Novel | ナノ

琥珀を捕む夢(23)


NC1979.今日も貴方は・・・



 ハロー、海の向こうの皆さんお元気ですか。

私は彼方の岸辺で皆さんが全てを終えて旅立つ日を待っている、海を渡った者の一人です。

皆さんの生きるその世界は時折とても残酷です。
日が昇るのを見て悲しみを深め、昼に惑い、夕暮れに星を振り仰いでまた悲しみを思い出す。
海を見て、其処をわたった人々の傍に行きたいと願う夜もあるでしょう。
繰り返し訪れる悲しみに、挫けてしまう事もあるでしょう。
それでもまだそこでやらなければならないことを置き去りにして海を渡ってきてくれるなと敢えて言います。

 どうか苦しみから逃げ出さないで下さい。
悲しみを厭わないで下さい。
喜びを遠ざけないで下さい、そして幸せになることに怯えないで。

かつて私も惑いました。
あの時、傍に居てくれ――とそう頼む事も出来たでしょう。 けれど私には出来なかった。 何故なら彼こそが私が愛した夢そのものだったからです。
それがどんなに残酷で、悲しい言葉だったかどれ程彼を悲しませるか私は解っていました。 それでもあの一瞬、私は彼の夢を抱きしめるようにその言葉を言わなければならなかったのです。
だって私は知っていたから。 悲しくても辛くてもどんなに私を憎んでもそれ以上に彼が私を愛してくれるという事を。
傲慢でした、幸せでした。 生きていました、精一杯でした。
そう私は知っていたのです。 どんな試練が訪れようと彼がそれを乗り越え生きて行ってくれる事を知っていたのです。

だからどうか皆さんも忘れないで下さい。

 悲しみは時に乗り越えられぬと思うほど、大きなものとなって訪れますが
乗り越えられない悲しみも、克服できない不幸も本当はけしてひとには与えられないものなのです。
何故ならひとりでは乗り越えられないものであっても、ひとりでないのならば――――




 オリエンタル商店街の面々は今集会所に集合して煎茶を啜りながらその放映を待っていた。
「すみません遅れました」
「まだ始っとらんよ! ささ早く中に入った」
 寒い寒いねえと玄さんが集会所の玄関を駆け込んできた村正の代わりに閉めて、サキさんに茶を一杯入れてくれ熱いのなと頼む。
「母さん、来てた?」
 村正が安寿の姿を認めて素っ頓狂な声を上げる。
「楓は?」
 まさか一人に?と聞くと安寿はぶんぶんと首を振った。
「いやあの子はクラスメイトのなんとかって子のうちに行ったよ。 タイガー&バーナビー再結成特番だっていうんで皆で観賞するんだと。 楓がワイルドタイガーの娘だっていうのはもう知れ渡っちまったからねえ。 もう今更だよ」
 諦めたように嘆息する安寿に村正は苦笑するしかない。
「ま、それは虎徹のせいじゃないしな」
「全くいい年して、いつまでも親に心配をかけて――」
「娘にもだな」
「まあまあ、いいから座んなさいよ」
 京が立ったままの村正の手を引く。 でかい図体でぬっと立ちんぼしてんじゃないよと言われ村正は大人しく畳に腰を下ろした。
サキが煎茶を入れた盆を持って現れると村正の前のテーブルにおいてにっこりと笑う。
「ショウコの予知夢的中率この頃上がってるわねえ」
「そういやショウコちゃんは?」
 魚屋の安さんがサキに聞く。 サキはショウコも友人と観るって出かけて行ったと言った。
「タイガー&バーナビー再結成なんて世界的ニュースだろう。 あたぼーよ。 何しろ俺らの虎坊だぞ」
 自分の事のように得意になってるよ!
八百屋の良さんのワクワクが隠しきれないといういい様に、一同がどっと笑った。
「でも本当にバーナビーが戻ってくるなんて、こんなに早く」
 法さんがくすっと笑い、それにサキさんも思わずくすくすと笑い出したものだから男性陣一同は不審気に二人を振り返った。
「何が可怪しいんだい。 いいねえ、熱い友情だよ。 N.E.X.T.っつーのはなあ、どっかこう繋がってんだろうな!」
「それにあいつら良く考えたら二人とも同じ能力じゃねえか」
 相性抜群だなこりゃいいぞと盛り上がる男性陣に、更にサキと法は可笑しくて堪らないというように笑い合って。
「きっと天国で友恵ちゃんも喜んでいるでしょう。 あれだけ虎徹君がヒーローであるように願って逝った子だから」
「そう、それが彼女の――夢だったのよね」
 しみじみと言うそれに、本がずっと黙ったまま神妙にテレビを見ていたがぽつりと呟いた。
「・・・・・・そうだな。 友恵ちゃんが――夢見てくれたんだ。 俺の、いや全ての人々の代わりに、こんな綺麗な、夢を――」
 京がちらりと本を見て立ち上がるとその後ろに回り、ばんっと思い切り良くその背中を叩いた。
「よっく見ときなよ! これは友恵ちゃんの夢であると同時に私ら全員の夢でもあったんだから。 そして憶えておこうな。 ずっと、ずっと――」
 HERO TVの特番が始る。
その前フリであるCMが流れ始め、一同はみな姿勢を正してテレビへと向き直った。





――――それはきっと乗り越えられるものなのです。

 私たちの営みは小さく儚く取るに足らない ひとのなかのごく一部に過ぎませんが
それでもみな平等に幸福を頂いたのだから、同じように不幸も頂こうと思うのです。




 シュテルンビルトゴールドステージにあるその女子高では、年末にささやかな校内パーティーを行う。
クリスマスの夜には大規模なダンスパーティーが行われるが家族の予定を優先する者を鑑みて、年末近く別の日の昼間にも同じようにパーティーが毎年企画されていた。
カリーナは去年は両方出席できなかったが、今年はクリスマスじゃないのなら昼間の部に出席出来そうだとドレスまで新調してこの日に望んでいた。 卒業前の最後の参加の機会だというのもあっただろう。 しかし姿が見えない。 おかしいなあとエミリーは首を捻った。
「ねえ今日タイガー&バーナビー復帰記者会見あるんだって」
「うっそ、早く帰ろう、何時? 夜?」
「昼!」
「えーっ、見れないじゃん!」
「昼、特別に放送するって!」
「マジ? 放送部やってくれるじゃない」
「カリーナは?」
「今日いきなり帰るって! クリスマス越えたら平気って言ってたのになにあれ。 なんか堂々と出てちゃったよ?」
「ううわあ、カリーナってやっぱファンだったんじゃない、あれ? でもタイガー? バーナビー?」
「知らないよ」
 ジェーンが肩を竦める。
「あれ? ていうか、ドレスで? え?」





 幸福でした。 不幸でした。 愛でした。 哀でした。
出会い、慈しみあい、許し、別れ、気づき、震え、涙。
 私はこの世から飛び去りましたが、愛しい者たちは地上に在り、その思いは消える事無く他の人へと受け継がれて行くのです。


 かつて私は一人のひとを愛し、愛されこの地上に生きていました。
今はその姿を失いましたが、想いは途絶える事無く彼の中に生き続けています。 
私は今でも彼の中で鮮やかに再生され、この世界に溶け込み続けている。

こうして私たちの愛は地に満ち空に満ち、かつて在った全てのところへと行き、やがて全てが私たち自身となるでしょう。

それは人々の心の中確かに息づく未来への礎となって、長く私たちを、いつか彼方の人々すらもを支え続けていくことでしょう。

 そして――――。





「虎徹さん」
「よぉバニー」
 虎徹は右手を上げて自分の方へと真っ直ぐにやってくるバーナビーに笑った。
「参りました、取材が多すぎて。 ここまで来る間にも非公式に詰め掛けてくるんで着替えも出来なくて」
「俺もアポロンに入る前に捕まった。 ちょいと大袈裟だな」
「そう思います?」
「いや、思うだろ! 俺が単独復帰した時はこんなじゃなかったぜ。 全く今更だ。 バニーちゃんの人気に嫉妬」
「僕だけ復帰だったらこんな騒ぎになってませんよ」
 バーナビーは肩を竦めて溜息をついた。
それからふと思い出して、くすりと笑うのだ。
「ブルーローズさんからメールが来ましたよ。 復帰おめでとうっていうのと、なんだろう?またアンタたちなの的な・・・・・・」
「俺の方にはファイヤーエンブレムとバイソンからなんでか連盟で来てるぞ。 あいつら俺らが居ない間になんか進展したのか?」
 いやいやそこは・・・。
バーナビーは虎徹が首を捻って携帯の文面を読み上げるのに苦笑して、そうじゃなくてと言った。
「全員揃うのは1年ぶりだってことです」
「だな」
そんなことを話していると近づいてくる人影が二つ。
「ほら、早く行きなさいよ、君達」
「ロイズさん!」
それはロイズとベンだった。
 虎徹とバーナビーが笑顔で迎える。 少し困ったような、それでいて嬉しくてたまらないのを隠すような複雑な笑みを浮かべてロイズとベンが顔を見合わせ二人の前で止まって、ロイズは繁々と二人を眺めながら腰に手を当てた。
「ん。 いいんじゃないの、割合様になってますよ。 一年間のブランクというより、一年間 君達がどう成長してどうこの街に戻ってきたのか、新生タイガー&バニーにどれだけ期待してるのか、それをちゃんと考えてやって頂戴。 わかるかね?」
「はい」
バーナビーがロイズを見て返答する。 虎徹は困ったように鼻の頭を掻いていた。 そんな虎徹にベンが言う。
「おい、虎徹」
「はい」
「いい顔になって戻ってきた。 ん。 やっぱりお前らはタイガー&バーナビー! なんだな。 よし、行ってこい――虎徹」
「はい!」

 そうして二人は同時に歩き出す。
再びあの喧騒と美しさと醜さ猥雑さに塗れ、尚且つどの街よりも美しいシュテルンビルト――星座の街へ。
人々の歓声が聞こえる。 二人を出迎える。
虎徹は深呼吸して、バーナビーの肩を右手で叩いた。

「んじゃいっちょ、ワイルドに吼えるぜ!」




 ――――貴方はいつか帰り着く。 喜びも悲しみも全て携えて、そう彼寄る岸辺――――海の彼方へ。

 そうして約束はいつか世界の永遠となる。 少女が拾い続ける琥珀の夢を、何時までも何時までも。 


貴方と見続けましょう、琥珀を捕む夢を。 この永遠の一瞬を。







【琥珀を捕む夢】続・オリエンタル商店街
The Fantastic People of the Town Shopping District 2

FIN



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