Novel | ナノ

琥珀を捕む夢(18)


NC1968〜.夢売り男は何を知る

 その年の終わり友恵はオリエンタルタウンへ帰省して女児を出産した。
虎徹の実家に身を寄せて産後暫くは虎徹と別れての生活となった。
シュテルンビルトでヒーローという特殊職業に就く虎徹はそれでも、数少ない自分の持ち時間を使ってオリエンタルタウンまで行き来を繰り返した。
虎徹を熱狂的に支援していたオリエンタル商店街の面々が何くれと無く世話を焼いてくれたのもあって、友恵が実家から動けない間でも虎徹の生活は特に破綻もせずに続いていた。 虎徹の母も時々はシュテルンビルトへ訪れ虎徹の世話したが、大半はオリエンタル商店街の女子陣によって賄われた。
駄菓子屋の京さんがほぼ毎日、稀には文具屋の奥さんであるサキさんと本屋の奥さんである法さんが通ってきては世話を焼き、男性陣は元々シュテルンビルトに出張する用事のある本(モト)さんが中心となって荷物運搬を主に担当。 虎徹は京さんの出現頻度に「運賃は大丈夫なのか」と心配そうに良く聞いたが、京は「あたしゃ大丈夫なんだよ」というだけで一向に世話を焼くのを止めなかった。 虎徹は知らなかったが京はワープN.E.X.T.で、オリエンタルタウンとシュテルンビルトまでの往復が一瞬だったのだ。
「なんだかなあ」と頭を捻る虎徹の背中を思いっきりぶったたいて、「虎坊も親になったんだから、きちっとやんなさいよきちっと!」とはっぱをかけた。 実母よりも激しいその物言いに、それでも虎徹は満更でもなさそうに肩を竦める。 実際虎徹は娘にはベタボレで、オリエンタルタウンに妻子の顔を見に訪れる度にだらしなく顔を崩していたのだった。
 少し体調を崩してしまったので三ヶ月程オリエンタルタウンに友恵は留まっていたが、次の春を待たずしてまだ寒いシュテルンビルトへ楓を伴って戻っていった。
親子三人での生活はこうして穏やかに始まり続いていく。
夏には楓は猛烈な勢いではいはいするようになり、一歳の誕生日を前にして歩き出す。 安寿が訪れ、京が訪れ、オリエンタル商店街の女性陣が二週間に一度ぐらいはシュテルンビルトを尋ねていた。 それも段々間遠になり親子三人だけの慎ましやかな生活となる。
正月には帰省し、虎徹も休みは家族と共にあろうと心を尽くした。
ワイルドタイガーはその年も好成績でシーズンを終え、一部ヒーローの新旧交代が行われシュテルンビルトにまたヒーロー旋風が巻き起こる。 ロックバイソンであるアントニオから、遅れに遅れた出産祝いが届いたのもこの頃だった。
季節が行き、楓は二歳。
片言ながらも沢山喋るようになり、可愛いばかり。
虎徹は良く楓を抱いて暇を見つけては散歩に出かけた。 ちょこんと虎徹の腕に腰掛けた楓が可愛らしいと、道行く度に近辺の奥様方に騒がれた。
密かにこの父親はなんの仕事をしているのだと探られていたが、多分途中で知られていてみんなで口を噤んでいたのだろう。
シュテルンビルトにおいて、ヒーローの正体というのは内緒であるものだという暗黙の了解と配慮が一般的だったからだ。
 楓、三歳。
幸福な何処にでもある家族の風景。 ただ穏やかに毎日が過ぎていく。
大好きだよ虎徹君。
大好きだよ友恵。
大好きだよ、パパママ。
笑顔だけの日々。 毎日積み重ねられる日常の幸福を抱きしめる。
友恵が倒れたのはその年の晩秋、シュテルンビルトが初雪となったとても寒い夜の事だった――――。



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