食べたものが悪かったのか、1日の内に何度も変わる天気や気候のせいなのか、ストレスなのか、ただの体調不良なのか。原因は幾つもありすぎて私じゃ特定できないけど、ここ数日の具合の悪さは本当に酷い。
「大丈夫かァ?」
「どう見たって大丈夫じゃないでしょうが」
「また顔色が悪くなったんじゃないかしら…」
私の顔を至近距離で覗き込むルフィとそれを手で退けるナミに思わず浮かぶ苦笑い。座っているのも辛いくらい、今の具合の悪さは相当なのだ。ベッドに横になっているのでさえ、正直言えば楽じゃない。頭や胸がぐるぐるして気持ち悪い。熱はないし咳もでないし風邪ではないだろうってチョッパーが言ってた。原因不明のこの感じに、チョッパーを始め皆が困り果てている状態。
「一体何なんだろうなァ」
「悪いモンでも食ったんじゃねェのか」
「ンなのあり得ねェよクソマリモが。新鮮な食材しか使ってねェし栄養だってちゃんと考えてンだよこっちは」
ぐるっと私を囲うように皆がそんな会話を始めた。最初はゆっくり寝かしておいてあげようって、私一人で寝ていたはずなのに。いつの間にか入り込んだルフィから、みんながこの部屋に集まってきた。具合が悪くても静かな部屋に一人じゃ心細くて何だか不安で、だから私にしてみれば皆の声が聞こえる、今くらい賑やかな方が安心していられるような気がした。
「ダメだ、わからなかった…」
資料を探しに行ったチョッパーが戻ってきて、言ったその言葉に皆が溜め息を洩らす。チョッパーに言わせてみれば、原因と言える要素が多すぎて絞り込めないんだとか。
元々私はこの世界の人間じゃない。いくら慣れたからって無意識に感じているストレスや、あっちの世界にはない独特の食材、慣れない気温の変化や、前みたいな精神的なもの。私を取り囲む環境は、チョッパーからしてみれば全てがその原因と見て取れるらしい。しかもそのどれもが、チョッパーや皆、私自身にもどうしようもないことだから厄介なのだ。
皆がそれぞれに会話を進める中で一瞬だけ空いた、間。私は静かに目を閉じる。
「いつかよォ、むーは元いた世界に帰っちまうのかなァ」
しん、とした部屋にウソップのその言葉はよく響いた。閉じた瞼に映る私の生まれた世界。懐かしい。不思議なことに今はそれがハッキリと浮かび上がっている。家族、友人、通学路、見慣れた景色…全てが流れ込んでくるようにして私の思考を埋めていく。
「むーは帰らねェ!!ここに居るんだ!!」
「…私だって出来ればずっと、ここにいて欲しいけど……」
「ここに来た時のように、ある日突然居なくなるのかも知れない」
ロビンの言葉は何だかとても現実味を帯びている。彼女の言葉が重いのは、きっとこの中の誰よりも知識や経験があるからなのかもしれない。
誰も何も言えなくなっていた。ルフィはまださっきのような言葉を繰り返しているけれど、きっと皆同じことを思っているような気がする。ここに来た時のように、それは明日かもしれないし、一ヶ月後かもしれない。絶対なんて有り得ないこの世界だからこそ、今の私たちが言い切れることなんて何もないのだ。
「仕方ねェだろ、元々ここはむーが居るべき世界じゃねェんだ」
「まァ…悔しいがその通りだ」
ゾロとサンジの声に、ほんのすこしだけ寂しいと思った。だけどその通りなのだ。いつの間にか、まるで私がずっとここにいるかのような錯覚に陥っていたのかもしれない。私は元々、ここに居るべき存在ではないのだから。
「……そんな、いつになるか分からない事話しててもしょうがないわ!今考えるのはむーの体調を良くすること!まずはこんな全員集合なんかしてないでゆっくり休ませてあげるべきだし、食べ物が合わないならサンジくん、何とかしてあげて!」
暗くなった空気を押し退けるように、明るいナミの声が部屋一杯に響き渡る。無理難題を押し付けられたサンジも、ナミに乗っかるように笑いながらそうだなって立ち上がる。騒いでいるルフィをウソップが連れていき、チョッパーとゾロも立ち上がって部屋を出ていく。最後まで残ったロビンは私の額をそっと撫でた。
「貴女は幸せ者ね」
笑った私にロビンも微笑みを返してくれる。
向こうの世界に帰ること、私はしばらく考えることもしていなかった。いつの間にか居心地が良くなっていた、この世界を離れることを考えるとまた、今までとは違うわだかまりが胸に生まれたような気がした。
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