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琥珀を捕む夢(10)


「たまねぎはね、もっと細かく刻まないと駄目なの」
 友恵は微笑しながら虎徹に言う。
虎徹はその時友恵の斜め後ろに立っていて、友恵が玉ねぎを刻む手元を眺めていた。
「にんじんも小さく、丁寧にね。 こういう感じ」
 トントントントンというまな板を包丁が叩く音が小気味良く響いて虎徹はふーんと言った。
恐らく安寿に言われたのだろうが、突然俺にでも出来る簡単な料理ってないかなあと言い出したので友恵は炒飯の作り方を教える事にした。
とりあえず虎徹の実家で良く食べていた海老炒飯を教えて追々他の料理も教えていく事にしよう。 オリエンタルタウンの小中学の家庭科の授業では男女共に料理を習う。 カレーライス、ミートスパゲティ、親子丼等は虎徹にも薄っすら記憶にあるだろうのでどんなものかと包丁を持たせてみたらこれが全く駄目だった。
友恵は苦笑して切り方から教えていくことにする。
「玉ねぎとにんじんの切り方、さっきのカレーだったら問題ないんだけどね」と一応フォローも忘れずに。
「ね? 結構簡単でしょ。 海老は背わたを抜いておくんだけど、面倒だったら冷凍ものを使ってもいいよ。 それと火を通すとね海老は小さくなっちゃうから切るなら大きめに。 小海老を使うならそのままでいいのよ」
「友恵」
 虎徹が手際よくみじん切りにしているのを眺めながらそっとその耳元で言う。
「なあ、お前近頃さ、何か心配事ない?」
 友恵はびくんとなって手を滑らせる。
「あっ」と虎徹が声を上げて、それから直ぐにごめんと叫んだ。 友恵の左手を両手で握り締め虎徹は指先から伝う赤いものに気にもとめず、そのまま自分の口に含んだ。
「虎徹君」
「ん」
 目だけで友恵をちらりと見て首を小さく横に振る。 それから虎徹は含んでいた友恵の左薬指をそっと口から出すと、傷口を繁々と眺めてまた謝った。
「ごめん、脅かすつもりなかった。 大丈夫だと思うけど、――絆創膏取ってくる」
 虎徹がロフトを駆け上がり、ベッドのサイドテーブルの引き出しを開閉する音がした。 それから転げるように戻ってくると呆然としている風の友恵に駆け寄って傷ついた指に絆創膏を当てる。
「ごめんね、友恵ちゃん」
「・・・・・・虎徹君」
 それから友恵の困ったような笑み。
「心配事、ね。 ないよ」
「本当?」
「本当」
 ふふっと友恵は笑い、再び包丁を取った。
「ね、虎徹君、幸せ?」
 にんじんを全部刻んでしまうと、友恵は玉ねぎの残りを刻み始める。
虎徹がまた同じ場所に立って友恵の手元を再び見つめていたが、やがてそっとその身体に自分の両腕を回した。
「幸せだよ、夢を叶えた。 何よりもお前がここに居てくれる事が幸せだよ」
「もし――、もしも、私が、居なくても夢を叶えられたとしたら? 貴方の夢に私が勝手に割り込んで居座っているのだとしたら?」
「お前が居なかったら、俺はヒーローになれなかったよ」
「もし、私が居なくても――――」
「お前が居なかったら、ヒーローにならなかった!」
 なんでそんなこと言うんだよ。 おかしいだろ。 やっぱ何かあっただろ! 友恵どうしたんだよ、俺何かした? 俺のこと嫌いになった?
「嫌いになんてなれるわけがないよ」
 愛してるよ、虎徹君。 大好きだよ。
そういいながら友恵は微笑み、その瞳から涙がぽろりと一粒転げ落ちていった。
「友恵、友恵ちゃん」
「なんでもないよ、これは玉ねぎ!」
 本当? 嘘つくなよ。
ホントだよ、虎徹君、私ね、貴方が――――大好きだよ。



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