琥珀を捕む夢(15) それは多分夢のお話。 夢の中で夢を見るなんて、なんて滑稽で不思議なことでしょう! 友恵――少女は10歳だった。 ああ、なんだろう。 私今夢を見ている。 夢の中ランタンを持ったせむしの男がやってきて、少女に笑いかけた。 「お嬢さん、ランタンは要るかい?」 大きな黒いバッグ。 その中には綺麗な琥珀が山と詰っていた。 忙しい、忙しい。 男はそう呟き闇の中地面に手を伸ばす。 そして少女の足元にも。 びっくりして飛び退る少女に男は肩を竦めた。 「怯えなさんな。 ほら、あんたの足元に夢が落ちてるんだよ。 俺はそれを集めてるのさ。 一つ残らず全部詰め込んで処分せにゃ危なくてかなわん」 どうして危険なの?と聞くとそれごらんと言う。 そこへネズミが走り出てくると、餌と勘違いしたのか闇夜にぽつんぽつんと輝く琥珀に齧りつき、ギャッと悲鳴をあげた。 「特に青いのが熱いんだよ。 熱が高い、火傷しちまう」 拾い集めるにはコツがいるのさ。 そして拾える力が必要なんだと彼は言う。 「そんでもってこうやってずーっとずっと拾い集めていたら、腰が曲がっちまったのさ」 「お手伝いしましょうか?」 少女がそう聞くと、男はおやおやと言った。 それから上から下まで繁々と少女を眺めて。 「そうか、お前さんは拾えるんだな。 そんなにでっかいのを一つそもそも持っている」 じゃあ手伝ってもらおうかなと男は言った。 「お嬢さんはかばんを持ってないからな。 そうだね、ぽっけにいれるといいよ。 集めてぽっけがいっぱいになったら」 「いっぱいになったら?」 男は両腕を広げた。 「空に返すのさ!」 「わあ」 少女は天を見上げる。 漆黒だったそこへ男がかばんいっぱいの琥珀を投げると、一つ一つが空に輝く星になった。 銀河の煌きだ。 綺麗綺麗と手を叩いて喜んでいると、いつの間にかそこは川原に変わっていた。 「おじさん?」 呼んでも彼はもう何処にも居ない。 少女は首を傾げて再び呼んだが、代わりにほうっと蛍が溜息をつくような小さな柔らかな明かりが灯った。 まるでランタンの中に息づく火のような。 「友恵、見てみろよ」 柔らかな明かりの中、寄り添う二つの影がある。 オリエンタルタウンで恒例の夏祭りが行われた。 山の中腹にある小さな神社、その前にある小さな広場で盆踊りや夜の市場が開かれる。 オリエンタル商店街でも昼に引き続いて夜祭が継続されるが、その終点が神社の広場なのだった。 山全体が金色の光に包まれていて、その麓に流れる綺麗な川岸にゆらゆらと光点となって滲んでいる。 浴衣姿の二人は川岸で寄り添いながら、そっと手にしていた灯篭を水面へと押しやった。 そこここに流された灯篭が浮かんでいる。 まるで星明かりのように密やかに瞬きながら下っていく。 「綺麗」 友恵が囁く。 そんな友恵の肩を抱きしめて虎徹が頷く。 二人の周りに美しい琥珀の輝きが零れ落ちていた。 少女は拾う、ぽっけに琥珀一つ。 校舎から夕焼けを眺めていた。 遠く校舎から見える山裾が紅に染まり、天蓋は紫紺に覆われてぽつりぽつりと星が瞬いていた。 「友恵ちゃん、帰ろう」 虎徹が教室の引き戸を開けてそう声をかけた。 しかし友恵が振り返らないので何をみているのかと歩み寄る。 その肩に手を置いて虎徹はもう一度帰ろうと言った。 「見て虎徹君、カラスがいっぱい山に帰っていくの」 見ると紅色の空に幾つもの黒い染みが移動していくのが見える。 山が塒なんだろうと虎徹は友恵に言い、友恵は窓際に頬杖をつきながらくすっと笑うのだ。 「可愛 可愛と烏は啼くの 可愛 可愛と啼くんだよ」※(七つの子/野口雨情・作詞、本居長世・作曲1995年に著作権消滅) 「歌?」 「七つの子ってなんだと思う? 子供たちかな、それとも歳かなって」 さあと虎徹が首を傾げる。 「帰れたのかな」 「帰れたよ」 だから俺らも帰ろうぜ。 虎徹がそう友恵を後ろから抱きしめる。 少女は拾う、ぽっけに琥珀二つ。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top |