Novel | ナノ

琺瑯質の瞳を持つ乙女(1)

カウンターリクエスト作品

TIGER&BUNNY
虎と兎のシュテルンビルト事件簿
【琺瑯質の瞳を持つ乙女】amethyst eyes
CHARTREUSE.M
The work in the 2012 fiscal year.

Introduction


 まだ時折夢を見る。
圧倒的質感を伴った、リアルの情景そのままに。
また何時ものシーンだとイワンは夢の中で手を伸ばす。
決して変える事の出来ない結末を、せめて夢の中だけでも変える事が出来ないかと祈る。でもその祈りは決して届かないのだ。
「イワン! 助けてくれ、イワン!」
 エドワードが叫び、イワンは立ち竦む。
運命のあの一瞬。
自分の中に本当にエドワードに対する嫉妬は無かったか。 あれは本当は自分の望んだ事ではなかったのか。
将来ヒーローになると誰よりも期待され、事実その能力があったエドワードは自信に満ちていて、いつでもイワンの先を歩き時折振り返っては手を差し伸べてくれていた。
 一緒にヒーローになろう。
そういっていつでも自分の指針となってくれていたエドワードをイワンは好きだったが、それは真実本心からだったのだろうか。
あの日以来、イワンは自分の心の奥底に沈みこむ自分の中の暗い部分と背中合わせで向き合ったままだ。
 本当にちらりとでもエドワードをいい気味だと思わなかったか。
そしてエドワード自身、純粋に自分と親友であってくれていたのだろうかとまた考える。
イワンを自分の引き立て役として、いつでも優越感をどこかに持っていたのではないだろうか。イワンがどす黒い劣等感を抱えていたように。
結局お互い様だったのさ。エドワードも本当はお前を踏み台にして自分だけがヒーローになろうとしてたんじゃないのか。
 違うと叫ぼうとして声が出ない。
ぱんという軽い音がして、人質に捕らわれていた女性の胸元にぽつんと赤いものが現れる。
みるみるうちにそれは大きく広がって、彼女は崩れ落ちるのだ。
 呆然とエドワードはそれを眺め、イワンもまた息をするのを忘れて立ち竦む。
エドワードはその後実刑判決を受け、ヒーローになる資格を失った。彼のヒーローになるという唯一無二の夢はこの時点で完全に絶たれてしまったのだ。
自分を振り返る紫の瞳。その瞳に浮かんでいた感情はなんだろう。

「聞く限り、折紙先輩に非はないですよ」
 クールビューティーと在校中よく囁かれていた、男性にしては非常識に整った容姿をした後輩のN.E.X.T.がそう言う。
貴方は悪くない。そもそも在校生がN.E.X.T.を世間で使用する事を禁じられているのにはそういった勘違いを防ぐ意味もあるのだからと。
 勘違い?
そう聞くと橄欖石の若草色が細められた。
「自分にはヒーローと同じ力があるのだからと、自分に許された才能を行使してしまう事です」
 我々は自分自身よりもなによりも、許された才能の恐ろしさを理解すべきだ。これは危険なものであると。まずは絶対的に制御し、その力を使わずとも戦える自制心を養うべきなのです。 そうでしょう?
 そうして振り返る彼の視線の先に金色の瞳。
時折猛獣のように輝くそれが、誰よりも優しい事をイワンは知っている。
 うーん、どうなんだろうな。
なんだか困ったように右頬を指で掻いて彼は微笑むのだ。
「バニーちゃんの意見は極端だと思うけれど一理はあるわな。特に俺らの力は本当に危険だ。危険だという事を俺も知っている。でも折紙の力は違うんじゃねぇのか」
 十把一絡げで他人もシチュエーションも語れやしねぇだろ。折紙が後悔してるならそれは確かに正しい事だったのだろうけれど、正しい事がいつでも最善とは限らないだろ。
実際亡くなった女性にはそんな葛藤関係ないんだから。 彼女が死ぬ理由にはならないだろう? その無残な事実は変わらない。エドワードは人を殺した。
 故意でなくとも命を奪った事実は変えられない。 一番先に考えなきゃならないことは――――。

 エドワード。
イワンは親友の背中に小さく呟き無意識に追いすがった。
それまで一度も振り返らなかったその顔が、一度だけ振り返る。
紫の瞳がじっとイワンに注がれていた。
 イワン。


「お前のせいだ」






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