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琥珀を捕む夢(17)



 その瞬間、友恵は元の姿を取り戻していた。

かつて夢を見た少女が、笑顔で傍らを駆け去っていく。
 友恵の両腕に虎徹。
抱きしめて見下ろす琥珀が捕らえて放さない。
 見送ってあげて、虎徹君。 私大人になったよ。 それでね、とてもとても幸せ。 幸せだったよ――――。

 判ったよ、私何時でも何度でもここへ戻ってくるわ。 喜びも悲しみも同時に抱きしめるのよ。
この先どんなに辛い別れが待っていたとしても、私は貴方と出会って別れる悲しみを選ぶわ。 出会わない平穏よりもであって苦しみ、貴方を愛する幸運を抱きしめたい。
この夢は私が見る夢。 そう、後悔などなにもない。



 その日の朝目覚めると、友恵は虎徹に自分の妊娠を告げた。
寝起きにその話を聞かされた虎徹は一瞬ぽかんとした後、ぶるぶると震え出して「すげえ」と言った。
「すげえ、友恵ちゃん、ママになっちゃうの? ほんとに? ホントにいるの?赤ちゃん」
 うわあ、どうしよう! 俺すっげ嬉しいよ。 何時何時? 何時生まれるの? ねえ友恵ちゃんひょっとして俺パパになるんだ?
「そうよ」
 虎徹ならきっと喜んでくれると信じていたけれど、実際の喜びを目の前で見せられるとその喜びは余りにストレートすぎて痛いほどだった。
抱きしめていい?
そう聞いて壊れ物のように手を差し伸べてくる虎徹に友恵は抱きつく。
「大好きよ、虎徹君」
「愛してるよ友恵」
 ぎゅっと抱きしめあったまま、二人はベッドから暫く微動だにしなかった。
やがてやっと身体を離して二人は互いの顔を覗き込み、同時に笑うのだ。
 虎徹君、大好きよ。 だから虎徹君、貴方の未来を下さい。 私に下さい。



 再び訪れた総合病院の産科で友恵は、N.E.X.T.の産科医を前にして微笑んだ。
「私、産みます」
「決めたのですね」
 ええと友恵は頷いた。
「これが私の夢なら、私は夢を見たままでいい。 この夢の続きを観るのは私じゃなくても構わない。 先生私決めました。 私はこの夢を最後まで見たいと思います。 そして全ての人と、同じ未来を共有したい。 それがきっと私がこの琥珀の夢を見た理由だと思うんです。 悔いは無い。 私は虎徹君に遭えて良かった。 彼を愛したまま死んで行きたい」
「友恵さん・・・・・・」
 その瞬間、医師の姿はザザっと砂嵐のように横に歪んで揺れた。
そっと、彼は友恵の手を取る。 そして頭を下げるのだ、ありがとうと。
「この世は全て、誰かが見ている夢なのかも知れません。 それでも、私は貴女に敬服する。 ありがとう友恵さん。 貴女がこの夢を見てくれたおかげで私も元の時間軸へと戻れる。 試すような真似をしてすみませんでした。 何時かまた、貴女の夢の途中に私は再現され私の望みを叶えてくれる未来を見つけたい」
 そして私自身もやっと解放される。
「――あの夢には世界がありました。 私は愚かしい事に自分が――もしその夢主であれたなら――見てしまいたいとそう思ってしまったのです。 けれども神は許さなかった。 私にはその残酷で美しい夢を抱きしめる力がないと。 そう、私は選ばれなかったのです」
二人とも解放されますか。
そう聞くと影と産科医は同時に頷いた、ように見えた。
 あなたの強さに憧れる。
そう呟いたものの気配はすでに最初に出会った時に見た黒い禍々しい影ではなく、産婦人科医のそれでもなく、ましてや村上医師でもなく、白い光の塊として見知らぬ男の姿をしていた。
この世界は貴女の夢でありながら現実となった。 貴女のその美しい夢が小さいけれど重要な奇跡を起こす。
やがて世界は激動に揺れ動き、貴女の愛したワイルドタイガーもその波に飲まれていく事でしょう。 けれど貴女の見た琥珀の夢がある限りけして希望は失われない。 ありがとう、貴女の夢が世界を存続させる。 未来永劫失われぬ夢となって全ての人々の心に夜毎訪れる。 切ない程美しい光となって。
 私も――私たちも――こんな夢が見たかった――。



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