Novel | ナノ

琥珀を捕む夢(16)


 少女は次々に琥珀を拾う。
其処に此処に輝いている宝石の破片を見つけては、大切に拾い集めていく。
やがてポケットに一杯になると、少女はそれを空へと解放していった。 夜空に煌く光点は少しずつ増えていき、いつの間にか大きな天の川となった。
長く長く旅を続け、幾つもの美しい琥珀を尋ねていく。
出会う人々は全て優しく、時折拾い集めるのを助けてくれる者もあった。
「困っちゃうのよ、やんちゃで」
 いいえ、気性はホントに普通。 大人しいぐらいいい子で、でもね、やっぱり男の子だから。
少女の琥珀捕りを一番手伝ってくれたのはエミリー。 彼女は金髪で柔らかな翡翠の瞳を持ち、眼鏡をかけた理知的な美人だった。
 天使なのよ、私の可愛いベビーは。
「子供は好き?」
 そうエミリーが聞いてきて、少女はこくこくと頷いた。
「いつか優しい人と結婚して、可愛い赤ちゃんが欲しいなって思います」
 女の子の共通の夢なのかしらねえとエミリーは頷いて、ほうっと溜息をついた。
「とにかくねえ、困っちゃうのよ。 小さいのに力に目覚めてしまったものだから、もーう、本当に大変で。 注意しようにもどうしようもないでしょう? まだ力の使い方を教えられる程大きくないのよ」
 だからねえ、私と夫は私たちの天使の為にも、力負けしないで人の役に立つロボットを作ろうと思っちゃったわけ。
ほろほろとエミリーからも琥珀が零れ落ちてきたので、慌てて少女はそれを拾い集めた。
エミリーが話すたびに琥珀が増える。 あたり一面に輝きを増す。
 あらあらとエミリーは言った。
「これも一緒に拾っちゃうわね」
 それにしても綺麗ねぇと彼女は笑った。 いっぱい拾って二人で空に返して増えた星明りに笑みを零す。
地上では金色なのに、空に上るといろんな色になるのねえ。 ほらあれなんか見て頂戴、綺麗な青じゃないの。 その隣は紫、ほらさっき拾ったのは翡翠色になったわ。
そうしてエミリーは少女にこう語るのだ。
「琥珀はねえ、虎が死んだ後に石になったものだって、古代の中国人は信じていたそうよ。 だから琥っていう字を書くのね。 そしてね、琥は虎の形をした翡翠を意味したんですって」
 同じものだったのかしら?
同じものだったのかも知れないわね。 本質が同じものだったのかも。
同じ力?
同じ力だったのかも知れないわねえ。
そう、翡翠の瞳をしたエミリーが優しく言う。
私たちのベビーもね、翡翠の瞳をしていたの。 今でも思い出すわ、――私の可愛い天使、バニーちゃん。
寂しげなその横顔に、少女は恐る恐る聞いた。
「後悔しなかった・・・んですか?」
 何を?とエミリーが笑う。
「後悔なんかしなかったわ。 私は精一杯愛したもの。 愛して、許して、そして愛しいものと出会えた。 短い期間でも精一杯愛したわ」
 遺して行ってしまっても? 愛しいものを置き去りにしてしまっても。
少女が真摯な眼差しで聞く。 エミリーはむしろ何故と言った。
「何故そんなに恐れるの? 幸せになって何が悪いの? たとえその先に待ち受けているのが惨い別れだったとしても、命は一人じゃないのよ。 ずっと続いていくの。 恐れる事なんか何も無いわ。 精一杯生きて心のままに愛して大切な人を。 きっと解ってくれるわ。 わざと置き去りにしたわけじゃない、一人にしたわけじゃないって。 ねえ?」
 ほら見て。
エミリーが指差す方向に、一際輝く美しい琥珀の夢があった。
「ほら、こうして愛しいものに置き去りにされた者たちが出会う未来もある。 素敵でしょう? 私たちは飛び去ってしまったけれど、私たちの愛したものがずっと其処に生きていて手を取り合うの。 愛しいもの同士がこうして出会って続いていくのよ。 そうやって未来はずっと繋がっているのよ、私たちが居なくなっても。 それって凄く素敵な事じゃない?」
 海の彼方に。
私たちはそう、海に漂うもの(琥珀の源)となって世界を巡る。 愛しさだけは失われず永遠を循環していくわ。
想いは受け継がれて決して消えない。 ねえ、きっとそれが真実。

 エミリーの笑顔が霞み、目の前に紅が広がった。
無数の星ぼしが空から流れ落ち、少女の瞳に宿っていく。

 むせ返る程の花の香り。
澄んだ春の青空。 優しい空色に白い雲が刷毛で掃かれたようにたなびいていて、ねえほら、悪戯な春風が私を吹き上げる。
綺麗なチューリップ。 その群れなす永遠の愛情を背にして翻る白いベールの向こうに貴方が見える。
運命の琥珀が、優しいでも力強い手が、私を包む、抱きしめる。
 虎徹君、好き、好きよ、愛してる。
世界中で誰よりも貴方、貴方を心から私は抱きしめる。
 頬に触れた指の温かさ、抱きしめた貴方の温もり、体温、そっと重ねられた手と唇。
ねえ、花びらが風に舞う。 優しい空色に風が吹き上げていく。
 真っ直ぐに駆け寄ってくるわ、私を抱きしめに。 神様、愛しさで胸が張り裂けそう。
友恵は両腕を差し伸べながら叫んでいた。
「好きよ、好き、大好き。 誰よりも貴方を愛してる。 私はこの世界を抱きしめたい。 この夢を愛してる!」
 夢じゃない。 夢でもいい。 夢なら覚めないでと願ったこの愛を私は抱きしめたい。 夢ならいい、だったら最後の最後まで抱きしめて生きたい。 逝きたい。
夢でいい。 後悔はない、私は幸福だった。 この夢が現実で良かった。 もう迷う事など何もない。



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