をすればいいのです?」
 バーナビーが聞くとユーリは一瞬バーナビーを見てから視線を軍の代表に移し、一つ頷く。
「実は気になる投書がここ数ヶ月の間に何通も司法局にあったのです。殆どが減刑嘆願書だったのですが、一通だけ違っていてそれが今回の事件と関係しているのではないかと」
「どんな投書だったんです?」
「ザントマンはエドワード・ケディである」
 虎徹ががたんと立ち上がった。
「まて、ザントマン事件は俺が知る限りもう5年以上前から噂になってたぞ? しかも俺が聞いたニュースではF国だった。確かにN.E.X.T.だって予測してるやつが多かったし、俺も実際N.E.X.T.じゃねえかとは疑ってたが、それがエドワードなわけがないだろう? 時期があわない」
 軍の代表が再びユーリと目を交し合い、ユーリはふうと溜息をついた。
「シリアルキラー(連続殺人犯)は一人とは限らないのですよ。実際ハイウェイ・キラー(高速道路連続殺人犯)は同一犯だと思われていましたが、恐るべき事に三人の殺人者の手によるものだった。 しかもその三人には面識がなく、同時期に似た手口でそれぞれが連続殺人を行っていたのです。ザントマンも一人ではないのかも知れない」
「だとしても、エドワードは違うだろう!」
 虎徹がそう断言するのでユーリは顔を顰めた。
「ワイルドタイガー、貴方のその意見には根拠があるのですか?」
「あるとも、俺の勘だ!」
 勘は根拠にならないでしょうと、バーナビーが額を右手で押さえながら虎徹の腰の辺りを引っ張って座らせる。
軍と警察の参加者達の間に失笑が広がって行った。さすがというかワイルドタイガーだから、というような声も聴こえ、虎徹は「聴こえてんぞ!」と怒鳴ったがそれに対してユーリは静粛にと咳払いしただけだった。
「まあ、貴方の勘は置いといて、エドワード・ケディは確かに砂を操る能力者なのです。事実彼は今まで誰も成し遂げなかった アッバス刑務所からの脱走を実現しています。彼の能力は第三世代でも最も第四世代寄りといわれていて、物質転換系能力者に分類される希少能力者の一人です。 彼の能力を封じるのは容易いことではない。 脱獄して折紙サイクロンの説得に応じ戻ってからは模範囚として良く刑期を勤めています。その努力と真面目な態度、社会奉仕活動への積極的参加等を考慮してブロンズ第三刑務所へ移送になったのはつい最近のことですが、どうしてN.E.X.T.を拘束する現時点最高の設備を持つアッバスから彼が出られたのか理解していますか?」
 バーナビーはユーリが暗にいう意味に気づいてしまい絶句した。
同時に虎徹も気づいてしまったのだろう。震える声で「薬漬け、ってことなのか?」と聞いたがそうじゃないことは明らかだった。虎徹は恐らく聞くのが怖かったに違いない。ユーリは表情を変えなかったが、軍の面子がにやにやと顔を見合わせるのを見てバーナビーは咄嗟に虎徹にむしゃぶりついた。
「虎徹さん!」
「埋め込んだんだな、針を! エドワードの殺人は事故だっただろう! 故意にやったわけじゃねぇ!」
 虎徹は激昂していたので気づかなかったが、隣に座っていたカリーナとパオリンが怯えたように身体を竦めていた。知識として知ってはいても現実にありえる話なのだと聞いて血の気が引いてしまったのだ。
虎徹のいうところの針というのは、N.E.X.T.の能力を封じる為に高じられる数多くの技術の中で最も残酷なものである。
主に精神系N.E.X.T.に施される処置として知られているが、重犯罪を犯したN.E.X.T.に対して最終手段として処方される事が多い。最も重い処置は所謂ロボトミーになる。 物理的に脳の視床下部にプローブ又はニードルと呼ばれるセンサーを埋め込むのだ。 形状は縫い針に似ており大体10mm〜3mmと極小さなものだが発信機を備えていて、常に位置情報を発信し続ける。 逃亡防止にはそれだけでいいのだがこのプローブが恐れられているのはそれだけではなく、N.E.X.T.を使おうとするとその瞬間脳を破壊するという恐ろしい機能を装備しているものがあるからだ。
実際の所そのプローブは12種類程あり、埋め込む位置も脳だけではなく、心臓、内耳、鎖骨、腰等多岐に渡っているのだがこの詳細を知るのは司法局、軍の一部に過ぎない。エドワードに埋め込まれたプローブはその中でも最も処置の軽い、脇の下に埋め込む3mmの最小タイプで、取り外しも比較的楽なものである。このタイプは神経束の近くに埋め込まれ、軍及び司法局側が操作すれば微弱な電流を発し一時的に身体を麻痺させることが出来る。 主に逃亡防止の為に処置されるもので、このタイプは所謂テレポーターやワープなどの移動系能力者に処置される事が多く、本人にこの処置が施されている事を伝えないケースが多い。事実、エドワードはそんなものが自分に埋め込まれている等とは全く知らなかったし、刑期が終わり晴れて自由の身になった時にはこれまた本人にも知らせずに取り去られる予定だった。元々エドワードの殺人は事故の側面が強く、未成年の上に自分自身が容疑を認めていた。反社会的な行動は少なくヒーローアカデミーでのヒーロー適性検査では非常に高い適正値を示し、素行も良かった。その為エドワードは投獄された当初でもアッバス刑務所の比較的警備の緩い軽犯罪者棟に収容されていて、プローブ処置もされていなかった。彼がプローブを埋め込まれたのは二度目の犯罪、脱獄のせいであり逆に言うとその処置が済んだ後にブロンズ第三刑務所に移送されたのはもはや彼が再び脱獄するとは考えにくい、このまま模範囚であり続けるだろうという予測もあったからだった。 ペナルティと恩赦の両方を兼ねる為の司法局からのある意味温情処置だったのである。
 しかしこの話は特にN.E.X.T.犯罪の抑止の為に、わざと世間には脳に埋め込まれるものだと知らしめられていた。これも軍と司法局、国の意向による情報操作だったのだが、当然虎徹以下ヒーロー達も知るわけが無いのでこの噂通りなのだと信じ込んでしまっていたのである。特に説明する義務もないのでユーリも激昂するワイルドタイガーを冷めた目つきで眺めるだけで何もいわなかった。
「本日エドワードは特別外出許可を得て、折紙サイクロンの監視下において10時から18時までをゴールドステージで過ごしていました。しかし12時から16時までその監視を無許可に離れ、単独行動していたというのが司法局コンピューターに記録されています。そして彼の単独行動範囲中に一人の女性が殺害されました。両眼を刳り貫くという非常に残酷な方法で」
 ユーリのその報告に今度こそ虎徹は絶句した。
「え? 単独行動がなんだって」
「待ってください、それはエドワードに何処で何をしていたか聞き出せばいいのでは?」
「完全黙秘を貫いています」
 バーナビーは虎徹の身体を押さえながら勤めて冷静に言った。
「その行動中誰か彼を見なかったのか、聞き込みすればわかるのでは。 殺された女性との関連は? 誰か目撃者はいないんですか」
「今のところおりません」
「それにしてもエドワードが犯人とは考えにくい。彼の服は? もし彼が犯人だとしたら服や靴所持品にルミノール反応が出るんじゃないですか?」
「検査をしましたが特に反応はありませんでした。しかし彼は物質変換N.E.X.Tで、更に一度変換したものをもとの形に再構築する事が出来る」
「服は彼のN.E.X.T.ターゲットに入らず変化しない筈です。僕は間近で彼の能力を見たことがありますから間違いない」
 バーナビーは真っ直ぐにユーリを見つめ、ユーリもバーナビーを凝視していた。
ざわざわと軍から警察にさざめきが伝播して行き、軍の代表が小さく拍手をした。
「成る程、任せても大丈夫そうだ」
 どういうこと?とネイサンが聞く。
ユーリに目配せをして、彼はまた咳払いをした。
「説明致します」



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