学校が終わってから毎日のように塾がある。今日は学校が早い目に終わったから塾にも早めに来た。今日はいつもの3人やなくて俺だけ。なんか二人はやる事あるから後で行くとか言うてたような気がする。良く聞いてなかったけど。
塾の教室にはまだ誰もおらんかった。一番乗りとか初めてやないん、なんて思いながら自分がいつも座ってる机に鞄を放り投げる。ガンって音がして、あれもしかして携帯やったったかもなー。座って携帯を開くとメールが数通。クラスの女の子から遊ぼうって内容やったけど、学校終わってからも休みの日も塾ばっかりやからなぁ。そんなこと考えながら携帯弄ってると、教室にむむむさんが入ってきた。その表情は“気まずい”とでも言いたげな様子で、あからさまな表情に笑いそうになる。せっかくやから話そう、と俺が近付けば小さく頷いた。


「そういや新しい遊園地出来たん知ってる?」

「あ、うん、なんかそんなこと言ってたね」

「なんや聞くところによるとかなり広いらしいで。カップルでよぉ賑わっとるみたいやわ」

「カップル…私には無縁だな」

「俺にも無縁やわ。なんやったら一緒に行く?」


はは、と冗談混じりに笑い飛ばして言うてみる。軽い気持ち、軽い感覚。そんなつもりやったのに。


「本当に?嬉しいな、ちょっと行ってみたかったんだよね」


ふふ、と。意外と乗り気な彼女に固まったのは俺の方。予想外にも程がある。もっとこう、遠回しに断られたりあからさまに困った顔されたり、そんなことを想像してたから。取り敢えず「いつ行く?」なんて話を膨らませながら、さっきメールくれた女の子に断りを入れやなあかんなぁなんてことを考えた。









教室がザワザワと騒がしい。その筆頭にはいつも、良くも悪くも奥村がおる。最初の頃は腹が立って仕方無かったが今はもう慣れたもんやと思う。そりゃ、イラッとはするけど。
教室の壁際の席、いつも座る場所で教科書を広げる。いつも隣と後ろに居る二人は奥村の周りで楽し気に笑う。溜め息を漏らしていると、後ろから俺を呼ぶ小さな声。振り向くとそこに居るむむむが同じように教科書を広げて俺を見てた。内容は、教科書の内容に対する質問。むむむは特に賢いという訳ではないけど、勉強に対するこういう姿勢には好感を持てる。少なくともチャラチャラしとるあいつらよりずっと。


「もうすぐテストやで頑張れよ」

「…勝呂くんに、頑張れ、なんて言われると思わなかった」


目をパチパチさせて俺を見る。なんや、俺が人を応援することがそんなに驚かれることか?まぁ確かにあんまりそんな事は無いかもしれんけど…って考えながら気付いた。――…いつも自分のことばっかり、か。


「なんか今回はいつもよりできる気がするんだよ」

「お前のいつもの点数が酷いだけや」

「確かに」

「…ちょっとは否定しろや」


ふふ、と笑ったむむむは「あ」と何かを思いだし鞄を探り出す。そして出してきたものを俺に見せて「ついでに教えてください」とそう言った。呆れた俺を見て苦笑いを浮かべる姿に、溜め息。まぁこれも向上心か、そう思って俺は学校の宿題を解いて見せた。











眠い、だるい、頭も爆発寸前。黒板に書かれている文字や記号も、先生が話す内容もまるで呪文のように聞こえてくる。(本当に呪文唱えてる先生もいるけど)隣ではしえみが必死でノートを取り、俺も同じように文字を埋めていく。これでも最初の頃に比べると随分真面目になったと思う。内容は難しくてイマイチわかんねぇけど。実際にやると解ることも、文字や言葉にすると理解出来ない。理論的な説明なんかは特に雪男に聞いてもサッパリだ。
授業終わりのチャイムが鳴るが塾はまだ終わらない。この後まだ二時間の授業が待っている、と思うと溜め息も出るだろ。はあああ、なんて机にオデコをくっつけて項垂れてる。
立ち上がったしえみの声は遠くから聞こえる。代わりに隣から聞こえてきたのは「疲れたね」って言う、むむむの声だった。


「奥村くんの横ってなんか落ち着く。話しやすいんだよね」

「…何でだ?」

「……同じレベルだから?」


バカにされてんのか?なんて事が一瞬頭をよぎる。悪戯っぽく笑った声に俺も笑った。










自分が担当する授業を終え、早速小テストの採点をする。点数は上から下までの幅が広く、下をキープしている生徒には毎度のことながら頭を抱えさせられる。自分の兄である奥村燐と書かれた名前の隣にはもう見慣れた“赤点”が並ぶ。そしてもう一人…――むむむむー。彼女もまた教師側にとっては問題児である。名無し白紙回答、それを見たときには講師になりたての僕にとって、これから先に対して絶望的なものを感じた程。それに比べれば随分マトモになったのかもしれないが、祓魔師の勉強に対しての彼女の苦手意識は相当らしい。
溜め息を吐いて、採点を済ませたテストを一纏めにした。次は明日の実験の準備をしようと、実験用の教室に向かう。随分と薄汚れた教室は埃臭く、決して綺麗だとは言えない。しかし実験なんて何が起こるかわからないものだから、このくらいの部屋でちょうどいい。


「奥村先生」


教室の扉が開く音と僕を呼ぶ控えめな声。何と無くついていた予想は見事に的中し、顔をあげると教室を覗き込む一人の女子生徒。むーさんがこちらを見ていた。入るよう促すと、手に持たれた1枚の紙――…あれは確か明日の宿題。どうしたのかと尋ねれば、解らない所があるから教えてほしいと言った。驚いた僕に、彼女は特に表情を変えることもなく淡々と僕に質問を投げ掛けてくる。


「どうかしましたか?」

「え?あ…いや、………むむむさんがこんな風に僕に質問してくるなんて何だか意外で」

「意外、って…だって先生じゃないですか」

「そうなんだけど…」


意外というか、予想外だったというか。「奥村先生ありがとうございました」と、言われたその言葉が妙にくすぐったく感じる。彼女が僕を先生と呼ぶ日が来るとは思わなかった。だけど素直に“嬉しい”と思う自分が居ることにも、ちゃんと気付いていた。


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