Novel | ナノ

琥珀を捕む夢(7)



「おじさま」
 何を探していらっしゃいますか?
友恵は丁寧にそう日本語で聞いた。
弾ける様に顔をあげたその男は、友恵を見て微笑んだ。 シュテルンビルトで日本語で話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
「ちょっと思い石をね、落としてしまって・・・・・・。 迂闊だった。 あれは見る人を選ぶから俺がきちんと握ってなければならなかったんだな」
「重い石?」
「思い石。 思いを結晶に――思いが固まって石の姿をした夢だよ。 夢の石だ」
「夢の石?」
 そう、おじさんは夢を操るN.E.X.T.でね、人の夢に触れるんだよ。 言っても判らないかな。
友恵は弱ったように笑う男に、握っていた青琥珀を差し出した。
「探し物はこれじゃあありませんか?」
 男は飛び上がった。
「こ、これだ、これだこれだ。 お嬢さん、これに触れるし見えるのかい? ああ、ありがとう、ありがとう」
 男は友恵の手を握る。
それから何度もありがとうありがとうと頭を下げた。
「ああ、助かった! 本当にありがとう。 折角封じ込めたのにまた逃がすところだった。 ところでお嬢さん、君にはこの石がどんな風に見えるのかな?」
 人によって見え方が違うのかしら? こんなに手触りもはっきりしていて綺麗な琥珀にしか見えないのに。
「中に透き通った葉っぱが入っている、綺麗な琥珀だなって思います」
 琥珀。
男は反芻するように口の中でそう呟きそうかと頷いた。
「――この夢主が――お嬢さんってこと――なのか・・・・・・」
 夢に選ばれたということでもある。 男は顔を翳らせてこれはどうすればいいかなと呟いた。
「おじさま?」
「この夢――はちょいと特別でね、おじさんと他に同じような力を持つN.E.X.T.たちで拾い集めていたものだったんだ。 夢の扱いに長けた力を持つ特別な者に任された仕事でもあってね。 それでな、この夢はちょっと危険なものでもあるんだ。 だから触れていい者は限られているんだけれども、時々夢自身が自分に触れてもいいよって相手を選んじまう事があってな・・・。 お嬢さん、俺は夢を売るN.E.X.T.なんだ。 この夢は今お嬢さんの夢になってしまっている。 おじさんにこの夢を売って欲しい。 その代価としておじさんがこの夢に代わる夢をあんたに売ろう」
「代わりに?」
「そう」
 男は頷いた。
等価交換といって解るだろうか? この夢と同じだけの価値があるものと交換しよう。
「とっときの夢だ」
 そうして彼は友恵が差し出した琥珀を手にとり、その夢を友恵に与えた。
「良く考えて夢をご覧。 良く考えてな。 一度きりだから」
 そしてありがとうと男は何度も頭を下げて、友恵の前から去っていった。
残された友恵は男が教えてくれた夢の意味を、心の中で何度も反芻して「なんて素晴らしい事だろう!」と思った。
やがて父と母が戻ってくる。 二人は友恵にごめんねと謝りホテルへ行こうと言った。
「何か不具合があって、泊まろうと思っていたホテルが駄目になってしまったのよ。 パックツアーじゃないから代替のホテルが見つからないって連絡貰っちゃって、でも大丈夫、ちゃんと泊まれる場所を見つけてきたから」
 アップグレードして高くついちゃったけどな、と父親が苦笑いしているのを見上げて友恵は笑った。



 夢を紡ぐN.E.X.T.は思った。
早く、早く自分の航跡を消さなければと。
時を超え、時空線を辿り、世界の隅々までその足で歩き。 老いを彼方に捨てて姿を捨てて心だけで世界を渡り禁忌を超えて来た。
何もかもが未来を救う為。 愛する者を愛したままで抱きしめる為に。
だがその夢の欠片はそこここに零れ落ちて彼自身には回収できない。 煌く破片の殆どはただの夢として踏みにじられ淘汰される運命にあったが幾つかの夢は生き延びてしまった。 それがいい事なのか悪い事なのかすらその存在には判らないのだ。
けれどと彼は思った。
この時空差は私の望んだ事ではない。 もしも未来が変えられるとしたならば、多分これも組み込まれた作為の一つなのだろうと。
世界の還元と修復能力は伊達ではない。 そこにあるべきものがなくなることをこの世の中は決して許さないものなのだ。 事実何故彼はこの世界を彷徨っているのか判らなかった。 もし自分が召還されたのだとしたら、この行動には意味があるのだ。 全く意味が見出せなかったとしても。
 危険。
危険危険危険危険――――、そう警告するのに何故。
まるで放り出されるようにその世界に彼は墜落した。
無数の夢の形骸と共に。



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